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未成熟な僕等の秘密
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ウルバーノに忠告を受けたあと、アリエッタは約束どおり荷解きを手伝うためにエミリオの部屋に向かった。
扉を軽くノックして部屋の前で返事を待っていると、ほんの少し間をおいて、慌ただしい靴音とともに勢い良く扉が開かれた。
「ごめん、待たせた?」
軽く息を弾ませて、エミリオが顔を覗かせる。
わざわざ出迎えたりしなくても、一言「入れ」と言ってもらえれば、いつものように自分で部屋に入るのに。
大袈裟すぎるエミリオの気遣いに胸の奥がくすぐったくなる。嬉しくて緩んでしまう口元を隠すようにうつむくと、アリエッタはウルバーノの忠告に従って、いつもどおりの仕事についた。
ベッド脇に置かれたトランクから衣類や小物を取り出して、てきぱきと所定の位置に片付けていく。
アリエッタが荷物を片付けているあいだ、エミリオは窓際のソファに腰掛けて、そわそわと落ち着かない様子で視線を泳がせていた。
あらかた荷解きを終えた頃、トランクの底に小さな小箱が入っていることにアリエッタは気がついた。
トランクの奥まで腕を突っ込んで小箱を手に取ると、それまで黙ってソファに座っていたエミリオが、唐突に立ち上がった。
「アリエッタ、あのさ……」
「エミリオ様、こちらはどこに片付けておけばよろしいですか?」
エミリオが確認できるように小箱を見せると、アリエッタはぐるりと部屋のなかを見回して、小箱に相応しい置き場所を探した。
大抵の場合、小物は机の引き出しにしまっていたけれど、繊細な装飾が施されている小箱だから飾り棚でも良いかもしれない。
そんなことを考えながら、アリエッタは指示を仰ごうとふたたびエミリオに目を向けた。
「ああ、それ……箱は要らないんだ。いや、重要じゃないってだけなんだけど……」
相変わらず不自然にそわそわとしながら、エミリオは視線を漂わせていた。
エミリオの様子は気になるけれど、使用人のアリエッタが口を出すべきことではない気がして。アリエッタは対応に困ったまま、手にした小箱に視線を落とした。
エミリオは「箱は要らない」と言っていたけれど、本当に綺麗な小箱だった。まるで宝箱か宝石箱のようで、大切なものをしまっておくには最適な気がして。
アリエッタは顔をあげると、思い切ってエミリオに尋ねた。
「あの、図々しいお願いだとは存じますが、もしご入用でないのなら、この小箱をわたしにいただけませんか?」
甘えた考えだとは思っていた。
けれど、エミリオがあまりにも優しいから、アリエッタはほんの少し調子にのってみることにした。
きらきらと瞳を輝かせて、ねだるような上目遣いでエミリオをみつめてみる。
ほんの一瞬、エミリオが目を見開いて、それからむっとした表情になる。
アリエッタが調子にのりすぎたと後悔する暇もないうちに、エミリオはずかずかと大股で前進し、アリエッタの目の前に立ち塞がった。
「すみません、わたし」
「お前のだから」
慌てて絞り出したアリエッタの声が、エミリオの声と重なった。
アリエッタの手のひらから小箱をひょいと摘み上げると、エミリオは箱の蓋を開けて、アクセサリーのような可愛らしい小瓶を取り出した。
呆然と目を瞬かせるアリエッタの目の前で小瓶を灯りにかざして見せたあと、エミリオは小瓶の蓋をあけて、透明な液体を一滴、左手の甲に垂らした。指先で液体に触れて、アリエッタの耳元にその手を伸ばす。
触れた指先が、ひんやりと肌に沁みた。
「これ、なんか流行ってるんだって、香水」
照れ臭そうに目を逸らしたまま、ぶっきらぼうに呟くと、
「もう直ぐ復活祭だろ? これつけて、うんとお洒落して、一緒に街を見に行こう」
言ったそばから、エミリオの頬にほんのりと赤みがさした。
甘い花の仄かな香りが、ふたりを包んでいるようで。すぐにでも頷いて、エミリオの笑った顔を見たいと思った。
けれど、アリエッタはそうすることができなかった。
――くれぐれもわきまえて。
ウルバーノのあの言葉に釘を刺され、舞い上がっていたアリエッタの気持ちは瞬時になりを潜めてしまった。
「出来ません。わたしは使用人です。当日もお屋敷の仕事を任せられて」
「そんなの、俺が父さんに話しておくよ」
冷静に突き放すアリエッタの言葉を、エミリオの言葉が遮った。
確かに、エミリオの父はアリエッタを娘のように可愛がってくれている。祭りの当日だろうが、アリエッタが休みたいと言えば休ませて貰えるだろう。
こうなってしまうと、エミリオを納得させる言い分がアリエッタには思い付かなかった。身のほどをわきまえて、エミリオとはありふれた家人と使用人の関係でいなくてはならないのに。
必死に頭を働かせてアリエッタが理由をつけても、エミリオは全く引かなかった。
「わたしなんかと歩いていたら、エミリオ様が……」
「アリエッタ、わたし『なんか』なんて言うな。お前が卑下するってことは、俺まで貶めてることになるんだからな」
エミリオに言われて、アリエッタはびくりと顔をあげた。
エミリオを貶めるなんて、そんなこと、絶対にあってはならないのに。どうすればエミリオを貶めることなくエミリオに諦めてもらえるのだろう。
ぎゅっと両手を握りしめて、アリエッタはさらなる言い訳を重ねた。
「でも、わたし、お祭りに来ていくお洋服も持っていません」
「着るものがないなら、母さんに頼めば若い頃のドレスを出してくれる」
アリエッタの言い訳を遮って、エミリオはその顔に苛立ちを滲ませる。苦々しく顔を歪め、痺れを切らしたように口を開いた。
「いい加減にしろよ。お前の話は全部屁理屈だ。嫌なら嫌って正直に言えばいいだろ。そうやってはぐらかされる方が、よっぽど――」
「嫌じゃありません!」
今まで生きてきて、一度だってこんなに声を張り上げたことはなかった。
涙が溢れ出すのを必死に堪えながら、アリエッタは震える声を絞り出した。
「嬉しいです……本当に嬉しい……」
指先で涙を拭う。
エミリオは優しいから、アリエッタを泣かした自分をきっと責めるから。
泣いている顔を、彼に見られたくはなかった。
「泣くなよ。別に、お前を困らせたいわけじゃないんだから」
うつむくアリエッタの震える肩に、エミリオの手が触れる。顔をあげると、目の前に大好きな人の顔があった。
少し困ったように眉を垂れて、エミリオが薄く笑う。触れた指先に誘われるように、唇を重ね合わせた。
愛おしい気持ちを噛みしめるような、触れるだけの口づけを繰り返す。
ウルバーノの忠告が、何度もアリエッタの頭を掠めては消えた。
扉を軽くノックして部屋の前で返事を待っていると、ほんの少し間をおいて、慌ただしい靴音とともに勢い良く扉が開かれた。
「ごめん、待たせた?」
軽く息を弾ませて、エミリオが顔を覗かせる。
わざわざ出迎えたりしなくても、一言「入れ」と言ってもらえれば、いつものように自分で部屋に入るのに。
大袈裟すぎるエミリオの気遣いに胸の奥がくすぐったくなる。嬉しくて緩んでしまう口元を隠すようにうつむくと、アリエッタはウルバーノの忠告に従って、いつもどおりの仕事についた。
ベッド脇に置かれたトランクから衣類や小物を取り出して、てきぱきと所定の位置に片付けていく。
アリエッタが荷物を片付けているあいだ、エミリオは窓際のソファに腰掛けて、そわそわと落ち着かない様子で視線を泳がせていた。
あらかた荷解きを終えた頃、トランクの底に小さな小箱が入っていることにアリエッタは気がついた。
トランクの奥まで腕を突っ込んで小箱を手に取ると、それまで黙ってソファに座っていたエミリオが、唐突に立ち上がった。
「アリエッタ、あのさ……」
「エミリオ様、こちらはどこに片付けておけばよろしいですか?」
エミリオが確認できるように小箱を見せると、アリエッタはぐるりと部屋のなかを見回して、小箱に相応しい置き場所を探した。
大抵の場合、小物は机の引き出しにしまっていたけれど、繊細な装飾が施されている小箱だから飾り棚でも良いかもしれない。
そんなことを考えながら、アリエッタは指示を仰ごうとふたたびエミリオに目を向けた。
「ああ、それ……箱は要らないんだ。いや、重要じゃないってだけなんだけど……」
相変わらず不自然にそわそわとしながら、エミリオは視線を漂わせていた。
エミリオの様子は気になるけれど、使用人のアリエッタが口を出すべきことではない気がして。アリエッタは対応に困ったまま、手にした小箱に視線を落とした。
エミリオは「箱は要らない」と言っていたけれど、本当に綺麗な小箱だった。まるで宝箱か宝石箱のようで、大切なものをしまっておくには最適な気がして。
アリエッタは顔をあげると、思い切ってエミリオに尋ねた。
「あの、図々しいお願いだとは存じますが、もしご入用でないのなら、この小箱をわたしにいただけませんか?」
甘えた考えだとは思っていた。
けれど、エミリオがあまりにも優しいから、アリエッタはほんの少し調子にのってみることにした。
きらきらと瞳を輝かせて、ねだるような上目遣いでエミリオをみつめてみる。
ほんの一瞬、エミリオが目を見開いて、それからむっとした表情になる。
アリエッタが調子にのりすぎたと後悔する暇もないうちに、エミリオはずかずかと大股で前進し、アリエッタの目の前に立ち塞がった。
「すみません、わたし」
「お前のだから」
慌てて絞り出したアリエッタの声が、エミリオの声と重なった。
アリエッタの手のひらから小箱をひょいと摘み上げると、エミリオは箱の蓋を開けて、アクセサリーのような可愛らしい小瓶を取り出した。
呆然と目を瞬かせるアリエッタの目の前で小瓶を灯りにかざして見せたあと、エミリオは小瓶の蓋をあけて、透明な液体を一滴、左手の甲に垂らした。指先で液体に触れて、アリエッタの耳元にその手を伸ばす。
触れた指先が、ひんやりと肌に沁みた。
「これ、なんか流行ってるんだって、香水」
照れ臭そうに目を逸らしたまま、ぶっきらぼうに呟くと、
「もう直ぐ復活祭だろ? これつけて、うんとお洒落して、一緒に街を見に行こう」
言ったそばから、エミリオの頬にほんのりと赤みがさした。
甘い花の仄かな香りが、ふたりを包んでいるようで。すぐにでも頷いて、エミリオの笑った顔を見たいと思った。
けれど、アリエッタはそうすることができなかった。
――くれぐれもわきまえて。
ウルバーノのあの言葉に釘を刺され、舞い上がっていたアリエッタの気持ちは瞬時になりを潜めてしまった。
「出来ません。わたしは使用人です。当日もお屋敷の仕事を任せられて」
「そんなの、俺が父さんに話しておくよ」
冷静に突き放すアリエッタの言葉を、エミリオの言葉が遮った。
確かに、エミリオの父はアリエッタを娘のように可愛がってくれている。祭りの当日だろうが、アリエッタが休みたいと言えば休ませて貰えるだろう。
こうなってしまうと、エミリオを納得させる言い分がアリエッタには思い付かなかった。身のほどをわきまえて、エミリオとはありふれた家人と使用人の関係でいなくてはならないのに。
必死に頭を働かせてアリエッタが理由をつけても、エミリオは全く引かなかった。
「わたしなんかと歩いていたら、エミリオ様が……」
「アリエッタ、わたし『なんか』なんて言うな。お前が卑下するってことは、俺まで貶めてることになるんだからな」
エミリオに言われて、アリエッタはびくりと顔をあげた。
エミリオを貶めるなんて、そんなこと、絶対にあってはならないのに。どうすればエミリオを貶めることなくエミリオに諦めてもらえるのだろう。
ぎゅっと両手を握りしめて、アリエッタはさらなる言い訳を重ねた。
「でも、わたし、お祭りに来ていくお洋服も持っていません」
「着るものがないなら、母さんに頼めば若い頃のドレスを出してくれる」
アリエッタの言い訳を遮って、エミリオはその顔に苛立ちを滲ませる。苦々しく顔を歪め、痺れを切らしたように口を開いた。
「いい加減にしろよ。お前の話は全部屁理屈だ。嫌なら嫌って正直に言えばいいだろ。そうやってはぐらかされる方が、よっぽど――」
「嫌じゃありません!」
今まで生きてきて、一度だってこんなに声を張り上げたことはなかった。
涙が溢れ出すのを必死に堪えながら、アリエッタは震える声を絞り出した。
「嬉しいです……本当に嬉しい……」
指先で涙を拭う。
エミリオは優しいから、アリエッタを泣かした自分をきっと責めるから。
泣いている顔を、彼に見られたくはなかった。
「泣くなよ。別に、お前を困らせたいわけじゃないんだから」
うつむくアリエッタの震える肩に、エミリオの手が触れる。顔をあげると、目の前に大好きな人の顔があった。
少し困ったように眉を垂れて、エミリオが薄く笑う。触れた指先に誘われるように、唇を重ね合わせた。
愛おしい気持ちを噛みしめるような、触れるだけの口づけを繰り返す。
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