だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)

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だから彼女と結ばれた(9)

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 その言葉に、胸がズキンと痛む。それは、つい数か月前に発覚した事実。孤児院へと送っていた寄付金は、実際には孤児院に届けられていなかった。
 そしてその事実を、彼女は知っていたのだ。

「キンバリー様の寄付金は、神殿に流れていたのです」

 いつの間にか彼女の手は動いていた。一つの花冠が出来上がる。

「キンバリー様はさらに神殿に寄付金を与える。神殿としては、思いもよらなかったでしょうね。ですから、聖女ラティアーナのドレスを新調したわけです。キンバリー様の婚約者としてふさわしいようにって。みすぼらしい巫女姿のままでは、彼に飽きられてしまうだろうと心配したみたいです」

 少しだけ、彼女の手の動きが鈍くなる。

「ですが、それがキンバリー様には面白くなかったのでしょう? 彼にとって聖女ラティアーナは、みすぼらしい巫女姿であってほしかったようです。あのような豪奢なドレスを身に着ける聖女は聖女ではないと、そう思ったのでしょう?」
「違います。兄は……神殿への寄付金をラティアーナ様が私的に使用されていると、そう誤解したのです」
「少し考えればわかること。質素であり倹約であり堅実であるがモットーの神殿ですが、聖女や巫女以外の神官たちの様子をご覧になりましたか? 私たちに質素倹約、堅実だと言っておきながら、彼らの生活はそれとは程遠いものだったのではないでしょうか? キンバリー様が聖女に飽きないようにと、神官たちのほうから聖女のドレスを作らせたのです。神殿側は、聖女を使ってキンバリー様を縛り付けておきたかったのです。だって、寄付金をくださる絶好の鴨なのですから。それに、聖女との婚約を言い出したのも神殿側からですよね」

 それは、サディアスもうすうすと感じていた。それを言葉にしてしまったら、認めたくない事実が真実となり、キンバリーを傷つけることになるだろう。
 キンバリーは間違いなく利用されていた。金づるだった。そしてそれに気づかなかった。

「サディアス様は混乱されているようですね。ですが、それが事実です。ただ、各人がそれぞれの言葉の意味を捻じ曲げて、自分の都合のよいように解釈しているだけ……」

 さまざまな人から話を聞いたから、サディアスも理解している。同じ話であっても、人によって捉え方が異なっている。それが事実の確認を怠った結果なのだ。
 さらに、キンバリーがラティアーナに婚約破棄をつきつけるきっかけとなった聖女のドレス。あれこそ、すれ違いの塊であり発端でもある。

「となれば、真実は、どこにあるのでしょう」

 彼女がそう言った。その言葉が、重く心にのしかかる。

 サディアスはゆっくりと時間をかけて、こうやってさまざまな人たちから話を聞いてきた。
 彼女がこの村の出身であることがわかったときから、すぐにここへと来たかった。彼女に会いたかった、確かめたかった。
 それが叶わなかったのは、キンバリーの寄付金が神殿に流れていた件が原因である。それを突き止めていたからだ。

 彼女の手は、二つ目の花冠を作り始めていた。

「ねぇ、サディアス様。誰かの犠牲のうえに成り立つ平和は、真の平和と呼べるのでしょうか?」

 何かを思い出したかのように、彼女はぽつりと呟いた。

「どういう意味、でしょうか? 兄が犠牲を払っている、と?」
「いいえ」

 彼女は軽く首を振る。

「サディアス様は気づいていらっしゃらないのですか? 国を庇護する竜。あれは、本当に国を庇護しているのでしょうか?」

 それ以降、彼女は黙々と花冠を作り続けた。
 聞きたいことはたくさんある。確認したいこともたくさんある。だけど、話しかけてはならないような、そんな厳かな空気が流れていた。

 なぜ、寄付金の件を教えてくれなかったのか。
 なぜ、ドレスの件を説明してくれなかったのか。
 なぜ、聖女を受け入れたのか。

 聞きたいけれど、聞いてはいけないような気がした。
 彼女はもう、聖女ラティアーナではないのだ。

 そんな彼女の手は、二つ目の冠を作り終えた。それを、サディアスの頭にぽふんと載せる。

「やはり、サディアス様には冠が似合いますね」
「これは……僕がいただいてもいいですか? 以前、ラティアーナ様からいただいた花冠は、枯れることなく、僕の机の上に飾ってあります」
「それは、あのときの力のおかげですね。残念ながら、聖女ではないただのラッティが作った花冠は、それほど日持ちはしませんよ?」
「はい。枯れた花冠は土に還します」

 サディアスは寂しげに微笑んだ。
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