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第8章 夏休み明け

第188話 伝統がある貴族の不満

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 夏休み明け最初の休日、今日は精霊神殿前での診療活動をしている。夏休み中は王都にいなかったので久し振りのことだ。
 今は精霊神殿の応接室で昼食をとりながらみんなで会話を楽しんでいるところだ。

「ところで、ミルトさんはアロガンツ伯爵をブラックリストの筆頭に上げていると聞いたんだけど、その人どんな悪いことしたの?」

「ああ、悪いことというより言動に問題があるのよね。
 いい機会だからみんなにも少し教えてあげるわね。」

 わたしの問いにミルトさんが詳しく教えてくれた。
 それは、アロガンツ伯爵のことというよりこの国の貴族制度についてだった。


    **********


 この国の貴族制度は世襲制で、上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の五つの階級構造になっているそうだ。ただし、公爵位は王族の領主だけであり現在はポルト公爵だけとのこと。
 従って、普通の貴族では侯爵が最高位になるみたい。更に、侯爵位は領主貴族にのみ有る階級で領地を持たない宮廷貴族は伯爵位が最高位になっているそうだ。

 ちなみに領主貴族が宮廷貴族を兼ねることは可能で、現在の宰相はエルフリーデちゃんのお父さん、アデル侯爵だそうだ。だから、エルフリーデちゃんのお父さんは普段王都に住んでいるんだね。

 さて、今問題が多いのが宮廷貴族らしい。宮廷貴族はこの国の創生期に役人として功績のあった人を貴族にしたものが多く、それ以降も功績のあった役人を貴族に取り立ててきたそうだ。
 昔は、爵位に応じて役職を割り振ると共に、爵位に応じて給金(年金)を支払っていたそうだ。
 国の組織が小さいうちはそれでよかったらしいが、建国から何百年の経過し組織が大きくなってきた頃から問題が出てきたそうだ。

 国が安定してくるとろくに働かずに威張り散らすだけの貴族が増えてきたらしい。
 そうした貴族を高位の役職につけても大きくなった組織を上手く回していくだけの管理能力が不足しているケースが多発したそうだ。
 しかも、当時は役人の中心が貴族の子弟であり、派閥争いがおきて目も当てられない状況に陥っていたらしい。

 当時の王が非常に優秀な方で、役人に実績主義を導入したそうだ。
 また、この王は役人採用に登用試験を始めて平民からも積極的に役人の登用を図ったそうだ。
 この前聞いた高等文官試験もこの王が作ったものらしい、一定以上の職位につくには貴族、平民を問わずこの試験に合格しないといけないと言うものだね。

 そして、宮廷貴族の給金を爵位に応じた年金とするのではなく、平民の役人と共通の基本給プラス爵位手当てとしたそうだ。
 ミルトさんに言わせるとこの爵位手当て、伯爵で基本給の百%となっていて、与えすぎだと言っている。
 で、基本給は実績応じて昇給していく形になっていて、そのキモは貴族も平民も同じという事だ。
 貴族でも平民でも、登用一年目では基本給は同額と言うことだね。
 ただし、登用時に高等文官試験に合格した者は最初から幹部見習いになるため給与体系が別とのことだ。

 さて、この制度を導入した当時、導入時に不良貴族からの反発はあったものの、全体としては好意的に受け入れられたそうだ。
 なぜなら、当時は貴族の方が教育水準が圧倒的に上であったため、高等文官試験に合格するのは貴族の子弟のみであったから。
 まじめな貴族からすれば爵位のみで仕事のできない高位貴族の子弟を試験で落としてもらえる方が有り難かったそうだ。
 また、爵位が高いだけで高い役職にいる無能な貴族は、まじめな貴族から嫌われており、そういう貴族が制度の導入で放逐されたことも高評価だったみたい。

 
 そして、更に長い年月が経ち、現在の制度に強い不満を持つ派閥があるそうだ。
 それは、歴史が長く比較的高位の爵位を持つ貴族であって、もう長いこと主要な役職から遠ざかっている貴族を中心とした派閥だそうだ。

 ミルトさんは『伝統貴族派』と呼んでいるが、まじめな伝統貴族からそう呼ぶのは止めて欲しいと言われているみたい。
 彼らの主張は、『爵位に見合った地位をよこせ』だそうである。
 ミルトさんは分相応な爵位まで降爵させてやりたいと呟いていた。
 その派閥は、時に人事制度に関し王族を声高々に批判し、時に人事制度担当者に圧力を掛け、時に登用試験担当者を買収しよう活動しているらしい。

 元々、歯牙にもかけない派閥だったのだが、平民出身のフェアメーゲンさんが宰相になり伯爵位を賜ったことを切欠に制度に不満を持つ貴族が結集したそうだ。
 平民出身の者が宰相になったことや伯爵位を賜ったことは、伝統ある貴族で有力な地位から遠ざかっている者には我慢できなかったみたい。
 貴族制度に対する冒涜だと叫んでいるんだって。 
 

 さて、この『伝統貴族派』の首魁と目されるのがアロガンツ伯爵だそうだ。
 アロガンツ伯爵家はかつては宰相を輩出したこともある名門貴族で、建国以来の歴史を誇るそうだ。
 ここ数代、爵位に胡坐をかいたのか出来の良い者がおらず、貴族特権で役人にはなっているが、高等文官試験に通った者がいないらしい。
 そのくせ、血筋を鼻にかけて威張り散らすものだから、平民出身の役職者の下に就けられないため、現在は一人で廃棄資料の分別を行う仕事をさせているらしい。


「皮肉な話よね、はるか昔に王の指示で今の人事制度を作ったのがアロガンツ家のご先祖様なのにね。
 その方は、人事制度を改めて役人の質を向上させ、仕事を効率化した功績から宰相まで登り詰めた人だったのよ。」

 ミルトさんはため息混じりにそう言って話を締めた。

 ええっと…、そういうオチですか…。


     **********


 それで、アロガンツ家の三男とカリーナちゃんの縁談の件だけど、まだアロガンツ伯爵と話をしていないらしい。

「サボって、話を先送りにしている訳ではないのよ。
 プッペの商会から押収した書類の中からアロガンツ伯爵への献金を示すものが出てきてね。
 そこから取り潰しなり、降爵なりの処分ができないかと思って捜査を急がしているところなの。」


 このところ、『伝統貴族派』の動きが活発になっていたそうだ。
 どこから活動資金が出ているのかと思っていたら、プッペ商会からアロガンツ家への資金の流れが見つかったそうで、今それを洗っているらしい。


「プッペの商会が何の目的でアロガンツ伯爵に接触していたのか…。
 プッペの商売上の便宜を図ってもらうためだけなら良いのだけど、『伝統貴族派』の支援のためだとしたら穏やかではないわ。
 『黒の使徒』が関わっている可能性が高いものね。」

 ミルトさんはそう言って、カリーナちゃんの件はもう少し時間が掛かるので保護をよろしくだって。



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