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27. ハルカ様のこと 【ハノーク】

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 ザカルヤ大神官長との謁見を終え、再び『箱の間』に戻った。

 ハルカ様は、至って普通に大神官長と言葉を交わしていたと思う。帝国の者ならば、大神官長と聞いただけで緊張して話せなくなるか、さもなくば必要以上に饒舌になるかだが……

 この若き『祓い人』は、淡々と要望を言い、みずから疑問を口にした。過去『祓い人』のほとんどが、驚き、怖れ、哀しみ、絶望した姿を見せたというのに。
 図らずも、その一端として先代の『祓い人』の自傷行為から、カトラリーが使えなくなったことを教えてしまった。目敏く状況を見ていれば、自身で食べる事が出来ないことは大いに疑問となるところだ。下手に誤魔化すより、説得力はあると考えてギドゥオーン殿が説明した。

 それを聞いたハルカ様は、あっさりと納得してくれた。

 理解が早いので助かるところもあるが、どうも譲れない部分については相当頑固になりそうだ。
 なぜなら、ハルカ殿は自分は『祓い人』では無い。自分には祓いの力など無い。ただの学生だったと何度も訴えているのだ。




 部屋に戻ってから、ハルカ様はずっと黙っている。
 椅子に座ったまま、じっと考え事をしている様に見える。ザカルヤ大神官長から伺った、過去の『祓い人』の事に思いを馳せているのか、それとも---。

「ハルカ様、宜しければお茶をご用意致しましょうか」

 明らかに表情が沈んでいるのが見えたから、気分転換が出来ればとお声を掛けた。

「ハノークさん」

 ハルカ様がふっと顔を上げ、こちらに向ける瞳が少し潤んでいるのが判った。

「何でございましょう」
「あの、僕はいつまでココにいなければならないんですか?」
「ここ?」
「この部屋です。ここって逃げ出さないための部屋でしょう? 窓も無いし、出入り口だって一見扉と判らない壁だし」

 ああ、やはりそう思われていたのか。

「ハルカ様、この部屋は貴方様をお護りする為の部屋です。決して、逃げ出さないようになどと思っている訳ではありません」
「……そう、ですか? でも、僕からしたらそうにしか思えないですけど。護るって何からですか? ここって神殿なんでしょ?」
「それは……異界の貴方に、この世界がどんな影響を与えるか判らないからです」

 ハルカ様への答えを一瞬言い淀んでしまった。

「……」

 ハルカ様は何も答えなかったが、私の話を全部信用している様には見えなかった。その証拠に、目の前に置かれているお茶に手を付ける事も無かったからだ。


 結局、ハルカ様はそのまま黙り込んでしまった。
 




🏹🏹🏹🏹🏹🏹🏹🏹🏹🏹





 重苦しい雰囲気のまま、ハルカ様は相変わらず黙っている。さっきから、テーブルの上に突っ伏して顔を見せて下さらない。

「ハルカ様、昼食に致しませんか? お腹が空いたでしょう?」
「……」
「ハルカ様?」
「……要りません」

 寝ているかと思たっが、そうではなかったようだ。しかし……

「朝食から時間も経っていますし、そろそろ昼食の時間になります。昼は少し目先の違うモノをご用意致しますね」

 声を掛けてもハルカ様は顔を上げて下さらない。もしかして、さっきの事で機嫌を損ねてしまったのか。だとしたら厄介だ。折角朝食を食べて下さったと言うのに、また食事拒否をされてしまうのか。

「……昼ご飯、食べたら部屋から出ても良いですか? 今って昼なんでしょう? 外がどうなっているのか見てみたいです」

 そう言うと、ようやくお顔を上げて下さった。ああ、少し目元が赤くなっている。泣いていた訳では無いと思うが、長い睫毛が水気を含んで艶っぽさを増している。黒い瞳もやはり潤んで見えるのは、気のせいでは無いと思う。
 
 これ以上無下に囲えば、ハルカ様は再び食べなくなるだろう。無理やり栄養を摂らせる事は出来ても、それでは『祓い人』 としての任には就けない。彼が自分の意思で食べて、生きる事を望まなければ出来ない事だ。

「判りました。お食事をした後で、少しだけ外をご覧頂きましょう。でも、またこの部屋にお戻り頂きますが、それでも宜しいですか?」

 最大限に譲歩してそう答えると、ハルカ様の後ろに控えていたギドゥオーン殿と目が合った。良いのか? 無言で訴えている様に見えたが、批難する風では無かった。多分、ギドゥオーン殿もハルカ様の気鬱の気配を感じていたのだろう。

「うん! あっ、じゃない。はい。判りました。この世界の事、見せて下さい!」


 言い間違えて恥ずかしかったのか、少しぎこちなくはにかんだ笑顔に思わず微笑み返してしまった。





 
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