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最終章 それぞれの旅路

第473話 生まれ故郷に帰ってきました

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 こんにちは、ミーナです。

 ターニャちゃんが精霊になってしまったあの日から、大分月日が流れました。
 あの後ターニャちゃんはそ知らぬ顔をして学園に通い、三年半後高等部を卒業して王都を去りました。
 その後は大陸各地を放浪し、時より各地の名物と土産話をもって私の許を訪ねてくれます。

 私はというと、ミルトさんが私の高等部進学のタイミングにあわせて開設してくださった高等部医学科に進学しました。
 修業年数が普通科と同じだったこともあり、学園在学中はターニャちゃんやハンナちゃん、それにリリちゃんと同じ部屋に住み続けることができました。
 ずっと一緒にいることが出来なくなってしまったターニャちゃんと少しでも長く一緒にいられて良かったと思っています。

 医学科では、南の大陸で発展した医学を学ぶことになりました。

 治癒術という魔法が存在するこの大陸ではそれに頼る余り学問としての医学というモノが大変遅れていました。
 また、治癒術が少数の適正のある者しか使えないと言う不便なもので、疾病患者に対し慢性的に不足し、それ故に治癒術の施術には多額の対価が必要となっていたのです。

 一方で、魔法が存在しない南の大陸では、人体の構造や病気の原因を解明し、病気や怪我にあわせた対処法を生み出してきたのです。
 それを体系的にまとめたのが医学という学問で、従来北の大陸には存在していませんでした。
 非常に難解な学問ですが、治癒術のように生まれついての素養に依存しないため疾病患者に対処できる人が増えるとミルトさんは期待したのです。

 そこで、ミルトさんは医学校の設立を画策しました。
 その中で、医学を学ぶためには最低限王立学園で学ぶ程度の数理的な知識は必要とわかり、王立学園の高等部の一学科という形になったのです。

 医学科は更に二つのコースに分かれています。
 治癒術の素養がある人のコースとない人のコースです。
 治癒術の素養がある人は創世教流の治癒術と南大陸から入った医学の両方を学ぶことになります。素養のない人は南大陸から入ってきた医学を集中的に学ぶのです。

 私は迷わず後者を選びました。
 私は精霊の力を借りて治癒術のようなものを使えますが、術という属人的なモノに依存しない医学というものに興味を引かれたからです。
 
 医学科で驚いたのは感染症の原因が細菌と呼ばれる微生物にあるということでした。
 大分前のことになりますが、フェイさんからうつる病気は目に見えない小さな生き物が体内に入り込んで悪さををするのが原因だと聞いてはいました。
 でも、目に見えない小さな生き物が知覚出来ないこともあって、北の大陸にはそのような考え方がなかったのです。
 私達がフェイさんから聞いたことを言っても誰も信用してくれませんでした。
 当時、真面目に話を聞いてくれたのは創世教の大司教をしていたフィナントロープさんくらいです。
 それが南大陸では定説になっており、顕微鏡という道具でそれを見ることができる聞いて驚いたのです。実際、顕微鏡も大量に輸入して学園に備え付けてあり、実習で細菌の観察もしました。

 また、この細菌は咳やくしゃみの飛沫や接触による人から人への感染の他、ネズミやノミ、ダニなどを媒介して人に感染するという感染経路も明らかにされていて驚かされました。

 その外、免疫の仕組みや遺伝の仕組みなど初めて学ぶことばかりで南大陸の進歩に感心したものです。

 しかし、先進的な医学を学ぶにつれ精霊の術のでたらめさを改めて認識しました。
 体の中の異物であればどんな病原菌であっても消し去ってしまう光の精霊の『浄化』、体の免疫力や回復力を強力に高める水の精霊の『癒し』、共に反則級の効果です。
 先進医学が頭を悩ませている疾病をたちどころに治癒させてしまうのですから。

 そんな充実した学園生活を過ごして卒業の半年ほど前、ミルトさんに誘われました。
 新たに医療や公衆衛生関係を管轄する部門を宮廷内に設けるので手伝ってくれないかと。
 学園を卒業した医師の王国各地への効率的な配置、病気の媒介生物の組織的な駆除の体制作りなどを手がけて欲しいと言うのです。

 局長クラスのポストと男爵の爵位を用意するという大変光栄なお誘いでした。
 非常の心苦しかったのですがお断りしました。
 そのような、大局的なお仕事が凄く重要なのは理解できますが、私は直接病気や怪我で苦しむ人に接したいと思っていましたから。
 それに、貴族は性にあいません、平民のままで十分です。身の丈をわきまえませんと。

 お誘いを断っておいて何なのですが、逆に一つ私からお願いをしたのです。
 ミルトさんは、自分の誘いを断られたにも拘らず、快く私のお願いを聞いてくださいました。
 その日、私の卒業後の進路が決まったのです。


     **********


 そして、卒業式が近付いてきたある日、ターニャちゃんが言いました。

「私、卒業したら王都を出て行くから、魔導車とあちこちに作った館を三人で分けてもらえるかな。
 どれも、精霊になった私には不要なものだから。」

 人の世界にある資産は一つもいらないから三人で分けろと言うのです。
 悲しい言葉でした、まるで人の社会と決別するような……。

 それに、簡単に言いますが、どの館も上級貴族の館並みの豪華なものです。
 調度品にいたっては王宮よりも上等なものなのですから。
 魔導車もそうです、私達が使っている魔導車と同等の物は王宮に二台しかありません。
 そんな安易にもらえるものではありません。

 しかし、ターニャちゃんは譲りませんでした、形見分けだと思って受け取れというのです。
 自分がこの世界にいた証みたいなものだからと……。

 これも凄く悲しい言葉でしたが、そう言われると「はい」と言わざるをえなかったのです。
 結局、魔導車三台は一人一台ずつ分けることとしました。
 館はお言葉に甘えて、故郷ノイエシュタットに近い館を一つ頂き、残りはハンナちゃんとリリちゃんで分けるように言ったのです。

 館など幾つも要りませんし、ましては縁のない帝国の物ではね。
 ここは帝国生まれの二人に有効利用してもらうことにしたのです。

 本音を言えば、小さい頃仲良くなって今でも付き合いが続いているロッテちゃんの村の館は惹かれましたが、私よりハンナちゃんの方が仲が良いのですから遠慮しておきました。
 ロッテちゃんに会いたければ、ハンナちゃんにお願いすれば良いですからね。


     **********


 王立学園を卒業した私がどうしたかというと故郷ノイエシュタットに帰ってきました。
 本当であれば、ずっとターニャちゃんについて行きたいと思っていたのです。
 迫害されていた時に救ってもらい、満ち足りた生活を与えてくれた恩返しに。

 しかし、ターニャちゃんは一人で去ってしまいました。
 残された私はお父さんとお母さんのお墓がある故郷へ帰ろうと思ったのです。
 ですから、ノイエシュタットに近い館を有り難く頂いたのです。現在の私の住まいです。

 私はここノイエシュタットの精霊神殿で、余り裕福でない方のために無償で診療活動をしています。
 学園時代に休日、精霊神殿前広場で行っていたことと同じです。

 私がミルトさんにしたお願い、それはノイエシュタットに精霊神殿を建てて欲しいという厚かましいものでした。
 従来、精霊神殿があったのは、王都、ポルト、グナーデの三ヵ所です。
 ノイエシュタットは王弟の治める町です、精霊神殿があっても良いではないですか。
 王家に多額の出費を強いるものでしたが、ミルトさんは快諾してくださいました。

 私のプラン、ここノイエシュタットで後進を育てるプランに賛同してもらえたから。
 ここの精霊神殿の他にはない特徴は医学校を併設していることです。
 基礎教育から始まって十年制、カリキュラムは王立学園と同じです。

 医学校が王立学園一つというのはミルトさんが目指す幅広い医療体制を築くには少な過ぎます。
 それに王国は広いです、東の外れにある王都にしか医学校がないのは如何なものかと考えて提案したのです。

 医学校の教師には当てがありました。
 テーテュスさんがミルトさんからの依頼に基づき南大陸で戦禍を逃れて移住を希望する医師を募ったのです。
 その結果、戦乱に嫌気がさした人が多かったのでしょう、当初予定をはるかに上回る人数が集まったのです。

 市井の医師を希望した私が言うのも変ですが、町医者になってもらうには惜しい優秀な方がたくさん集まりました。
 しかし、今の王立学園ではポストが少なすぎたのです。
 ノイエシュタットは王都に比べれば小さな町ですが、きちんとした都市計画に基づいて作られたきれいな町です。
 南大陸から移住されてきた方々にも不満が出ることはないでしょう。
 ということで、南大陸からこられた医師を教師に充てることにしたのです。

 私が意図したとおり、後進を育てたいと言う意欲的な方が多く、医学校は充実した教師人でスタートできました
 立ち上げは大変でしたけど設立後十年を経る頃には施設もカリキュラムも充実し、生徒数も大きく増加しました。最近は王国各地に優秀な医師を送り出せるようになってきました。

 私はというと、医学校で教鞭をとる傍ら、精霊神殿で貧しい人を中心に癒しを施すのが日課となっています。
 また、夏休みなど学校の長期休暇のときは、ノイエシュタット周辺の村々を回って癒しを施しています。これも、学園時代と同じですね。多くの村を回るのにターニャちゃんから頂いた魔導車があって良かったです。
 ついでと言ったらなんですが、農作物の作柄が良くない村に行った時には、術を使って土壌改良や作物の成長促進などのお手伝いをしています。この辺も帝国の辺境でしたことと同じです。

 精霊の加護があるオストマルク王国は飢饉に見舞われたことはありません。
 しかし、やはり格差はあるのです。というより西部地区の一人負けです。

 二千五百年の昔から、精霊の教えを守ってきた東部・北部・南部はどこも甲乙つけ難いほど豊かです。
 しかし、魔導王国が大厄災を引き起こした後に編入された西部地区だけは一段落ちるのです。
 瘴気の森が近いこともあり、多少瘴気が濃いのも農作物に影響を与えているのでしょう。
 ですから、土壌改良や作物の成長促進は非常に喜ばれ、精霊神殿とその所有者である王家の評判はうなぎ登りです。

 王家に多額の資金を投じてノイエシュタットに精霊神殿を建てさせただけの成果は上げていると自負しています。

 そんな私の現在の肩書きは、精霊神殿付属医学校校長兼ノイエシュタット精霊神殿の管理責任者となっています。随分と出世したものです。


     **********


 私の話はこれくらいにして、オストマルク王国のその後についてお話しましょう。
 といっても、王国は相変わらず平和で豊かな時代が続いています。

 変わった事と言えば、フローラちゃんが想定よりも大分早く女王に就任したことと王国が軍事大国になってしまったことくらいでしょうか。

 戦争なんか一度もしたことがない国が軍事大国ですって、笑っちゃいますよね。
 全ては、テーテュスさんとターニャちゃんの悪乗りの結果です、ここからはその辺のお話しをしましょうか。
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