エミリオとアリエッタ

柴咲もも

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使えない女中のアリエッタ

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「……オ様、エミリオ様」

 繰り返し名前を呼ばれ、エミリオは眼を開けた。赤毛の少女の翠色の瞳に、くしゃくしゃの寝癖頭のエミリオの顔が映っていた。

「もう皆様は朝食を済ませてしまわれましたよ。相変わらずお寝坊さんですね」

 そう言ってくすりと笑うと、アリエッタはベッドの傍にしゃがみ込み、チェンバーポットを拾い上げた。
 瞬間、エミリオは顔を青ざめた。彼女が手にしたチェンバーポットには、昨晩エミリオが彼女を想いながら幾度となく吐き出した白い液体がたっぷりと注がれている。
 明るい陽の元で改めて見たポットのなかでは、生臭い異臭を放つ液体がひたひたと揺れていた。その存在に気付いたアリエッタは、耳まで赤く染め上げて、エミリオから顔を背けた。

「ち、違う……!」

 思わずそう叫ぶと、エミリオはベッドの上で手を伸ばし、アリエッタからチェンバーポットをひったくった。と、同時にバランスを崩し、頭から床へ転がり落ちる。エミリオの手を離れたチェンバーポットが、高く高く宙に舞った。

「うわっぷ」

 悲鳴に似たアリエッタの声とともに、異臭が鼻をつく。手のひらを包み込む柔らかい感触に、エミリオははっと顔を上げた。
 仰向けに床に寝転ぶアリエッタは頭から白濁をかぶり、薄紅色に頬を染め、翠の瞳を潤ませてエミリオを見上げていた。手元へと視線を動かせば、数年前までなだらかだった彼女の胸が、エミリオの手のひらを柔らかく受け止めていた。
 ごくり、と喉を鳴らす音がした。それがエミリオのものなのか、アリエッタのものなのか、エミリオには判別がつかなかった。いや、正確には、エミリオの思考はそれどころではなくなっていた。

 アリエッタが、エミリオの白濁で濡れている。あの夜目にした光景を、自慰行為のたびに何度も思い出したあの光景を、今度はエミリオ自身が作り出したのだ。
 気がつけば夜通し扱き上げたエミリオの雄が、アリエッタの太腿を押し上げていた。

「あ、あの……、エミリオさ」

 視線を彷徨わせるアリエッタの言葉の先を、エミリオは唇で封じ込めた。生臭い雄の臭いに混ざって、ほんのりとあまいアリエッタの香りが鼻腔をくすぐる。
 例え、とうの昔に兄の手に落ちてしまっていたとしても、エミリオにはアリエッタしか見えなかった。
 ずっと好きだったのだ。まだ幼かったあの頃から、ずっと。

「アリエッタ、俺のものになって。兄さんなんかよりもずっと、お前のこと、大切にするから」

 唇を繰り返し重ね直しながら途切れ途切れに囁けば、アリエッタは縋り付くようにエミリオの背に手を回し、何度も何度も頷いた。
 もう止まれない。煌々と陽の光が窓から射そうとも、他の誰かの目に着こうとも、もう、エミリオには目の前のアリエッタしか見えない……わけがなかった。

「何やってんの、お前」

 唐突な言葉に、エミリオは上体を跳ね起こした。半開きのドアの前に立っていたのは、呆れた顔で腕を組むウルバーノだった。

「に、兄さ……」
「てか、臭っ! どういうプレイなのそれ」

 鼻先を指でつまみ、ウルバーノが後退る。眉を潜めて部屋の中を凝視する兄に見せ付けるように、エミリオは腕の中のアリエッタをきつく抱き締めた。

「アリエッタは俺のだから!」
「ああ、うん。それは前にも聞いたけど」

 呆れたようにそう応えると、ウルバーノは後ろ髪を掻きながらさっさと奥の廊下へと歩いて行った。
 あまりにも呆気ない展開に、エミリオは何度も瞬きを繰り返した。



「あの日わたしは、ウルバーノ様に新しく覚えた遊びがあるからって呼び出されて。その後も度々呼び出されては、口での奉仕を強要されていました。でも、エミリオ様のあの言葉があって、ウルバーノ様はわたしを呼び出すことがなくなったんです」

 白濁で濡れた床敷きを念入りにタオルで拭いながら、アリエッタは囁くようにエミリオに打ち明けた。
 洗顔用に用意されていた水で顔を洗い、身体を拭くと、エミリオは水に濡らしたタオルをアリエッタに差し出した。「ありがとうございます」と微笑んで、アリエッタは話を続ける。

「ウルバーノ様が怖くて、苦しくて、でも誰にも助けを求められなくて。そんなわたしを、エミリオ様のあの言葉が救ってくれたんです」

『アリエッタは俺のなんだから』

 兄に嫉妬して、アリエッタへの好意を上手く伝えることもできなくて、咄嗟に口にした子供の言葉。図らずしもそれが、あのとき人知れず苦しんでいたアリエッタを救っていたとは。
 エミリオの顔に、自嘲するような笑みが浮かんだ。

「俺なんかより兄さんのほうがよっぽど優しいのに、おまえ、俺のこと好きなんだ?」
「怒ってないエミリオ様は大好きです」
「……意味わかんねー」

 そう言いつつも、自然と顔が綻んでしまう。
 汚れてしまった部屋をせっせと片付けるアリエッタを見下ろして、エミリオはあの日のようにほくそ笑む。けれど、その心にはもう、嗜虐的な愉悦はどこにも存在しなかった。


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