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カッコよすぎだと思います

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 すっかりご満悦といった様子の少女が、呆然としているエルネストを見る。

「おぉ。それが、そなたの本来の魔力か。たしかに、先ほどのような大口を叩くのもわかるというものだな」

 彼女の言う通り、今のエルネストの体を巡る魔力の流れは、とても美しく力強い。先ほどまでの歪んで乱れた流れを思えば、イーズレイルの腕輪がどれほど彼を苦しめていたのかが、よくわかる。
 改めて、つくづくイーズレイルの所業に腹が立ったが、それももはや済んだことだ。
 デルフィーナは、ぱっと笑顔になってエルネストを見た。

「よかったですね、エルネストさま! これでもう、いちいちわたしと手をつながなくても、具合が悪くなったりしませんよ!」
「……おぅ」

 エルネストが、ぎこちなくうなずく。こうも突然のことだと、腕輪から解放された実感が湧かないのだろうか。
 それに、彼はこうしてデルフィーナに触れていれば、イーズレイルの腕輪を嵌めていても体調が崩れることはなかったのだ。これでは、せっかくの自由をあまりはっきりと感じられないだろう。

 よし、とうなずいたデルフィーナは、自分を抱えこんでいるエルネストの腕を掴んで、外そうとした。――外れない。
 首を傾げ、デルフィーナは声をかける。

「あの、エルネストさま? もう、わたしに触っていなくても、大丈夫なんですよ?」
「……ん」

 ようやく、ゆるゆると彼の腕が離れていく。このところ、起きている時間のほとんどを、エルネストと手をつないで過ごしていたせいだろうか。彼の体温を感じないことに、逆に違和感を感じる。
 エルネストもそうなのだろうか、と思って見上げると、やはり落ち着かない様子だった。
 デルフィーナは、むぅ、と顔をしかめる。

(せっかくイーズレイルの腕輪が外れたっていうのに、全然感動的じゃない! エルネストさま、もう少し嬉しそうなお顔を……すみません、元々あんまり感情表現が豊かな方じゃありませんでしたね)

 残念ながら、エルネストは基本的に表情筋が仕事を放棄している青年だった。この一月ほどで、少しずつわかりやすい反応を見せてくれるようにはなったけれど、彼が満面の笑みを浮かべているところは――ものすごく見てみたいが、正直言って想像できない。
 とはいえ、ものすごく喜びにあふれた瞬間を期待していただけに、なんだか悔しい。
 そこで、苦笑したクレイグがエルネストに声をかける。

「殿下。これでやっと、全力でイーズレイルと戦えるようになったのですから、まずはお喜びになられてはいかがですか。やつの捕縛が叶えば、デルフィーナさんが元の体に戻る術を探すことに、なんの憂いもなくなりましょう」
「……そうだな」

 魔獣の完全支配を目論んだイーズレイルは、本人の弁によると、今はデルフィーナとエルネストで『遊ぶ』のを第一の目的としているらしい。その言葉を信じるなら、ふたりが生きている間は、彼がほかの者たちに迷惑をかける心配はないだろう。

 だが、デルフィーナの知る限り、あの変態魔導士――もとい、天才魔導士ほど信頼に値しない人物はいない。彼の言葉をそのまま信じるなど、天地がひっくり返っても無理である。一度顔を合わせただけだが、あのタチの悪い子どものような魔導士は、気の向くままに周囲に迷惑をかけ続けてくれそうだ。

 イーズレイルが現在何を企んでいるにせよ、彼を捕縛しない限り、この大陸の人間たちに心から安心できる日は訪れないだろう。
 だが、だからといって優先順位を間違うわけにはいかない。
 デルフィーナは、ぐっと拳を握って口を開いた。

「クレイグさん。イーズレイルの捕縛は、たしかに大事です。けど、それよりも今はまず、エルネストさまにしっかり休んでいただきませんか?」

 何しろ、エルネストは腕輪のせいで、ろくに夜眠ることもできない日々を過ごしていたのだ。いくら今は元気そうに見えていても、相当の疲労が蓄積しているに違いない。

 ……デルフィーナは、このところ毎日「エルネストさま、元気になーれ!」と子守唄を歌っていた。しかし、彼女が持っている地の属のドラゴンの魔力は、本来大地に強く影響するものだ。彼女の子守唄は、ガリナ離宮周辺の大地はバッチリ元気にしてくれたものの、人間のエルネストに対する効果はほんのわずか。せいぜい、気休め程度にしかなれなかったのだ。

 適度な食事と睡眠は、健康的な生活の第一歩だ。たとえどんなに急を要する仕事があったとしても、エルネストの健康が損なわれては意味がない。
 そう主張するデルフィーナに、エルネストがどこか困惑した様子で言う。

「いや……デルフィーナ。オレは、もう大丈夫だ」

 デルフィーナは、にこりとほほえむ。

「お言葉ですが、エルネストさま。わたし、やせ我慢が得意な方の『大丈夫』は、信じないことにしてるんです」

 その教訓をデルフィーナにくれた彼女の父親は、やせ我慢が身上の山男だ。
 彼は数年前、一度だけ流行り病に罹患したことがあった。すぐに体を休めていれば、さほど重篤な事態に陥ることはなかったはずなのだが――無理をしていつも通りに働き続けた彼は、突然限界を迎えてぶっ倒れた。そのとき、顔面蒼白になって悲鳴を上げた母の姿は、今もはっきりと覚えている。

 弱っている自分の姿を見せたくない、という男性のプライドもわからないではない。だが、それで周囲の人間が心配しないと思ったら、大間違いだ。むしろ、「具合が悪いなら、さっさと言って!」と叱り飛ばしたくなる。
 そこで、人間たちの様子を眺めていたドラゴンの少女が、くすくすと笑いだす。

「たしかにな。自信家なオスの健康状態に関する『大丈夫』ほど、信用ならん言葉はないぞ。わらわの祖父さまも、何度酒の呑みすぎや食いすぎによる腹回りの膨張を指摘しても、へらへら笑って『大丈夫じゃー』と言うばかりでなぁ……。まったく、嘆かわしいことだ」

 しみじみとため息をつく彼女に、デルフィーナは勢いこんでうなずく。

「本当に、そうですよね! ――あぁっ、すみません、ドラゴンさん! エルネストさまの腕輪を壊していただいたのに、お礼も言っていませんでした。あの、ありがとうございました!」
「いやいや。わらわが勝手にしたことだ、礼などいらぬ」

 デルフィーナは慌てて詫びと礼を述べたが、ドラゴンの少女は鷹揚に笑うばかりだ。そして、ふと訝しげに首をかしげた。

「そういえば、おまえたちの言うイーズレイルというのは、何者なのだ。そいつが、赤髪にあの腕輪を与えたのか?」
「はい。イーズレイルは、わたしの中にあったドラゴンさんの魔力が暴走するきっかけを作った、張本人です」

 万が一にも、この可愛らしいドラゴンの少女がイーズレイルの『オモチャ』に認定されては、大変だ。あの魔導士が、未完成ながら魔獣支配の魔導を操れることを語り、デルフィーナはまっすぐに少女を見つめる。

「あの男は、人からは天才魔導士などと呼ばれているみたいですが、天才である以上に大変な変態なので、もしこれから出会うことがあっても、絶対に近づかないでくださいね」

 キリッと真顔で忠告した彼女の言葉に、ドラゴンの少女がなんとも言い難い表情を浮かべる。

「……変態か」
「はい、変態です。それも、相手が本気でいやがることを言ってはへらへら笑っているような、ものすごく性格の悪い変態です」

 ドラゴンの少女が、いやそうに顔をしかめる。

「察するに、ねちねちとした言葉責めを好むタイプか。それはまた、鬱陶しいのぅ」
「そうなんです、ものすごく鬱陶しいんです」

 さすがは高い知性を誇るドラゴン、見事な洞察力だ。ほんの少し特徴を語っただけで、見事にイーズレイルの鬱陶しさをわかってくれた。
 すごいなぁ、と感嘆していると、ドラゴンの少女がじっとデルフィーナを見上げてくる。

「デルフィーナ。その変態の外見と魔力の波長を見ておきたい。少し、頭を貸せ」
「はい?」

 なんのこっちゃ、と目を丸くしたデルフィーナの頭を、再び少女の手が引き寄せた。そして、軽く額が触れ合う。至近距離にある大きな緑の目が、デルフィーナの目を見つめてくる。
 次の瞬間、相手の魔力がふわりと広がるのを感じた。パチパチと瞬きをした彼女に、少女が言う。

「……よし。おまえが、そのイーズレイルとかいう魔導士と会ったのは、いつ頃のことだ?」
「え? あ……えぇと、半月ほど前、ですけど……」

 そうか、と呟いた少女の魔力が、変化する。何かの魔導を使っているのだろう。

「デルフィーナ。これから過去見の魔導を使い、少しばかりおまえの過去に同調させてもらう。案ずるな、おまえが許した時間以外の覗き見はせぬ。――では、いくぞ。件の魔導士と接触した時間が見えたら、そう念じろ」
「へ? う、わ……ぁ」

 少女が言い終えた途端、デルフィーナの脳裏に、ガリナ離宮の像が浮かぶ。それが、連続して描かれた静止画のように変化して、時折その中にエルネストやクレイグの姿も映りこむ。自分が覚えていることすら意識していなかった過去の景色が、次々に浮かんでは消えていく。
 他人事のように感心しながら、それらの映像を眺めていたデルフィーナは、長い金髪と赤茶色の瞳を持つ魔導士の姿を認め、思わず顔をしかめる。

(これ、イーズレイルが呼んでもいないのに来たときだ)

 デルフィーナがそう意識した途端、脳裏に浮かぶ風景が、ぴたりと止まる。ものすごく、いやな気分になった。
 空中に魔導で出現させた椅子に腰かけ、それはそれは嬉しそうに笑っているイーズレイルの姿など、じっくりと時間をかけて眺めたいものではない。
 むーん、と顔をしかめていると、ドラゴンの少女の魔力が消えた。額に感じていた体温が離れる。
 白昼夢を見た気分でいると、少女がひとつうなずいて口を開いた。

「――なるほど、たしかにあの魔導士は救いようのない変態だな。ああも卑怯な手をためらわない手合いとなると、叩き潰してやったと思っても、またどこからかぬるっと出てきそうだ」

 ため息交じりの言葉に、デルフィーナは力いっぱいうなずく。

「はい、まったくです!」
「ふむ。――デルフィーナ。そなた、わらわと来るか?」
「……はい?」

 デルフィーナは、首をかしげる。そんな彼女に、ドラゴンの少女は続けて言った。

「あの不埒な魔導士は、ドラゴンの魔力を得たそなたに強い興味を抱いている様子だった。そなたが人間とともに暮らしていれば、いずれあの魔導士がやって来たとき、そばにいた者も巻き込まれよう」

 思わず、息を呑む。
 ――彼女の、言う通りだ。
 少し考えれば、簡単に予測できるはずだった未来を示され、デルフィーナはきつく両手の指を握りしめる。

「そなたに卵を与え、本意ではないとはいえこれほどの迷惑をかけたのは、我らが女王。なれば、わらわにはその眷属の一として、そなたに助力する義務がある。――安心せい。次世代の女王候補であるわらわは、強いぞ。わらわとともにあれば、件の魔導士を撃退することも容易であろうよ」
(……どうしよう)

 こんなときだというのに、デルフィーナはときめいた。
 にっ、と男らしい笑みを浮かべたドラゴンの少女が、頼りがいがありすぎてカッコよすぎる。
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