20 / 43
さらわれた少年たちの殺人
しおりを挟む
決行日は今日だ。
すでに便座は割って壁で研いでナイフ代わりにした。持ち手の部分のことを考えると刃の部分はあまり長くできなかった。刺すにはやや不安が残る。
「狙うなら首。それか足首。刺すっていうより切り裂け。いったん動きさえ止めれたら十分。殺すにしても逃げるにしても」
「分かりました」
おれたちが何かやっているのは分かっているはずなのに、あの二人組は気にする素振りさえ見せない。小さい方がたまにぶつぶつ呟いて、それを大きい方が小声でなだめる。精神的に限界が近いらしい。
勝手に騒がれる前に作戦を決行しなければ。おれたちだって体力的なことを考えるとこれ以上長引かせない方がいい。体からどんどん栄養が失われていくのがなんとなく分かる。
あの小さい方を囮にして、おれたちは逃げる。仲間がいるにせよ、出口に鍵がかかっているにせよ、ここで奴の動きか息の根を止めさえすればあとはゆっくり対策が立てられる。
あの男さえなんとかすれば、おれたちは帰ることができる。
奴の足音が聞こえる。食事の時間だ。
奴がいつものように部屋に入ってきたらおれたちは告発する。あの小さい方の秘密を。
その隙に奴に切り付けてこの部屋を出る。シンプルだ。でも、今までと違って必ず油断するはず。
「来たで、江波」
「はい、島崎くん」
奴が部屋に入ってくる。いつもとは違う出で立ちにおれは息を呑んだ。
クーラーボックスを持っていない。手にはロープが握られている。ある程度の長さがあるそれを四本、男はこちらに放って投げた。もちろん二人組の前にも。
「まずそれでお互いの足を縛れ」
低い声が部屋に響く。その絶望の鐘の音を聞いても島崎君は笑みを絶やさずおれに囁いた。
「処刑か出荷かが決まったみたいやな」
正真正銘ラストチャンスだ。
ロープを拾う振りをして、島崎くんが親指を立てる。ゴーサイン。
「あの!」
おれは自身の声の高さに驚いたがそのまま続ける。
「そっちの小さい奴、女やで」
おれの声はこんなに細かったかな。まあいい、まあいいんだ。奴がそっちに気を取られれば、なんでもいいんだ。生きて出られる最後の機会かも知れないんだ。
男はゆっくりと体を二人組に向ける。島崎くんの勘は当たっていたらしい。このペド野郎が必要としているのは少年のみだ。
男が近づこうとすると、大きい方が小さい方をかばうように前へ出た。その時、そいつはおれたちの方を見た。しっかりと目が合った。
鬼のような目だと思った。
「どけ」
男が足でどかそうとしたが、大きい方がその足にしがみついた。
「『雨夜』! 逃げろ!」
大きい方が叫ぶ。同時に島崎くんもその声を隠れ蓑にして「江波、行くぞ」と叫んだ。おれたちは走り出す。
大きい方は男の拳で殴られ、腹を蹴り上げられた。雨夜と呼ばれた小さい方が悲鳴を上げる。高い、高い声。大きい方がぐったりと床に倒れたが、男が振り向く前に島崎くんがその腕にしがみついた。
おれは足を狙ってナイフを振った。
男のふくらはぎ辺りの衣服が避けた。細い赤い筋が一瞬浮かび上がったのが見えた。
浅い。位置も違う。
まずい、失敗だ。
「来い、江波!」
おれたちは同時に部屋を飛び出す。島崎くんの手にはさっき投げられたロープが握られたままだ。おれは必死に島崎くんについていく。その先は階段だ。やはりここは地下だった。
コンクリートの壁はどこもかしこも赤カビがついていてまるでホラーだ。おれたちは階段の下に辿り着く。見上げると扉があった。開いている!
男はすぐに追ってきた。おれたちは階段を駆け上がる。
「健斗! 飛べ!」
考える間もない。その島崎くんの声がおれを自然に動かす。隣の島崎くんの動きを見て、おれはそれに倣う。
おれたちは飛んだ。
階段の上から、追ってきていた男に向かって。
雪崩のように落ちていく。男の体の上に乗っかるようにして、おれはいちばん下まで落ちた。地下に舞い戻ったおれたちの中でいちばん早く動いたのは島崎くんだ。いつの間にか男の首にロープを巻き付けている。
「健斗!」
男がロープに手をかけ体を起こそうとする。おれは自分の手にナイフがないことに気づいたが、島崎くんの目線を追って別の指示に気づいた。
ロープの片側をおれは持つ。おれたちは双方向からそれを一気に引いた。起き上がりかけた男の体が後ろに倒れそうになると島崎くんがすかさず体重を前にかける。おれは絶対にロープを離さないように力を込めた。
男の体が前に傾き膝をつく。腕が島崎くんを捕まえようとしたが、彼はすぐに後ろに回り込むと男の体の上に乗った。おれもそれに続く。
うつぶせに倒れたままの男の首を締め上げる。男の体が海老反りになっていく。
運動会の綱引きの時みたいに、足を男の背中に乗せて踏ん張り、ロープを引く。
まだ生きている。
まだ死なない。
途方もなく長い時間おれたちはそうしていた気がする。
もう動かない?
もう死んだ?
分からない。
うめき声はもうしない。もう足をばたつかせていない。ロープを引きはがそうとしていた両手はだらりとたれている。
でも、おれたちはロープを引き続けた。
いつまで経っても先生の号令は聞こえない。でも、きっと勝ったのはおれたちだ。
ようやく力が抜ける。島崎くんがおれの肩に手を置いているのに気づいた。おれの手のひらは皮が剥けてズルズルだ。痛い。
「上見てくる。ここにおれ」
島崎くんは階段を昇っていく。
おれは男の死体と取り残される。
殺した。
おれは人を殺した。
「仲間はおらんみたいや。江波、来い」
おれはゆっくり立ち上がる。おれたちが閉じ込められていた部屋に目を向ける。扉は開いたままなのに、あの二人組は出てこない。この男はすぐにおれたちを追ってきたから殺されてはいないはずだ。それとも、あの大きい方は死んでしまったのだろうか。
「健斗」
「はい」
階段を上がる。某眼鏡の魔法使いが閉じ込められていたような場所からおれたちは廊下に出た。二階へと上がる階段の横にその扉はついていた。
地下とそう変わらない暗さだ。廊下には小さな台と電話。島崎くんがすぐに受話器を手に取るが繋がっていないらしくこちらを向いて首を振った。
洋風の建物だった。左手には両開きの大きな玄関。見上げると、小さなシャンデリアが見えた。右手には二つの扉。おれたちはまず玄関に向かう。簡単に開いた。
外には荒れた庭があった。その向こうに門が見える。
辺りは静まり返っていた。真っ暗だ。遠くに灯りがいくつか見える。民家はある。薄暗い街灯がいくつか建っているのも見えた。
「見ろ。あれ、だんじりの車庫やんな?」
島崎くんが街灯の一つを指さす。うっすらと浮かび上がるのは彼の言ったとおりだんじりの車庫だった。
「オッケー。場所はだいたい分かった。てことはあの辺に公衆電話があるはずやから……よし、江波。家の中戻るぞ」
引き返す島崎くんを慌てて追う。まずは一階から見て回ることにしたようだ。
奥に進み手前の扉を開ける。ダイニングだ。大きなテーブルが中央にあって、六人分の椅子がある。その隣がキッチンとなっていた。もう一つの扉はこちらに通じていたようだ。カーテンはなくてダイニングとキッチンの窓からの月明りだけが頼りだった。キッチンはシンクにもテーブルにもたくさんのゴミが積まれていた。冷蔵庫を開けたがシンク以上の異臭にすぐに扉を閉めた。電気は通っていないようだ。
島崎くんがコンロも確認する。ガスもダメだ。散乱してるのは男の用意した食料。コンビニで買ってきたもの。それにカップ麺の空の容器がある。よく見るとカセットコンロがあった。あいつはこれでお湯を沸かしていたらしい。二リットルの水のペットボトルが床にたくさん並べられている。
「空き家を利用しとったみたいやな。電気もガスも来てへんしこの荒れよう。取り壊し前の家かなんかかな。一応二階も見るか」
ずんずんと島崎くんが進んでいく。追いかけようととすると島崎くんがおれを手で制した。
「お前はそこであいつの財布がないか探してくれへん? 小銭一枚でもいい。十円か百円」
「え? どうしてですか?」
「公衆電話使われへんやろ?」
「え、でも……」
公衆電話なら緊急通報ボタンがある。なくても警察にはかけられるはずだ。学校の防災訓練でそう習った。そんなことを考えていると、見透かしたように島崎くんが笑う。
「かけるのは警察にじゃない。宙兄たちにかける」
すでに便座は割って壁で研いでナイフ代わりにした。持ち手の部分のことを考えると刃の部分はあまり長くできなかった。刺すにはやや不安が残る。
「狙うなら首。それか足首。刺すっていうより切り裂け。いったん動きさえ止めれたら十分。殺すにしても逃げるにしても」
「分かりました」
おれたちが何かやっているのは分かっているはずなのに、あの二人組は気にする素振りさえ見せない。小さい方がたまにぶつぶつ呟いて、それを大きい方が小声でなだめる。精神的に限界が近いらしい。
勝手に騒がれる前に作戦を決行しなければ。おれたちだって体力的なことを考えるとこれ以上長引かせない方がいい。体からどんどん栄養が失われていくのがなんとなく分かる。
あの小さい方を囮にして、おれたちは逃げる。仲間がいるにせよ、出口に鍵がかかっているにせよ、ここで奴の動きか息の根を止めさえすればあとはゆっくり対策が立てられる。
あの男さえなんとかすれば、おれたちは帰ることができる。
奴の足音が聞こえる。食事の時間だ。
奴がいつものように部屋に入ってきたらおれたちは告発する。あの小さい方の秘密を。
その隙に奴に切り付けてこの部屋を出る。シンプルだ。でも、今までと違って必ず油断するはず。
「来たで、江波」
「はい、島崎くん」
奴が部屋に入ってくる。いつもとは違う出で立ちにおれは息を呑んだ。
クーラーボックスを持っていない。手にはロープが握られている。ある程度の長さがあるそれを四本、男はこちらに放って投げた。もちろん二人組の前にも。
「まずそれでお互いの足を縛れ」
低い声が部屋に響く。その絶望の鐘の音を聞いても島崎君は笑みを絶やさずおれに囁いた。
「処刑か出荷かが決まったみたいやな」
正真正銘ラストチャンスだ。
ロープを拾う振りをして、島崎くんが親指を立てる。ゴーサイン。
「あの!」
おれは自身の声の高さに驚いたがそのまま続ける。
「そっちの小さい奴、女やで」
おれの声はこんなに細かったかな。まあいい、まあいいんだ。奴がそっちに気を取られれば、なんでもいいんだ。生きて出られる最後の機会かも知れないんだ。
男はゆっくりと体を二人組に向ける。島崎くんの勘は当たっていたらしい。このペド野郎が必要としているのは少年のみだ。
男が近づこうとすると、大きい方が小さい方をかばうように前へ出た。その時、そいつはおれたちの方を見た。しっかりと目が合った。
鬼のような目だと思った。
「どけ」
男が足でどかそうとしたが、大きい方がその足にしがみついた。
「『雨夜』! 逃げろ!」
大きい方が叫ぶ。同時に島崎くんもその声を隠れ蓑にして「江波、行くぞ」と叫んだ。おれたちは走り出す。
大きい方は男の拳で殴られ、腹を蹴り上げられた。雨夜と呼ばれた小さい方が悲鳴を上げる。高い、高い声。大きい方がぐったりと床に倒れたが、男が振り向く前に島崎くんがその腕にしがみついた。
おれは足を狙ってナイフを振った。
男のふくらはぎ辺りの衣服が避けた。細い赤い筋が一瞬浮かび上がったのが見えた。
浅い。位置も違う。
まずい、失敗だ。
「来い、江波!」
おれたちは同時に部屋を飛び出す。島崎くんの手にはさっき投げられたロープが握られたままだ。おれは必死に島崎くんについていく。その先は階段だ。やはりここは地下だった。
コンクリートの壁はどこもかしこも赤カビがついていてまるでホラーだ。おれたちは階段の下に辿り着く。見上げると扉があった。開いている!
男はすぐに追ってきた。おれたちは階段を駆け上がる。
「健斗! 飛べ!」
考える間もない。その島崎くんの声がおれを自然に動かす。隣の島崎くんの動きを見て、おれはそれに倣う。
おれたちは飛んだ。
階段の上から、追ってきていた男に向かって。
雪崩のように落ちていく。男の体の上に乗っかるようにして、おれはいちばん下まで落ちた。地下に舞い戻ったおれたちの中でいちばん早く動いたのは島崎くんだ。いつの間にか男の首にロープを巻き付けている。
「健斗!」
男がロープに手をかけ体を起こそうとする。おれは自分の手にナイフがないことに気づいたが、島崎くんの目線を追って別の指示に気づいた。
ロープの片側をおれは持つ。おれたちは双方向からそれを一気に引いた。起き上がりかけた男の体が後ろに倒れそうになると島崎くんがすかさず体重を前にかける。おれは絶対にロープを離さないように力を込めた。
男の体が前に傾き膝をつく。腕が島崎くんを捕まえようとしたが、彼はすぐに後ろに回り込むと男の体の上に乗った。おれもそれに続く。
うつぶせに倒れたままの男の首を締め上げる。男の体が海老反りになっていく。
運動会の綱引きの時みたいに、足を男の背中に乗せて踏ん張り、ロープを引く。
まだ生きている。
まだ死なない。
途方もなく長い時間おれたちはそうしていた気がする。
もう動かない?
もう死んだ?
分からない。
うめき声はもうしない。もう足をばたつかせていない。ロープを引きはがそうとしていた両手はだらりとたれている。
でも、おれたちはロープを引き続けた。
いつまで経っても先生の号令は聞こえない。でも、きっと勝ったのはおれたちだ。
ようやく力が抜ける。島崎くんがおれの肩に手を置いているのに気づいた。おれの手のひらは皮が剥けてズルズルだ。痛い。
「上見てくる。ここにおれ」
島崎くんは階段を昇っていく。
おれは男の死体と取り残される。
殺した。
おれは人を殺した。
「仲間はおらんみたいや。江波、来い」
おれはゆっくり立ち上がる。おれたちが閉じ込められていた部屋に目を向ける。扉は開いたままなのに、あの二人組は出てこない。この男はすぐにおれたちを追ってきたから殺されてはいないはずだ。それとも、あの大きい方は死んでしまったのだろうか。
「健斗」
「はい」
階段を上がる。某眼鏡の魔法使いが閉じ込められていたような場所からおれたちは廊下に出た。二階へと上がる階段の横にその扉はついていた。
地下とそう変わらない暗さだ。廊下には小さな台と電話。島崎くんがすぐに受話器を手に取るが繋がっていないらしくこちらを向いて首を振った。
洋風の建物だった。左手には両開きの大きな玄関。見上げると、小さなシャンデリアが見えた。右手には二つの扉。おれたちはまず玄関に向かう。簡単に開いた。
外には荒れた庭があった。その向こうに門が見える。
辺りは静まり返っていた。真っ暗だ。遠くに灯りがいくつか見える。民家はある。薄暗い街灯がいくつか建っているのも見えた。
「見ろ。あれ、だんじりの車庫やんな?」
島崎くんが街灯の一つを指さす。うっすらと浮かび上がるのは彼の言ったとおりだんじりの車庫だった。
「オッケー。場所はだいたい分かった。てことはあの辺に公衆電話があるはずやから……よし、江波。家の中戻るぞ」
引き返す島崎くんを慌てて追う。まずは一階から見て回ることにしたようだ。
奥に進み手前の扉を開ける。ダイニングだ。大きなテーブルが中央にあって、六人分の椅子がある。その隣がキッチンとなっていた。もう一つの扉はこちらに通じていたようだ。カーテンはなくてダイニングとキッチンの窓からの月明りだけが頼りだった。キッチンはシンクにもテーブルにもたくさんのゴミが積まれていた。冷蔵庫を開けたがシンク以上の異臭にすぐに扉を閉めた。電気は通っていないようだ。
島崎くんがコンロも確認する。ガスもダメだ。散乱してるのは男の用意した食料。コンビニで買ってきたもの。それにカップ麺の空の容器がある。よく見るとカセットコンロがあった。あいつはこれでお湯を沸かしていたらしい。二リットルの水のペットボトルが床にたくさん並べられている。
「空き家を利用しとったみたいやな。電気もガスも来てへんしこの荒れよう。取り壊し前の家かなんかかな。一応二階も見るか」
ずんずんと島崎くんが進んでいく。追いかけようととすると島崎くんがおれを手で制した。
「お前はそこであいつの財布がないか探してくれへん? 小銭一枚でもいい。十円か百円」
「え? どうしてですか?」
「公衆電話使われへんやろ?」
「え、でも……」
公衆電話なら緊急通報ボタンがある。なくても警察にはかけられるはずだ。学校の防災訓練でそう習った。そんなことを考えていると、見透かしたように島崎くんが笑う。
「かけるのは警察にじゃない。宙兄たちにかける」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる