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2話 魔法使い
前編
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王都の冒険者ギルド。
堂々とした足取りで冒険者の間を歩いていく竜頭の巨漢。その後ろを少し距離をとって、鎧を身に纏った獣人の騎士と杖を手にしたメイドが後を着いていく
周りの冒険者達も竜頭に慣れているのか、その場にいるだけでは特に注目を集めてはいなかった。
「あ、あの王子様、バルトロス卿。わたし、メチャクチャこの場で浮いてません?!」
「気にしすぎですよ、イルマさん。ここは浮いてるとか気にせず、普通にしてればいいんです」
「そうだぞイルマよ。こういう場所ではビクビクしている方が、かえって浮いてしまうものだ」
「何より王子が実力で示してますからね、色々と。王子に絡んでくるような輩は、まずいませんよ」
むしろ立場上、堂々としている二人の方がおかしいのではないか、等とは思っても、イルマは口には出さずにいることにした。
リンドブルムは真っ直ぐに奥のカウンターへ向かい、そこで何か作業をしている受付に話しかける。
「すまぬが、私が受けるのに丁度言い依頼は来ているか?」
「リンドブルム王子、ようこそおいで下さいました。王子のご要望の依頼は、こちらになります」
受付から数枚の紙を受けとり、素早く内容を確認していく。
「今回はイルマがいるから、あまり危険なものには行けんな」
「そうなると討伐関係の依頼は、今回は止めですか」
「うむ、そうだな……この郊外の調査依頼などはどうだ」
一枚の紙を手に取り、二人に見せる。
「あー、人身売買が発覚して財産没収になった伯爵邸ですか。あれ、まだ残ってたんでしたっけ?」
「さっさと潰して畑にでもしてしまえばいいのに、ああだこうだと理由をつけて残しておくから面倒の種になるのだ。まったく」
「あの、これは何なんですか?」
イルマの言葉を聞き、二人は顔を見合わせ近くの空いている椅子に腰掛ける。
「イルマさんも座られてください」
バルトロスが立ち上がり、座りやすいよう椅子を引く。
「ありがとうございます」
「いえ、お礼を言われるほどのことではありませんよ」
座りやすいよう軽く椅子を押す。
一連のバルトロスの所作を見て、リンドブルムが震える手で騎士を指差す。
「王子、こういうことは率先して自然にやるものです。こうしてイルマさんと一緒にいる時は、自然とやれるよう日々練習ですよ」
「わたし、何かしちゃいましたか?」
「いいえ、王子の不勉強、といったところです。そんなことより依頼書の説明をしましょう」
頬を膨らませているように見える王子が息を一つ吐き、イルマに見えやすいようテーブルの上に依頼書を広げる。
「冒険者ギルドでは寄せられた依頼をこうして依頼書という形にしている。内容は簡単に行ってしまえばどこで何をするか、それと報酬だな」
「冒険者はギルドで仕事を受けて、完了後に報告をして報酬を得ます。この紙は依頼主から完了のサインを貰うためにも使うので、依頼を受けてから報告するまで大切に持っていないといけません」
王子が依頼書を指差す。
「今回の依頼だが、郊外にある廃屋となった屋敷の調査だ。どうも不審な人物が出入りしているらしいので、可能であれば捕縛する」
「捕縛って、掴まえるってことですよね。危なく、ありません?」
「それに関しては我々に全て任せてくれればいい。イルマはメイド長への報告のために来ているのだ、身を守ることだけを考えて欲しい」
「たしかその杖、王家に伝わる守りの杖でしたっけ」
頷くリンドブルムと震えるイルマ。
「え、えええ! あ、あのですね。そんな凄いもの、私が持っていいんですか?」
「構わぬ。身を守るために必要なのだし、使える道具を倉庫で眠らせておくほうが無駄というものだ。そなたが使ってくれた方が、その杖も本来の使い方が出来、良いというものだ」
「お、良かったじゃないですか。その杖、下賜賜われるそうですよ」
軽い気持ちで語る王子と騎士に、何か恐ろしいものがイルマの背筋に走る。王家に伝わる杖をホイッと渡した上、そのまま下賜するという王子の感覚に大丈夫なのかと不安になる。
「話を依頼の件に戻すぞ。今回は王国裁判所からの依頼だから、屋敷を調査した後に王国裁判所に報告をして、サインを受ければ完了だ。報酬も対して高くないし、私達がやるには丁度いいだろう」
「え、高くないお仕事をされるんですか?」
「冒険者にも生活がある。高額な依頼は彼らに譲るべきだし、それなりの報酬でやりやすいものは新人冒険者の仕事として回すべきだ。私が受けるのは、仕事として報酬の安すぎるものや、内容が人の身には難しいものだ」
「王国裁判所の依頼。廃墟に行って中を確認するだけですから、飲み代になるかどうかの低報酬ですからね」
「かと言って不審な者の出入りというのは気になる。住む場所を失った者であるなら保護すべきだし、野盗のようなものが住み着いているなら民の安全のために捕縛なり討伐なりすべきだっ!」
無意識で大声になってしまい、イルマを脅かせる。
「すまぬ、つい癖でな」
「いえ、最近はわりと慣れてきましたから」
あまり慣れて欲しくもないんだが、とバルトロスはため息を一つ吐く。
「場所も王都の郊外と近いですし、内容も廃墟に入って確認すればいいだけですから、危険も少ないでしょう」
「ゴーストの類いがいないとも限らんが、その時は私が何とかしよう」
「そうですね。その時は申し訳ないですが、王子に全てお任せしましょうか」
ゴーストを何とか出来るのかと思ったが、二人のやり取りから本当に何とか出来るのだろうと、一人納得する。
「それよりも大事なのは、イルマさん、杖の使い方は覚えてますね?」
「はい。杖を地面について、守護の光よ、って言えばいいんですよね」
「次の日の出までに使える回数が決まっているから気を付けるのだぞ。七回使ってしまったら、次の日の出まではただの杖だからな」
イルマが頷くのを見て大丈夫だと思いながらも、何かあった場合のフォローをぞれぞれが考える。
「では、早速行くとするか。大した依頼内容ではないのだ、早く済ませてしまった方がいいであろう」
「そうですね。今回は軽い散歩のようなものだと思っていきますか」
二人が立ち上がり、それに続くようにイルマが立ち上がる。
三人がその場から立ち去ろうとすると、一人の冒険者風の女がリンドブルムの服を引っ張ってきた。
「あっれぇ、王子もういっちゃうのぉ」
「なんだクラウディア、昼間から飲んでいるのか」
日に焼けた肌、短く切った黒髪。腰には数本の短剣を下げ、動きやすそうな服に身を包み、腕や足の肌は大きく露出させていた。手にしたジョッキからチビチビと酒を飲みながら、半分座った目でリンドブルムを見ている。
「んあ、依頼失敗しちゃってさぁ。ヤケ酒よ、ヤケ酒」
「クラウディアさんのパーティが失敗なんて珍しいですね。何を相手にしてきたんです?」
ジョッキの中身を一気に飲み干し、テーブルに叩きつける。
「南部の鉱山地帯に出た魔物の討伐だっらんらけどさぁ、ワイバーンの群れがいるなんれ誰が思う?! うちのパーティにゃ弓使いも魔法使いもいないっれぇのぉ!」
悔しそうに手足をバタつかせる姿は、まるで子供のように見えた。
「リーダーは装備ボロボロになって修理に行ってるし、一人は大怪我して治療院行き! もっろ適したパーティに依頼回されて、骨折り損のくたびれ儲けもいいとこらわ」
完全に酒に飲まれている。体から発せられる酒の匂いと雰囲気で、リンドブルムとバルトロスはそれをすぐに察した。そしてこのまま話に付き合っていたら、切りが無いということも。
「すまぬクラウディア、そなたの話を聞いてやりたいのもやまやまだが、私達もこれから依頼に出るところなのだ」
「なんらぁ、これから仕事か。王子に手伝ってもらおうろ思っれたのにぃ。ケチぃ」
大げさに天を仰ぐクラウディア。
「ところでその娘られ? 初めれ見る娘らけど……まさか王子、彼女れきたのぉ?!」
「か、かかか彼じ」
「違いますよ。わたし、メイドのイルマっていいます」
即否定され、リンドブルムの尾が床の上に力なく垂れ下がる。
その様子を見ていたバルトロスは、笑いを堪えるのに必死だった。
「まあ、なんだ、ワイバーンの群れの話も気にはなるが、今は受けた依頼をこなさなければならぬのでな。一度、失礼する」
はいよぉ、と軽い返事を返すと、クラウディアは大声で新しい酒の注文を始める。
「今の方、お知り合いなんですか?」
「クラウディアか? 何度か一緒に依頼に行ったことのあるパーティの一人だ」
「今は酔っ払ってああですが、短剣を握らせて戦わせれば凄腕の剣士でレンジャーなんですよ。酔っ払ってなければ、ですが」
肩をすくめるバルトロス。リンドブルムは短い笑いをこぼす。
「クラウディアもその仲間も、心根の良い者たちばかりだ。機会があれば彼女達とどこかしらへ行くこともあろう」
「その前に今日は、郊外の散歩と洒落込みましょうか」
-数刻後-
王都の街並みを抜け、郊外に建つ一軒の屋敷の前に一行はいた。
「このお屋敷がそうなんですか?」
荒れ果てた前庭、蔦におおわれた外壁、割れた窓。人が住まなくなって、長い時間がたっていることをかんじさせる古びた屋敷。
「十年以上誰も住まぬと、ここまで荒れるものなのだな」
リンドブルムが門に手を振れ開くことを確認し、耳障りな錆びた音を響かせ門が開ける。
王子と騎士は剣に手を掛け、錆びた門をくぐって行く。バルトロスの耳が周囲の音を拾うように動く。
「外には何かいる気配はありませんね」
「そうなると、誰かいるとすれば屋敷の中か。イルマこちらに来るのだ」
呼ばれたイルマが小走りでリンドブルムの側へやって来る。
「よいか、そなたは私かバルトロスの側に常にいるようにするのだぞ。何かあれば、我々が盾になろう」
わかりましたの言葉を口にする前に、イルマの視線がリンドブルムの尾へ向く。
王子はその視線に気付き、慌てて次の言葉を放つ。
「やらぬ、やらぬぞっ! そなたに尾を当てるようなことはやらぬからなっ!」
「王子、大声出してどうするんです。気付かれたら逃げられますよ」
バルトロスの呆れ声に、慌てて口を抑えるリンドブルム。
もっとも獣と変わらぬ耳と鼻を持つ獣人と、それと変わらぬ感覚器官を持つ王子がいるのだから、逃げるのも早々簡単なことではないのだが。
「しかし、臭いますね」
「うむ、なんなのだこの異臭としか言いようのない臭いは」
二人は顔をしかめ、思わず鼻を覆いたくなる。
「そんな変な匂い、しますか?」
「人は獣人ほど鼻が利かないんですもんね。門のあたりにいた頃から、ずっと臭ってますよ」
「発生源は屋敷の方だな。しかし、しかしだ。この毒草を酢で煮込んで真夏に数日は放置したような臭い、鼻が曲がりそうな程キツイぞ」
鼻を覆い、屋敷の方を睨む。
「まあ、これだけ異臭がするのだ。誰かしらが何かをしているのは確かであろう」
「毒、ってことはないですかね」
「その可能性はありえるが、もし毒であればここの草木も枯れるなり何なりしているだろう。だが屋敷の壁の蔦も、この荒れた庭の草木も青々としていておかしな所はない。恐らくだが、本当にただの悪臭なのだろう。何より毒であれば、私とバルトロスが匂いを感じている時点で、誰かしら影響が出ているだろうからな」
目の前の屋敷を睨み、歩みを進める。
「イルマ、私の後ろにいるのだ。もし何かあったら私達のことは放っておいて構わん、冒険者ギルドへ行き事の次第を話して救援を求めるのだ。いいな」
頷くイルマを見、二人は立つ位置を変える。
バルトロスが前に立ち扉に手をかけ、リンドブルムがイルマの盾になる位置に立ち剣を手に取る。
「じゃあ、開けますよ」
扉を開けた瞬間、イルマが鼻を手で覆い目を白黒させる。
「っ~~~?! ちょっと、何なんですかこの臭いは」
「扉を開けると、イルマさんでもわかる臭いのキツさなんですね」
「正直、目に染みると言うか痛いくらいの悪臭だな」
窓という窓が閉められているせいで、余計に屋内に匂いが立ち込めているのだろう。屋敷の扉を開け、中に入った三人は、あまりの悪臭に目が回りそうになるほどだった。
「窓開けて、空気の入れ替えしちゃいましょうよ」
「賛成だ。臭いの発生源を辿るにも、こんなに臭いが立ち込めていてはやれることもやれん」
「扉も開けたままにしておいて、いくつか部屋を回って窓を開けましょう。このままじゃ、鼻が馬鹿になっちまいます」
扉が閉まらないよう、番に石を噛ませ。手近な部屋かへ入ると、窓を開けていく。
「空気が美味いなんて、初めての経験ですよ」
「臭い、服についたりしてませんよね?」
「駄目だ、そろそろ臭いがわからなくなりそうだぞ」
口々に匂いに対する文句を言いながら、他の部屋に入っては窓を開けるを繰り返す。
リンドブルムとバルトロスは部屋に入る都度、警戒し、不審な者がいないかを確認して入るのだが、それ以上に臭いに対する不快感が勝り、口から出る不満を止めることが出来ずにいた。
「これだけ臭いが籠もるような何かをしているのだ、誰かいるのは間違いなかろう」
「こんな臭いで平気とか、正直、そいつの正気を疑いますがね」
「全くだ。まともな感覚の持ち主ではない」
一階の部屋の窓を半分ほど開けた頃、開けた窓の側に集まり、小休止もかね外の新鮮な空気を吸う。
「もう。何をしたら、こんなひどい臭いが出るんですか」
「そりゃ、こっちがそいつに聞きたいですよ。まあ、まだこうして無事でいるってことは、毒じゃなさそうですね」
「そしてこうして窓を開け、臭いが薄まってきたお陰でわかったこともある。臭いの発生源と、他に誰かいる匂いがある、ということだ」
リンドブルムの言葉にバルトロスが頷く。
「えっ、そんな臭いするんですか?」
「獣人の鼻で分かる程度の、かすかな臭いですがね。人の匂いがしますよ」
鼻が馬鹿になってなくてよかった、と胸を撫で下ろすバルトロス。
「臭いの発生源と、人の匂いのする方向は同じだ。不審者と思しき者はそこにいるだろう」
「そうなると、ここより臭いのキツい場所に行く訳ですか。本当に鼻が曲がっちまいそうですよ」
心底嫌そうな顔こそするものの、バルトロスは抜いた剣を納めてはいない。
それはリンドブルムも同じだ。まだ何者かがいる以上、気を抜くことは出来ない。
「臭いの元を辿る。バルトロス、殿は任せたぞ。イルマは私の後ろを歩け、何かあればバルトロスの指示に従うのだ」
「了解です」
「は、はい、わかりました」
それぞれが手に持った武器を手にし、リンドブルムを先頭に屋敷内の臭いの発生源へと向かっていく。
匂いを最も強く放つ部屋の扉を薄く開け、中の様子を確認する。
屋敷の元、厨房と思しきの中には先の尖った大きなつばの帽子を被った人物が、竈門の前で何かを煮込んでいた。
「臭いの元と思しき鍋と、原因と思しき人物一人を確認した。他に室内に人影、臭いはない」
「この異臭を放つ何かをかぶって隠れている可能性は?」
「無い。二つ以上の異臭源が無い」
王子と騎士は顔を見合わせ、頷き合う。
「行くぞ」
バルトロスがイルマをリンドブルムから離れさせ、王子は扉の前に立つ。
王子は剣を右手に握り直し扉に手をかけると、勢いよく扉を開け放つ。
「誰!」
「冒険者ギルドから派遣された者だ。ここで何をしているっ!」
剣の切っ先を部屋の中にいた人物に向け、怒声を放つリンドブルム。
「まさかその顔、お、王子?! なんでこんな所に」
「それに対して答える義務など無いっ! 大人しく連行されるか、それとも痛い思いをするか、好きな方を選ぶが良いっ!」
部屋の中の人物は帽子を脱ぎ捨て、両膝を床に付き、頭を擦り付けるほど深く垂れる。
「お願いいたします! どうか、どうか命だけはお許しください!」
突然の土下座と命乞いに、リンドブルムは呆気にとられる。
「な、何なのだ突然?!」
「本当に悪気はなかったのです! ただ、ただ王妃様のためになればと思っての次第なのです!」
部屋の人物が顔を上げる。女だった。
銀色の長い髪、紙と同じ銀色の瞳、風が吹けば手折られてしまう弱々しい花のような、そんな雰囲気の女だった。
「どうか、どうか命だけは、命だけは!」
「ええいっ! 突然何を言い出すのだ、訳が分からぬぞっ!」
「王子、そのご婦人、お知り合いか何かで?」
何事かと部屋の様子を覗き見るバルトロスとイルマ。
「知らぬっ! 初めて見る相手だぞっ!」
「……あ」
部屋の中の女の顔を見たイルマの口から、驚きに似た声が出る。
「あの時の魔法使いの人」
「あの時のお城に向かってたお嬢さん」
二人の口から同時に言葉が出る。
「イルマよ、そなたの言う魔法使いとはまさかではあるがあの」
「はい、王子様を人に変える魔法を教えてくれた魔法使いの人です」
「ああ、あの拷問処刑方法ですか」
竜の姿のリンドブルムを人に変える魔法。皮を七回剥ぎ、力の限り木の枝で叩き、塩水ミルクの順に桶に漬け、麻布で一晩包む。
どう考えても魔法ではなく、新手の拷問か処刑方法としか思えない方法である。
「という事はだぞ、母上におかしな魔法を教えたのも」
「は、はいぃ! ワタシにございます! ですがあれは、子を授かれぬ王妃様のためにと」
「そのせいで私が今、こんな姿になっているのだぞっ!」
「ひいいぃぃっ! 申し訳、申し訳ございません!」
牙をむき出し怒号を発するリンドブルムに、再び土下座をする魔法使い。
「王子、王子、とにかく落ち着いてください。はい、深呼吸」
剣を手にしたままのバルトロスが部屋に入り、王子の背を軽く数回叩く。
牙を剥いたまま、深く、深く呼吸するリンドブルム。その姿はこれから灼熱の炎で相手を焼き尽くそうとする竜、そのものである。
「魔法使いさん、えっと、お名前は?」
「ヴィルヘルミーネです。ヴィルヘルミーネと申します」
右手で髪を弄りながら、視線をそらして口を開く魔法使いヴィルヘルミーネ。
「妃殿下にバラの魔法? 呪い? を教えたのはあなたで間違いないですか?」
「はい、王妃様にご懐妊の魔法をお伝えしたのはワタシです」
「魔法? 呪いの間違いであろう。さては、王家に恨みある者の謀りではあるまいなっ!」
「の、呪いではございませんです! ワタシも決して王家に恨みなどございませんです! 神に誓って本当でございます!」
土下座を繰り返すヴィルヘルミーネと吠え続けるリンドブルム。
傍からその姿だけ見ていたら、竜と生贄の乙女にしか見えない光景だ。
「バルトロス卿。王子様、なんか怖くありません?」
「まあ、今の顔姿の原因ですからね。それに人になる方法が、あれじゃあ、ご婦人相手に怒りもするでしょう」
肩をすくめるバルトロス。
「王子が収まるまで、この屋敷の部屋の窓を開けて回りましょう。まともな空気を吸わないと、本当に鼻が馬鹿になっちまいそうです」
「いいんですか、王子様一人にして?」
「他に誰かいる気配と臭いはありませんし、あのご婦人からは怯えの臭いしかしませんから、大丈夫でしょう。俺が言っちゃいけない言葉ですが、王子を暗殺できる人間なんて、いやしませんからね」
バルトロスは剣を収め、厨房から出ていく。イルマも後に続き、二人で屋敷中の窓を開ける作業に取り掛かり始めた。
堂々とした足取りで冒険者の間を歩いていく竜頭の巨漢。その後ろを少し距離をとって、鎧を身に纏った獣人の騎士と杖を手にしたメイドが後を着いていく
周りの冒険者達も竜頭に慣れているのか、その場にいるだけでは特に注目を集めてはいなかった。
「あ、あの王子様、バルトロス卿。わたし、メチャクチャこの場で浮いてません?!」
「気にしすぎですよ、イルマさん。ここは浮いてるとか気にせず、普通にしてればいいんです」
「そうだぞイルマよ。こういう場所ではビクビクしている方が、かえって浮いてしまうものだ」
「何より王子が実力で示してますからね、色々と。王子に絡んでくるような輩は、まずいませんよ」
むしろ立場上、堂々としている二人の方がおかしいのではないか、等とは思っても、イルマは口には出さずにいることにした。
リンドブルムは真っ直ぐに奥のカウンターへ向かい、そこで何か作業をしている受付に話しかける。
「すまぬが、私が受けるのに丁度言い依頼は来ているか?」
「リンドブルム王子、ようこそおいで下さいました。王子のご要望の依頼は、こちらになります」
受付から数枚の紙を受けとり、素早く内容を確認していく。
「今回はイルマがいるから、あまり危険なものには行けんな」
「そうなると討伐関係の依頼は、今回は止めですか」
「うむ、そうだな……この郊外の調査依頼などはどうだ」
一枚の紙を手に取り、二人に見せる。
「あー、人身売買が発覚して財産没収になった伯爵邸ですか。あれ、まだ残ってたんでしたっけ?」
「さっさと潰して畑にでもしてしまえばいいのに、ああだこうだと理由をつけて残しておくから面倒の種になるのだ。まったく」
「あの、これは何なんですか?」
イルマの言葉を聞き、二人は顔を見合わせ近くの空いている椅子に腰掛ける。
「イルマさんも座られてください」
バルトロスが立ち上がり、座りやすいよう椅子を引く。
「ありがとうございます」
「いえ、お礼を言われるほどのことではありませんよ」
座りやすいよう軽く椅子を押す。
一連のバルトロスの所作を見て、リンドブルムが震える手で騎士を指差す。
「王子、こういうことは率先して自然にやるものです。こうしてイルマさんと一緒にいる時は、自然とやれるよう日々練習ですよ」
「わたし、何かしちゃいましたか?」
「いいえ、王子の不勉強、といったところです。そんなことより依頼書の説明をしましょう」
頬を膨らませているように見える王子が息を一つ吐き、イルマに見えやすいようテーブルの上に依頼書を広げる。
「冒険者ギルドでは寄せられた依頼をこうして依頼書という形にしている。内容は簡単に行ってしまえばどこで何をするか、それと報酬だな」
「冒険者はギルドで仕事を受けて、完了後に報告をして報酬を得ます。この紙は依頼主から完了のサインを貰うためにも使うので、依頼を受けてから報告するまで大切に持っていないといけません」
王子が依頼書を指差す。
「今回の依頼だが、郊外にある廃屋となった屋敷の調査だ。どうも不審な人物が出入りしているらしいので、可能であれば捕縛する」
「捕縛って、掴まえるってことですよね。危なく、ありません?」
「それに関しては我々に全て任せてくれればいい。イルマはメイド長への報告のために来ているのだ、身を守ることだけを考えて欲しい」
「たしかその杖、王家に伝わる守りの杖でしたっけ」
頷くリンドブルムと震えるイルマ。
「え、えええ! あ、あのですね。そんな凄いもの、私が持っていいんですか?」
「構わぬ。身を守るために必要なのだし、使える道具を倉庫で眠らせておくほうが無駄というものだ。そなたが使ってくれた方が、その杖も本来の使い方が出来、良いというものだ」
「お、良かったじゃないですか。その杖、下賜賜われるそうですよ」
軽い気持ちで語る王子と騎士に、何か恐ろしいものがイルマの背筋に走る。王家に伝わる杖をホイッと渡した上、そのまま下賜するという王子の感覚に大丈夫なのかと不安になる。
「話を依頼の件に戻すぞ。今回は王国裁判所からの依頼だから、屋敷を調査した後に王国裁判所に報告をして、サインを受ければ完了だ。報酬も対して高くないし、私達がやるには丁度いいだろう」
「え、高くないお仕事をされるんですか?」
「冒険者にも生活がある。高額な依頼は彼らに譲るべきだし、それなりの報酬でやりやすいものは新人冒険者の仕事として回すべきだ。私が受けるのは、仕事として報酬の安すぎるものや、内容が人の身には難しいものだ」
「王国裁判所の依頼。廃墟に行って中を確認するだけですから、飲み代になるかどうかの低報酬ですからね」
「かと言って不審な者の出入りというのは気になる。住む場所を失った者であるなら保護すべきだし、野盗のようなものが住み着いているなら民の安全のために捕縛なり討伐なりすべきだっ!」
無意識で大声になってしまい、イルマを脅かせる。
「すまぬ、つい癖でな」
「いえ、最近はわりと慣れてきましたから」
あまり慣れて欲しくもないんだが、とバルトロスはため息を一つ吐く。
「場所も王都の郊外と近いですし、内容も廃墟に入って確認すればいいだけですから、危険も少ないでしょう」
「ゴーストの類いがいないとも限らんが、その時は私が何とかしよう」
「そうですね。その時は申し訳ないですが、王子に全てお任せしましょうか」
ゴーストを何とか出来るのかと思ったが、二人のやり取りから本当に何とか出来るのだろうと、一人納得する。
「それよりも大事なのは、イルマさん、杖の使い方は覚えてますね?」
「はい。杖を地面について、守護の光よ、って言えばいいんですよね」
「次の日の出までに使える回数が決まっているから気を付けるのだぞ。七回使ってしまったら、次の日の出まではただの杖だからな」
イルマが頷くのを見て大丈夫だと思いながらも、何かあった場合のフォローをぞれぞれが考える。
「では、早速行くとするか。大した依頼内容ではないのだ、早く済ませてしまった方がいいであろう」
「そうですね。今回は軽い散歩のようなものだと思っていきますか」
二人が立ち上がり、それに続くようにイルマが立ち上がる。
三人がその場から立ち去ろうとすると、一人の冒険者風の女がリンドブルムの服を引っ張ってきた。
「あっれぇ、王子もういっちゃうのぉ」
「なんだクラウディア、昼間から飲んでいるのか」
日に焼けた肌、短く切った黒髪。腰には数本の短剣を下げ、動きやすそうな服に身を包み、腕や足の肌は大きく露出させていた。手にしたジョッキからチビチビと酒を飲みながら、半分座った目でリンドブルムを見ている。
「んあ、依頼失敗しちゃってさぁ。ヤケ酒よ、ヤケ酒」
「クラウディアさんのパーティが失敗なんて珍しいですね。何を相手にしてきたんです?」
ジョッキの中身を一気に飲み干し、テーブルに叩きつける。
「南部の鉱山地帯に出た魔物の討伐だっらんらけどさぁ、ワイバーンの群れがいるなんれ誰が思う?! うちのパーティにゃ弓使いも魔法使いもいないっれぇのぉ!」
悔しそうに手足をバタつかせる姿は、まるで子供のように見えた。
「リーダーは装備ボロボロになって修理に行ってるし、一人は大怪我して治療院行き! もっろ適したパーティに依頼回されて、骨折り損のくたびれ儲けもいいとこらわ」
完全に酒に飲まれている。体から発せられる酒の匂いと雰囲気で、リンドブルムとバルトロスはそれをすぐに察した。そしてこのまま話に付き合っていたら、切りが無いということも。
「すまぬクラウディア、そなたの話を聞いてやりたいのもやまやまだが、私達もこれから依頼に出るところなのだ」
「なんらぁ、これから仕事か。王子に手伝ってもらおうろ思っれたのにぃ。ケチぃ」
大げさに天を仰ぐクラウディア。
「ところでその娘られ? 初めれ見る娘らけど……まさか王子、彼女れきたのぉ?!」
「か、かかか彼じ」
「違いますよ。わたし、メイドのイルマっていいます」
即否定され、リンドブルムの尾が床の上に力なく垂れ下がる。
その様子を見ていたバルトロスは、笑いを堪えるのに必死だった。
「まあ、なんだ、ワイバーンの群れの話も気にはなるが、今は受けた依頼をこなさなければならぬのでな。一度、失礼する」
はいよぉ、と軽い返事を返すと、クラウディアは大声で新しい酒の注文を始める。
「今の方、お知り合いなんですか?」
「クラウディアか? 何度か一緒に依頼に行ったことのあるパーティの一人だ」
「今は酔っ払ってああですが、短剣を握らせて戦わせれば凄腕の剣士でレンジャーなんですよ。酔っ払ってなければ、ですが」
肩をすくめるバルトロス。リンドブルムは短い笑いをこぼす。
「クラウディアもその仲間も、心根の良い者たちばかりだ。機会があれば彼女達とどこかしらへ行くこともあろう」
「その前に今日は、郊外の散歩と洒落込みましょうか」
-数刻後-
王都の街並みを抜け、郊外に建つ一軒の屋敷の前に一行はいた。
「このお屋敷がそうなんですか?」
荒れ果てた前庭、蔦におおわれた外壁、割れた窓。人が住まなくなって、長い時間がたっていることをかんじさせる古びた屋敷。
「十年以上誰も住まぬと、ここまで荒れるものなのだな」
リンドブルムが門に手を振れ開くことを確認し、耳障りな錆びた音を響かせ門が開ける。
王子と騎士は剣に手を掛け、錆びた門をくぐって行く。バルトロスの耳が周囲の音を拾うように動く。
「外には何かいる気配はありませんね」
「そうなると、誰かいるとすれば屋敷の中か。イルマこちらに来るのだ」
呼ばれたイルマが小走りでリンドブルムの側へやって来る。
「よいか、そなたは私かバルトロスの側に常にいるようにするのだぞ。何かあれば、我々が盾になろう」
わかりましたの言葉を口にする前に、イルマの視線がリンドブルムの尾へ向く。
王子はその視線に気付き、慌てて次の言葉を放つ。
「やらぬ、やらぬぞっ! そなたに尾を当てるようなことはやらぬからなっ!」
「王子、大声出してどうするんです。気付かれたら逃げられますよ」
バルトロスの呆れ声に、慌てて口を抑えるリンドブルム。
もっとも獣と変わらぬ耳と鼻を持つ獣人と、それと変わらぬ感覚器官を持つ王子がいるのだから、逃げるのも早々簡単なことではないのだが。
「しかし、臭いますね」
「うむ、なんなのだこの異臭としか言いようのない臭いは」
二人は顔をしかめ、思わず鼻を覆いたくなる。
「そんな変な匂い、しますか?」
「人は獣人ほど鼻が利かないんですもんね。門のあたりにいた頃から、ずっと臭ってますよ」
「発生源は屋敷の方だな。しかし、しかしだ。この毒草を酢で煮込んで真夏に数日は放置したような臭い、鼻が曲がりそうな程キツイぞ」
鼻を覆い、屋敷の方を睨む。
「まあ、これだけ異臭がするのだ。誰かしらが何かをしているのは確かであろう」
「毒、ってことはないですかね」
「その可能性はありえるが、もし毒であればここの草木も枯れるなり何なりしているだろう。だが屋敷の壁の蔦も、この荒れた庭の草木も青々としていておかしな所はない。恐らくだが、本当にただの悪臭なのだろう。何より毒であれば、私とバルトロスが匂いを感じている時点で、誰かしら影響が出ているだろうからな」
目の前の屋敷を睨み、歩みを進める。
「イルマ、私の後ろにいるのだ。もし何かあったら私達のことは放っておいて構わん、冒険者ギルドへ行き事の次第を話して救援を求めるのだ。いいな」
頷くイルマを見、二人は立つ位置を変える。
バルトロスが前に立ち扉に手をかけ、リンドブルムがイルマの盾になる位置に立ち剣を手に取る。
「じゃあ、開けますよ」
扉を開けた瞬間、イルマが鼻を手で覆い目を白黒させる。
「っ~~~?! ちょっと、何なんですかこの臭いは」
「扉を開けると、イルマさんでもわかる臭いのキツさなんですね」
「正直、目に染みると言うか痛いくらいの悪臭だな」
窓という窓が閉められているせいで、余計に屋内に匂いが立ち込めているのだろう。屋敷の扉を開け、中に入った三人は、あまりの悪臭に目が回りそうになるほどだった。
「窓開けて、空気の入れ替えしちゃいましょうよ」
「賛成だ。臭いの発生源を辿るにも、こんなに臭いが立ち込めていてはやれることもやれん」
「扉も開けたままにしておいて、いくつか部屋を回って窓を開けましょう。このままじゃ、鼻が馬鹿になっちまいます」
扉が閉まらないよう、番に石を噛ませ。手近な部屋かへ入ると、窓を開けていく。
「空気が美味いなんて、初めての経験ですよ」
「臭い、服についたりしてませんよね?」
「駄目だ、そろそろ臭いがわからなくなりそうだぞ」
口々に匂いに対する文句を言いながら、他の部屋に入っては窓を開けるを繰り返す。
リンドブルムとバルトロスは部屋に入る都度、警戒し、不審な者がいないかを確認して入るのだが、それ以上に臭いに対する不快感が勝り、口から出る不満を止めることが出来ずにいた。
「これだけ臭いが籠もるような何かをしているのだ、誰かいるのは間違いなかろう」
「こんな臭いで平気とか、正直、そいつの正気を疑いますがね」
「全くだ。まともな感覚の持ち主ではない」
一階の部屋の窓を半分ほど開けた頃、開けた窓の側に集まり、小休止もかね外の新鮮な空気を吸う。
「もう。何をしたら、こんなひどい臭いが出るんですか」
「そりゃ、こっちがそいつに聞きたいですよ。まあ、まだこうして無事でいるってことは、毒じゃなさそうですね」
「そしてこうして窓を開け、臭いが薄まってきたお陰でわかったこともある。臭いの発生源と、他に誰かいる匂いがある、ということだ」
リンドブルムの言葉にバルトロスが頷く。
「えっ、そんな臭いするんですか?」
「獣人の鼻で分かる程度の、かすかな臭いですがね。人の匂いがしますよ」
鼻が馬鹿になってなくてよかった、と胸を撫で下ろすバルトロス。
「臭いの発生源と、人の匂いのする方向は同じだ。不審者と思しき者はそこにいるだろう」
「そうなると、ここより臭いのキツい場所に行く訳ですか。本当に鼻が曲がっちまいそうですよ」
心底嫌そうな顔こそするものの、バルトロスは抜いた剣を納めてはいない。
それはリンドブルムも同じだ。まだ何者かがいる以上、気を抜くことは出来ない。
「臭いの元を辿る。バルトロス、殿は任せたぞ。イルマは私の後ろを歩け、何かあればバルトロスの指示に従うのだ」
「了解です」
「は、はい、わかりました」
それぞれが手に持った武器を手にし、リンドブルムを先頭に屋敷内の臭いの発生源へと向かっていく。
匂いを最も強く放つ部屋の扉を薄く開け、中の様子を確認する。
屋敷の元、厨房と思しきの中には先の尖った大きなつばの帽子を被った人物が、竈門の前で何かを煮込んでいた。
「臭いの元と思しき鍋と、原因と思しき人物一人を確認した。他に室内に人影、臭いはない」
「この異臭を放つ何かをかぶって隠れている可能性は?」
「無い。二つ以上の異臭源が無い」
王子と騎士は顔を見合わせ、頷き合う。
「行くぞ」
バルトロスがイルマをリンドブルムから離れさせ、王子は扉の前に立つ。
王子は剣を右手に握り直し扉に手をかけると、勢いよく扉を開け放つ。
「誰!」
「冒険者ギルドから派遣された者だ。ここで何をしているっ!」
剣の切っ先を部屋の中にいた人物に向け、怒声を放つリンドブルム。
「まさかその顔、お、王子?! なんでこんな所に」
「それに対して答える義務など無いっ! 大人しく連行されるか、それとも痛い思いをするか、好きな方を選ぶが良いっ!」
部屋の中の人物は帽子を脱ぎ捨て、両膝を床に付き、頭を擦り付けるほど深く垂れる。
「お願いいたします! どうか、どうか命だけはお許しください!」
突然の土下座と命乞いに、リンドブルムは呆気にとられる。
「な、何なのだ突然?!」
「本当に悪気はなかったのです! ただ、ただ王妃様のためになればと思っての次第なのです!」
部屋の人物が顔を上げる。女だった。
銀色の長い髪、紙と同じ銀色の瞳、風が吹けば手折られてしまう弱々しい花のような、そんな雰囲気の女だった。
「どうか、どうか命だけは、命だけは!」
「ええいっ! 突然何を言い出すのだ、訳が分からぬぞっ!」
「王子、そのご婦人、お知り合いか何かで?」
何事かと部屋の様子を覗き見るバルトロスとイルマ。
「知らぬっ! 初めて見る相手だぞっ!」
「……あ」
部屋の中の女の顔を見たイルマの口から、驚きに似た声が出る。
「あの時の魔法使いの人」
「あの時のお城に向かってたお嬢さん」
二人の口から同時に言葉が出る。
「イルマよ、そなたの言う魔法使いとはまさかではあるがあの」
「はい、王子様を人に変える魔法を教えてくれた魔法使いの人です」
「ああ、あの拷問処刑方法ですか」
竜の姿のリンドブルムを人に変える魔法。皮を七回剥ぎ、力の限り木の枝で叩き、塩水ミルクの順に桶に漬け、麻布で一晩包む。
どう考えても魔法ではなく、新手の拷問か処刑方法としか思えない方法である。
「という事はだぞ、母上におかしな魔法を教えたのも」
「は、はいぃ! ワタシにございます! ですがあれは、子を授かれぬ王妃様のためにと」
「そのせいで私が今、こんな姿になっているのだぞっ!」
「ひいいぃぃっ! 申し訳、申し訳ございません!」
牙をむき出し怒号を発するリンドブルムに、再び土下座をする魔法使い。
「王子、王子、とにかく落ち着いてください。はい、深呼吸」
剣を手にしたままのバルトロスが部屋に入り、王子の背を軽く数回叩く。
牙を剥いたまま、深く、深く呼吸するリンドブルム。その姿はこれから灼熱の炎で相手を焼き尽くそうとする竜、そのものである。
「魔法使いさん、えっと、お名前は?」
「ヴィルヘルミーネです。ヴィルヘルミーネと申します」
右手で髪を弄りながら、視線をそらして口を開く魔法使いヴィルヘルミーネ。
「妃殿下にバラの魔法? 呪い? を教えたのはあなたで間違いないですか?」
「はい、王妃様にご懐妊の魔法をお伝えしたのはワタシです」
「魔法? 呪いの間違いであろう。さては、王家に恨みある者の謀りではあるまいなっ!」
「の、呪いではございませんです! ワタシも決して王家に恨みなどございませんです! 神に誓って本当でございます!」
土下座を繰り返すヴィルヘルミーネと吠え続けるリンドブルム。
傍からその姿だけ見ていたら、竜と生贄の乙女にしか見えない光景だ。
「バルトロス卿。王子様、なんか怖くありません?」
「まあ、今の顔姿の原因ですからね。それに人になる方法が、あれじゃあ、ご婦人相手に怒りもするでしょう」
肩をすくめるバルトロス。
「王子が収まるまで、この屋敷の部屋の窓を開けて回りましょう。まともな空気を吸わないと、本当に鼻が馬鹿になっちまいそうです」
「いいんですか、王子様一人にして?」
「他に誰かいる気配と臭いはありませんし、あのご婦人からは怯えの臭いしかしませんから、大丈夫でしょう。俺が言っちゃいけない言葉ですが、王子を暗殺できる人間なんて、いやしませんからね」
バルトロスは剣を収め、厨房から出ていく。イルマも後に続き、二人で屋敷中の窓を開ける作業に取り掛かり始めた。
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