Cat walK【完結】

Lucas

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渡瀬

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「お大事にしてください」
 私は頭を下げて、患者様を見送る。
「はあ、やっと終わったあ。あ、もう看板上げてきてもらっていいよ」
 はぁい、と返事をして私は自動ドアをくぐり、小さなエレベーターホールに出る。
 ワンフロアに一店舗。エレベーターの表示灯を見る。さっきの患者様が上の階の薬局についたようだ。私は隣にある非常扉を開けて、階段を使って一階まで降りる。それから、ビルを出る前にエレベーターのボタンを押す。
 よし、急げ! だーっと走って、外にあるスタンド看板をガラガラ押しながらビル内へ戻る。古いビルで、エレベーターは一機だけ。八階建てで、すべての階に店舗が入っている。呑気に一階でエレベーターが来るのを待っている間にも、次々と人が訪れ、狭いエレベーターはすぐぐに満員。大きな看板を持っている私は、お客様に順番を譲る。
 一昨日なんか、三回も見送ることになってしまった。看板は重く、五階にあるクリニックまではとてもじゃないが上がれない。私たち受付のスタッフの中では、出勤するなり看板ジャンケンが行われる。
 今日は私が負けた。
 しかし! どうだ、この作戦。看板を持って駆け込んだと同時にエレベーター到着。人が来る前に乗り込む。
 看板を押し込み、五階のボタンを押してほっとひと息。今日は最後の診察に時間がかかっていたのが良かったのかもしれない。もう夜の九時を回っている。
 提携薬局に、消費者金融、不動産屋、台湾エステなどなど、ジャンル様々な店舗が入っているが夜遅くまでは営業していない。この時間ともなるとエレベーターの利用者は少ない。
「今日も残業かあ。はあ、お腹すいたあ」
 エレベーターが開いて、すでに半分シャッターが閉められた扉の前に置く。自動ドアの電源も切られているので、手動で開けて中に入った。
「戻りましたー」
「うわ、渡瀬わたせさん早っ! 今日は運良かったんやー」
「主任こそ片付けめっちゃ早いですよ。もうみんな帰ったかと思った」
 笑いながら中へと入る。さっきまで流れていたクラシックも止んでいて、主任がカタカタと電卓を叩く音だけが響く。レジ閉めはまだ終わっていないらしい。
「節電節電。今日も二時間近くの残業やで? ちゃっちゃとやってはよ帰ろう。ほんま疲れたあ」
 このクリニックの閉院時間は午後七時だ。でも、仕方ない。
 ここは、大阪市内にあるメンタルクリニック。患者様によっては診察が一時間以上かかる方もいる。大変なことも多いけど、でも、どうしてもここで働きたかった。
「まあ、明日来たら連休じゃないですか。明後日祝日やし。あとちょっと頑張りましょう」
「渡瀬さん、元気やなぁ。若さかな」
 まだ二十代の主任がそう言って大きなため息をつく。そんな私は二十代においてもまだ新米。
 今年、二十一になる。
 ここには勤め始めてもうすぐ二年。
「みんなきつくて辞めていくのに、おってくれるの渡瀬さんだけやし。ゴールデンウィーク明けにまた地獄の忙しさくるけどやめんといてな」
「大丈夫です! 任せといてください!」
 主任は受付で唯一開院当時からいる社員だ。みんな残業の多さや仕事の辛さに負けて辞めていく。たった二年しかいない私が、主任の次に古株となってしまうまでに。確かに忙しくはあったし、色々と神経を使う仕事だけど、私にとっては大切な居場所だ。
「あ、もうレジ閉め終わるし上がっていいよ。窓の戸締りだけ見といてくれる?」
 主任がヒラヒラと手を振る。私は「はい」と返事をしてクリニック内を回った。
 繁華街のど真ん中にあるこのビル。窓の外はネオンがきらめきまだまだ明るい。
 市内で一人暮らしを始めて一年。喧噪にはもう慣れた。
 受付のカウンターを通り過ぎ、クリーム色の壁に挟まれた廊下を奥へ進む。両側にあたたかみのあるライトブラウンの扉が二つ。左側が院長室。右側がすでに退勤した心理士さんの部屋。私は右側の扉を開ける。
 ゆったりとしたソファーに、まあるいテーブル。観葉植物(あとで気づいたけど偽物らしい。知らずに水をあげていたのは内緒)に、猫のぬいぐるみ。完全予約制、時間厳守のカウンセリングはきっちり七時に終わる。
 非常勤の心理士さんは、学校のカウンセラーとここを掛け持ちで、こっちには週二回通ってきてくれている。
 その心理士さんこそが、私がここで働く理由。
 その心理士さんは、私を救ってくれた。
 すべてを失ってしまった少女時代。希死念慮にとりつかれた私を、この世界に戻してくれた。
「もう、七年かあ……」
 パチン、と照明を消す。ネオンに照らされたその部屋で呟く。
 七年前、私は中学生。
 まだ十四歳だった。
 その年に、私の父親が交通事故で亡くなった。
 随分と酔っていて、さらにスマホを片手に信号無視。ドライバーさんもとんだ災難だったろう。だけど、その時はもう何も考えられなくて、ただ、自分はどうなるんだろうって、そのことしか頭になかった。
 十四歳。
 その時私は、初めての恋に溺れていた。
阿久津あくつ……」
 今、どうしてる?
 私の中には、十四歳の頃の阿久津の記憶しかない。
 こっちがじっと見つめないと中々合わない目。
 でも、弟の話をする時は、前のめりになって、目を三日月みたいにして笑うところが好きだった。真っすぐ自分の意見をぶつけてくれて、何に対しても大袈裟な反応をしない素直な阿久津。
 あれから、一度も会っていない。
 会いに行けなかった初恋の人。


「お先に失礼します」
 私は一足先にクリニックを出た。交通量が多く、通行人も多い。この時間になるとそれもかえってホッとするけれど。
 ビルの前の大きな道路は、車線がすべて一方通行。一斉に南へ向かうその光景はマラソンのようだ。ヘッドライトが眩しい。真っ暗だったあの団地とは大違いだ。
 あの頃とは、なにもかもが違うなあ、などと考えながら、道路を渡って地下鉄の入口へと向かった。思えば、中学生の頃は地下鉄にも乗ったことがなかった。近くに小さな駅があって、踏切が中々開かなかったことを覚えている。
 阿久津。
 さっき、思い出してしまったからか。あの頃の記憶がどんどん溢れ出していく。
 車の音なんてほとんど聞こえなかったお気に入りの公園。
 遠くに聞こえる子どもたちの声、虫の声、ぽつぽつと建つ外灯と、家の灯りだけが頼りの静かな日暮れ。
 二人だけの、穏やかな時間。
 七年前のあの時間に想いを馳せながら、私は電車に揺られて帰路につく。
 真っ暗な窓の外に、昔の景色を思い浮かべる。
 公園、ブランコの前、いつもの二人。
 阿久津と私には、家庭に問題があった。
 どちらも経済難で、まだ中学生だったのに、そのことばかり考えていた。
 私は父親から保険金をかけられ、自殺を迫られたことがあった。
 学校で自殺しようとした私に声をかけてくれたのが、阿久津だった。
 皮肉にも、父親は自分の保険金で借金を清算し、私が生き残ることとなったのだが。
 大阪北部にある祖母の家に引き取られ、転校して、それっきり。
 私と阿久津の関係は断ち切られた。
 あの時の私には、阿久津に連絡をする余裕もなかった。
 自分のせいだと思った。私が早く自殺しなかったから、父親が代わりに自殺したんだと。当時は本気でそんなことを思っていた。
 父親を殺したのは、私じゃないのか。
 だって、私はあの夜、父親と話した最期の夜、言ってしまったんだ。
 ――なんであたしが死ななあかんの? お父さんが自分でお金返せばいいやんか!
 私があんなこと言ったから、お父さんは死んだのだと。
 そう考えて、悩んで、追い詰められて。
 そんな時、あの心理士さんに出会った。
 スクールカウンセラーとして、転校先の中学校に来ていたあの人。夢野ゆめの、なんて可愛らしい名前で、見た目もまだまだ女子高生で通じそうなくらい若々しくて、生徒に人気があった。
 短い髪はふわふわで柔らかそうで、引きずりそうなくらい長い白衣をパタパタ揺らしながら、校内を散歩ばかりしていた先生。そんな人だったから、私を見つけてくれた。
 あの日、何もやる気がなくて、友達も一人もできなくて、屋上へと続く階段の途中で座り込んでいた私に、先生は声をかけてくれた。
「あれ? こんなとこで何してるん?」
「自殺しようと思ったんやけど、鍵閉まっとって」
 自然と身についた笑顔で答える。
 昔から、とにかく笑って生きてきた。笑うことしか、できなかった。
「自殺って飛び降り自殺?」
「方法は別に、何でもいいんやけど」
「いやいや自分屋上まできてわざわざ服毒自殺せんやろ。何でここチョイスしたんって話になんで」
 怒られると思っていたので、即座に反応できなかった。なんでもないことのように答えて、自然と隣に座った先生を見て、私は阿久津を思い出していた。
 彼も、動じなかったな。
「で、何で自殺しようとしてたん?」
「……免責期間が、終わったから」
「免責?」
 気が付けば、私は同じような話をしていた。もう父は死んだのに、でも、いつまでも私はその言葉に縛られている。今度こそ、本当に免責期間は終わったんだ。私のせいで父が死んだ。その罪から免れる期間など、もう存在しないんだ。
「へー、なるほど。それで死ななあかんって思ってるんや。でも、自分に死んでほしいって思っとったオトンはもうおらんのやろ?」
「あたしのせいで死んだんです」
「いやいや、違うくない? これは、わたしの推理なんやけど、オトンは保険金欲しさに自殺の強要をしていた。つまり、借金返済のための計画的な保険金殺人。やのに、犯人が自殺っておかしいやん。不運により犯人の殺人計画は未遂となった。その結果、皮肉にも自分の保険金で借金返済することになり、娘は生き残ることができた。うん、ミステリーとしてはなんやそれってオチやけど、一応ハッピーエンドやん」
「……人の不幸で勝手に話作らんでください」
「作ってへんよ。ノンフィクション。今自分が話してくれたことまとめただけ。というより、間違ってたとこ訂正したっただけ」
 夢野先生は、名探偵よろしく指をしゃんと伸ばして私に突きつけた。
「あなたの推理は間違っています」
「ミステリー好きなんですか?」
「探偵ものなら何でも好き。イヤミスは苦手。嫌な気分になるミステリー。自分が死んだら、そういう結末になるんよ。罪悪感とか、感じる必要全然ないんよね。不幸の渦中におる時は気づかんし、人間そういう時って正常な思考ができんくなってる。でも、こうやって、客観的に見て、自分を取り巻く環境を物語にして組み立ててみて」
「物語?」
「そう。自分も登場人物の一人として見てみて。父親を、実はいい人だったってキャラクターに仕立てるのは、読者としてどう? 読んでて違和感ない? 悪役は、娘と父親、どっちやと思う?」
 悪役。頭の中で、ぐるぐる回る。
 お父さんは、悪役だった? いい人だった?
「って、まあ現状登場人物であるあんたの感情抜きに決めつけられることじゃないよな。ただ、もし悪い方向にばっかり思い込んでることがあれば、一旦そこから離れて、一歩引いて見てみることも大事なんよ」
「……それが、客観的に?」
「そ。ほんまに自分が死ななあかんって思ってる?」
 ああ、そうだ。私は何故忘れていたんだろう。
 彼も、阿久津もそう言ってくれたじゃないか。私は、親にいじめられているんだって。私が死ぬ必要ないんだって。
 言ってもらえたのに。
 あの言葉で、救われたはずだったのに。
「先生……あたしは、ほんまは、今も、死にたくないです」
 私がそう言うと、先生はニッコリ笑って頭を撫でてきた。
「うんうん、死ぬことないよ。今からもっとたくさん新しい物語が生まれるんやから」
 物語。これがこの人におけるカウンセリング法の一つなのだろうか。変わっているけれど、お決まりの綺麗事を並べられるよりかはいいと思って話を聞く気になったのを覚えている。
「人は、いつだって生まれ変われるんよ。新しい場所、新しい出会い、ずっと同じままでいる方が難しい。その度に、新しい自分になれる。今までの自分があっての自分やと思うかも知らんけど、それが単に嫌な物語やったなら、ここから新しい章に切り替えたらいいんよ。渡瀬物語、第二部開幕!」
「勝手に始めんといてくださいよ」
「もう始まってる」
 にんまり笑う先生の顔は、幼い女の子のようで、思わずまじまじと見てしまう。
「今までの死にたがってた自分はもうおらんし。さっき、ゆったやん。死にたくないって。ここからは、生きようとするあんたの物語」
「……先生、それお化粧してる? すっぴん?」
「自分話聞いてるか? てゆーかこれでも一応化粧しとるよ。見て、ほら! こないだ貰った新しいアイシャドウ! 可愛い?」
「うーん。あんまり分からん……」
「んー、まああんま派手にしたら先生がうっさいからなあ。教員が風紀を乱すようなことはなんたらかんたら~って、あのペリカンがゆうから」
「先生やのに学年主任に怒られるんですか?」
「ええやん、別に。てゆーか、話逸らさんとちゃんと聞いて」
「新しい物語」
「そうそう。嫌なことなんか上書きしてったらいいんやし」
「上書き?」
「忘れろってゆって急に忘れるなんて無理やろ? 人間物事を忘れられるようにはできてるけど、どんなに頑張ってもふとしたことで思い出す。だから、忘れるよりか単にどんどん上書きしていく感じ。思い出しちゃって落ち込んでも、また上塗りしてく。ファンデーションのように」
 夢野先生はまだほとんどしわのない顔の肌をきゅっと両手で伸ばすように上げた。
「それ、誤魔化しじゃないですか」
「誤魔化しでもいいんやって。化粧頑張って、綺麗な自分になって、お姫様でいられる物語があるなら、そっちを生きればいい。でも、すっぴんでも楽しい物語があるなら、そっちを選べばいい。どっちにしても前を向いて生きられるなら、自分が嫌じゃないなら、それでいいんよ」
「ほんまに?」
「うん」
「ほんまにそれでいいと思う? 先生は、ほんまにあたしは全然悪くなかったって思う? だって、あたし、あたしもお父さんにひどいこと言ったのに。それ忘れて、上書きしてもいいって思う?」
「それって、さっきの『お父さんが自分でお金返せばいいやんか』ってやつ?」
「そう。あたしが、そう言ったから、お父さんは」
「それ、多分違うよ。だって、それ普通の喧嘩やん」
「普通の喧嘩?」
 チャイムが鳴る。心臓が跳ねた。
 どうしよう。ここで、話を終わらせたくない。
 焦る私の気持ちとは裏腹に、夢野先生は立ち上がるどころかチャイムが聞こえたような素振りはまったく見せない。
「ひどいこと言われたら、言い返すのは普通やって。アホ言われたらお前のほうがアホじゃボケって言い返すやん? それと同じ」
 同じじゃなく倍になっている。
「しかも、自分で金返せってまっとうな指摘やと思うけど」
「……そのせいでお父さんが自殺しても?」
「お父さんがそう言ったん? ていうか、さっき交通事故っていってなかったっけ? 歩きスマホの信号無視」
 私は言葉に詰まる。
 とっくに答えは出ている。お父さんが自殺なんかするわけない。でも、あの夜に限って、私は初めて口ごたえをした。それが、どうしようもなく、心に引っかかっていた。
「うーん、これはわたしの個人的な意見。ただの読者で、わたしの好みの話なんやけど」
 さっきよりも、夢野先生の声が響く。授業が始まって、廊下が静かになったからだ。
「親を好きになられへんことは悪いことじゃないと思う。してもらったことを思い出して感謝はしても、迷惑かけたことやひどいこと言ったことを思い出して反省はしても、だからって愛さなあかんことは別にないかな。そういう教訓をゴリ押ししてる物語はあんまり好みじゃない」
「先生、カウンセラーのくせに、そんなんゆっていいの?」
 声が震える。目が潤んでいく。 
「カウンセラーやから。正そうとするのが仕事じゃなくて、寄り添うのが仕事。たぶん」
「たぶんって」
 私は笑う。笑いながら、涙を零す。
 すごく簡単に、自分の心が見抜かれていた。
 私は、悪くない。
 私は、父に殴られるのが、肌を焼かれるのが、死を強要されるのが、どうしようもなく嫌だった。お父さんは、私にとって悪い人だった。とても怖かった。ひどいことを言い返してもいい人だった。そのことに責任を感じなくてもいいくらいに、嫌って良かったんだ。
 親子だから、家族だからと耐える日々。
 もう、その物語の中に私はいない。
 夢野先生は、私に新しい人生をくれた。私は、その日から生まれ変わった。
 でもそれは、並大抵のことではなかった。頭では分かっていても、過去の闇はふいに押し寄せてくる。何度も、何度も、上書きする。
 私は、死にたくない。生きたい。
 必死に勉強して、高校へ進学。祖母の負担にならないため、早く独立しなくては、と。卒業後、すぐに就職。
 それが、このクリニックで、ここで私は夢野先生と再会した。夢野先生は今もここと掛け持ちでスクールカウンセラーをしていて。私のことも「昔務めてた学校の生徒さん」とまでに留めて置いてくれた。その気づかいや、覚えていてくれたこと、「がんばってきたんやね」と、褒めてくれたこと。それが、とても嬉しくて。どんなに大変でも、この仕事は続けようと思った。
 今はもう、死にたくなる時なんてない。
 だけど、先生には内緒にしてたけど、一つだけ、上書きしていないことがある。
 阿久津。
 彼のことだけは、彼との物語だけは、一度も上書きせずに鮮明に残っている。
 何度会いに行こうと思ったか。だけど、私は、彼の抱える問題も知っている。彼自身も、きっとあの家に囚われ、もしかしたら、どこかで新しい章に切り替えようとしているのかもしれない。
 そんな時に、私が会いに行ったら?
 せっかく上書きした過去が顔を出すかも知れない。もしかしたら、彼にとって私は『上書き』したいものの一つかも知れない。
 何も言わずに転校したこと、すぐに連絡できなかったこと、気づいたら何年も経ってしまっていたことで、余計に会いに行けなくなった。
 だから、私はせめて思い出の中の彼だけでも大切にしたい。
 決して上から塗りつぶしてはいけない思い出として。
 それでも、無性に寂しくなる。会いたくなる。
 彼の中では、私はどういう思い出になっているのだろう。
 駅から徒歩十分ほどで、六階建てのワンルームマンションに辿り着く。私の部屋は六階の角部屋だ。古いけど、一応オートロックだし、家賃が安いので助かっている。
 帰宅したらすぐにお風呂に入る。繁華街を通ってくるせいか、タバコの匂いが服につくのが気になってしまう。
 タバコは嫌いだ。
 シャワーを浴びながら、体の至るところに残った痕をぼんやりと見つめる。
 私にも、一応恋人なるものがいた時期もあった。阿久津のことを忘れようとしていたのかも知れない。でも、どうしてもこの体を見られるのが嫌で、結局すぐに別れてしまった。
 まあ、キスすらできなかったんだけど。
 自分が大人になった今でも、大人の男の人が苦手だ。特に、年上だったりすると尚更。
 拒絶してしまう。
 力では絶対に敵わないという現実が、私にはひどく恐ろしい。
「いつか、克服できるんかな」
 頭からシャワーを浴びる。胸まで伸びた髪の先からお湯が床へと落ちていく。
 そのままごしごしと頭を洗って、過去の影を振り切る。 
 明日も仕事だ。
 これからも、この新しい私の物語は続いて行く。
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