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 というのも、『調茶』や『製茶』にはリヴァス王国の茶葉を使いたいからだ。だが、『製茶』作業に向いている者たちはベロテニアにいる。二つの国の距離は馬車で三十日もかかる。簡単に行き来できるような距離ではない。
「茶葉はリヴァスの物が欲しい。だけど、製茶の人はベロテニアにいる。もう、物理的に無理じゃないですか」
「無理ではない。転移魔法を使えばいい」
「転移魔法って……。まさか、物だけを転移させるんですか?」
「そうだ」
 ずっと前を見つめていたエルランドは、そこでファンヌの方に顔を向けた。
 ドキっと、またファンヌの気持ちが高鳴ったのは、エルランドの笑顔が眩しく見えたからだ。目が疲れているのだろう、と瞬きを多めにする。
「先生。私は生活魔法しか使えないんですよ。それに、魔術師の中でも転移魔法は上級魔法じゃないですか」
「だから、オレなら使えるし、オレならそれを応用させることもできる。誰でも転移魔法が使えるように」
 それは、エルランドがベロテニアの王族だからだ。という理由は、以前も聞いた。
「ベロテニアから薬草をリヴァスのオグレン領に送り、オグレン領からは茶葉を送ってもらう。そういったことが、オレがいれば可能だ」
 ファンヌを連れてベロテニアに転移したことから、エルランドの実力は知っているつもりだ。だが、今の話を聞いて、一つだけファンヌには気になったことがあった。
「なぜ、ベロテニアの薬草を、向こうに送る必要があるんですか?」
「それは、君の母親と約束をしたから、だな……」
 エルランドの言葉を聞いて、ファンヌは大きく目を見開いた。
(お母様ったら、なんてことを先生にお願いしているのよ)
 つまり薬草の聖地であるベロテニアから、薬草を送るようにとヒルマがエルランドにお願いしたのだろう。ヒルマならやりそうなことだとファンヌも思っている。と同時に、そんなお願いをしてしまっているヒルマのことが恥ずかしい。
「先生、ごめんなさい。母が、変なことを頼んだみたいで」
「いや……。君の両親には世話になったから、気にするな……」
 それがエルランドなりの気遣いの言葉のつもりなのだろう。それよりも、ファンヌの両親からどんな世話になったのかが気になった。けれど、それを口にするきっかけもない。
「そうですか……。ありがとうございます」
 ファンヌが礼を口にしたことで、エルランドの口元が緩んだ。
「だったら。早速、『製茶』の工場について考えよう。それから、君の『調茶』の技術。君さえ良ければ、他の者にも教えて欲しい」
「え? 私が、他の人に? 教えることなんてできませんよ」
「だが、いつまでたっても他の者が『調茶』できなければ、『調茶』は広まらない。オレにも教えて欲しいと、いつも思っている」
「私が先生に、ですか? 先生が私に、ではなく?」
 ああ、とエルランドは頷く。
「オレだって、『調薬』の他にももっと知識を広げたいと思っている。君さえ良ければ、オレにも『調茶』について教えて欲しい」
「え、私が先生の先生にってことですか?」
「そうだな。そうなったらオレがファンヌのことを『先生』と呼ばなければならないな」
「やめてください。ややこしいですから」
「だったら。オレのことを名前で呼べばいいだろう?」
「名前……」
 そこでファンヌは視線を逸らした。今まではエルランドのことを『先生』と呼ぶことで、師弟関係であることを意識していたのだ。
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