上 下
35 / 89

第35話 銀狐、約束する 其のニ

しおりを挟む
 二杯目の粥も食べ終えて茶を啜っていたこうは、白霆はくていの言葉に思い切り噎せた。大丈夫ですかと言いながら席を立とうとする彼を手で制して、何とか息を整える。

 
「絶対に一緒に入らねぇ……」
「どうしてです?」
「どうしてって……! 絶対変なことするだろう!」
「変? ああ。さすがに公共の場では妙なことはしないですよ。貴方と湯を楽しみたいだけです。この宿のように離れのある温泉でしたら、分からないですが」
「わ……!」
「もしかしたらその頃には、晧の方から一緒に入りたいって思って貰えるかもしれませんし」
「──……っ対にねぇ」
「そこまで拒否されると寂しいものがありますね。ですが貴方と湯を楽しみたいのは本当ですから。人目のある公共の場でしたら、ご一緒しても?」
「……っ」

 
 晧は言葉に詰まる。
 いかにも寂しいのだ、悲しいのだと言わんばかりの表情をされて、元来の自分の気質の所為か、お願い事を何とかしてやりたい衝動に駆られるのだ。
 白霆はくていを見ていると全く違うというのに、何故か幼竜の頃の白竜ちびを思い出してしまうから尚更だ。白竜もそういえばお願い事をするのが上手だった。見た目の愛らしさもあって、何でも聞いてやりたい気持ちになったのを覚えている。

 
「──……公共の場だったらな」

 
 ぶっきらぼうに晧が応えを返す。

 
「ありがとうございます、約束ですよ。破らないで下さいね」

 
 とても嬉しそうな顔をして、にこりと笑ってそんなことを言う白霆はくていを見て、どうしても複雑な思いが占めるのだ。それは幸せな満足感である一方で、どこか空虚な切なさにも似ていた。
 果たしてこの気持ちは一体何なのか。

 
(ああ……そうか、不安なのか)   
(……白竜ちびともいつかこんな風に)

 
 話の出来る日が来るのだろうか、と。
 ふと晧は婚儀の相談の場に現れた、人形ひとがたの白竜を思い返していた。彼の人形の印象は云わば極寒の地だ。巧緻なかんばせに、銀灰の長い髪。そして凍てついた焔のような、冷たい灰銀の目。
 彼とはその場所でニ言三言、話をしたが晧は彼から逃げることに頭が一杯で、内容をよく覚えていなかった。だが昔からの知り合いとして、親しく話をしたわけではないことは、何となく覚えている。

  
「本当は公共の場で貴方の肌を晒して欲しくないんですが、でも貴方と湯を楽しみたい。嬉しいですが複雑ですね」
 白霆はくていの言葉に晧は自分の思考を中断した。
 食後の茶を啜りながら、さり気なくとんでもないこと言う白霆はくていに晧は呆れつつも、どこか楽しんでいる自分がいることに気付く。

 
「入らなくてもいいぞ、俺は」
「ああ駄目です! 約束したんですからね、守って下さいね!」 
 

 ああ、いつか。
 こんな風に白竜ちびと何気なく話せる日が来るのだろうか。
 そんなことを思いながらも、白霆はくていの必死な様子に晧は笑みを浮かべたのだ。 
 
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

最低なふたり

BL / 完結 24h.ポイント:830pt お気に入り:27

本の通りに悪役をこなしてみようと思います

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:90

【R18】高飛車王女様はガチムチ聖騎士に娶られたい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:773pt お気に入り:252

アビス ~底なしの闇~

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:11

あなたの世界で、僕は。

BL / 連載中 24h.ポイント:2,390pt お気に入り:56

婚約破棄を言い渡されたので、人脈を活かして好きにやらせていただきます!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1,430

ミルクの結晶

BL / 完結 24h.ポイント:887pt お気に入り:173

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,977pt お気に入り:1,465

処理中です...