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リョウはひとしきり裕司の腕にしがみついて、顔を隠したままだったが、やがてひどくばつの悪い顔をして、裕司から手を離した。
リョウが下ろした手を、裕司はそっと握ってみる。指先がひどく冷たくて、いたわしくて手の中に握り込んだ。
「……あんたって……変わってるね」
そう呟いた声は、もう怯えてはいなかったし、こわばってもいなかった。ただ、静かな声だった。
「そうか? そうかもな……」
言いながら、裕司は以前にもそうしたように、片手でリョウの手を握りながら、もう一方の手で温めるように撫でさすった。
「俺に……優しくしても……別にいいことないんじゃない……?」
それが卑屈さのない、本当に不思議そうな声だったので、裕司は少し笑ってしまう。
裕司にしてみれば、これまでリョウのそばにいただろう大人達は、何故彼に優しく触れてやらなかったのかわからないぐらいだ。
「……いいことはあるよ。お前が素直に話してくれるし、たまには笑ってくれるだろ」
そう言うと、リョウは虚をつかれたような顔をした。
「……それ、あんたにとってはいいことなの」
「いいことに決まってんだろ。言ったろうが。俺はお前が可愛いし、好きだし、元気になってほしいんだよ」
「……」
「お前、ほんとに髪切って見違えたな。昨日買った服も似合ってたし。お前がもっと元気になって、やりたいことやって、毎日楽しそうに暮らすようになったら、スゲー嬉しいだろうなと思うよ」
裕司はリョウの視線に気付いて、言い添える。
「嬉しいっていうのは、俺がな。……お前が元気になったら、俺が嬉しいんだ……」
リョウは少し泣きそうな顔をして、一度目を閉じて、黒い瞳を揺らがせた。
「…………俺、あんたのこと、ちゃんと信じられなくて苦しい」
リョウの言葉に、裕司は手を止めて、リョウの顔を見た。
「あんたがいい人だってわかってる。わかってるのに、なんか俺、あんたのこと信じてないんだと思う。嫌われるのが怖いし、……傷付くのが怖い」
「リョウ……」
だんだんうつむいていくリョウの頬に裕司は触れる。
なんでこいつはこんなに苦しんでるんだろう、と、未だに理解しきれないことが歯がゆく思われた。そして、理解してもきっと納得はできない気がした。
「……嫌われるのが怖いなんて、言ってもらえるとは思ってなかったな」
心細さに追い立てられているようなリョウの目が裕司を見た。裕司は少し笑ってみせる。
「前と逆のこと言うみたいだけどさ、明日も、明後日も、お前、うちにいるだろう?」
リョウは裕司の言葉の意図がわからないようだった。裕司はゆっくりと話しかける。
「今夜も一緒に飯を食うし、明日もそうだし、明後日もそうだよ。お前が今みたいに落ち込んでたり、つらかったり、……俺のことが信じられなくても、俺はここにいるし、お前もここにいる」
リョウは何か言おうとするように唇を動かしたが、そこからは吐息すら出てこなかった。ただ、その目は雄弁だった。
裕司は笑って、リョウの後ろ頭に手を添える。
「それとも、もう出て行きたくなったか?」
リョウは首を振った。その表情が、いやだ、とはっきりと言っていた。
「だよな。俺もお前にここにいてほしいよ。……な、それで今はよくないか。いきなりは全部解決できないし、しなくていいんじゃねえか?」
な、と声をかけると、リョウはうなだれる。その手がまた裕司の服の裾をつかんでいるのに気付いて、リョウの喉にまだ何かがつかえているのだと思った。
どこから触れたらいいのか、裕司は少し迷い、ほとんど囁くような、小さな声で言ってみた。
「……お前が言いたいって思うこと、言ってみないか? 言ってみて、やっぱやめときゃよかったって思ったら、俺も聞かなかったことにするからさ」
リョウは裕司の目を見て、戸惑いを隠さなかった。裕司はそれを素直な顔だと思う。
「……聞いちゃったら、無理でしょ、そんなの……」
「今だけだよ。特別だ」
リョウは迷って、躊躇って、裕司の肩に額を寄せてきた。顔を見せられないのか、と思いながら、その頭をまた撫でてやろうとしたところで、リョウのふり絞るような声がした。
「……あんたに、優しくされたい」
裕司は宙に浮いた手の置き場に迷う。リョウは裕司の肩に額を押し付けて、裕司のシャツをきつくつかんでいた。
「こんなに優しくされてるのに、なんで足りないのか、自分でも全然わかんない。……でも、俺、あんたに優しくされたい……」
裕司はそっと息を吐く。ため息に聞こえないように、ゆっくりと吐いて、それから両腕でリョウの背中を抱き寄せた。
「うん……俺も……お前に優しくしたい。優しくするよ……」
リョウが下ろした手を、裕司はそっと握ってみる。指先がひどく冷たくて、いたわしくて手の中に握り込んだ。
「……あんたって……変わってるね」
そう呟いた声は、もう怯えてはいなかったし、こわばってもいなかった。ただ、静かな声だった。
「そうか? そうかもな……」
言いながら、裕司は以前にもそうしたように、片手でリョウの手を握りながら、もう一方の手で温めるように撫でさすった。
「俺に……優しくしても……別にいいことないんじゃない……?」
それが卑屈さのない、本当に不思議そうな声だったので、裕司は少し笑ってしまう。
裕司にしてみれば、これまでリョウのそばにいただろう大人達は、何故彼に優しく触れてやらなかったのかわからないぐらいだ。
「……いいことはあるよ。お前が素直に話してくれるし、たまには笑ってくれるだろ」
そう言うと、リョウは虚をつかれたような顔をした。
「……それ、あんたにとってはいいことなの」
「いいことに決まってんだろ。言ったろうが。俺はお前が可愛いし、好きだし、元気になってほしいんだよ」
「……」
「お前、ほんとに髪切って見違えたな。昨日買った服も似合ってたし。お前がもっと元気になって、やりたいことやって、毎日楽しそうに暮らすようになったら、スゲー嬉しいだろうなと思うよ」
裕司はリョウの視線に気付いて、言い添える。
「嬉しいっていうのは、俺がな。……お前が元気になったら、俺が嬉しいんだ……」
リョウは少し泣きそうな顔をして、一度目を閉じて、黒い瞳を揺らがせた。
「…………俺、あんたのこと、ちゃんと信じられなくて苦しい」
リョウの言葉に、裕司は手を止めて、リョウの顔を見た。
「あんたがいい人だってわかってる。わかってるのに、なんか俺、あんたのこと信じてないんだと思う。嫌われるのが怖いし、……傷付くのが怖い」
「リョウ……」
だんだんうつむいていくリョウの頬に裕司は触れる。
なんでこいつはこんなに苦しんでるんだろう、と、未だに理解しきれないことが歯がゆく思われた。そして、理解してもきっと納得はできない気がした。
「……嫌われるのが怖いなんて、言ってもらえるとは思ってなかったな」
心細さに追い立てられているようなリョウの目が裕司を見た。裕司は少し笑ってみせる。
「前と逆のこと言うみたいだけどさ、明日も、明後日も、お前、うちにいるだろう?」
リョウは裕司の言葉の意図がわからないようだった。裕司はゆっくりと話しかける。
「今夜も一緒に飯を食うし、明日もそうだし、明後日もそうだよ。お前が今みたいに落ち込んでたり、つらかったり、……俺のことが信じられなくても、俺はここにいるし、お前もここにいる」
リョウは何か言おうとするように唇を動かしたが、そこからは吐息すら出てこなかった。ただ、その目は雄弁だった。
裕司は笑って、リョウの後ろ頭に手を添える。
「それとも、もう出て行きたくなったか?」
リョウは首を振った。その表情が、いやだ、とはっきりと言っていた。
「だよな。俺もお前にここにいてほしいよ。……な、それで今はよくないか。いきなりは全部解決できないし、しなくていいんじゃねえか?」
な、と声をかけると、リョウはうなだれる。その手がまた裕司の服の裾をつかんでいるのに気付いて、リョウの喉にまだ何かがつかえているのだと思った。
どこから触れたらいいのか、裕司は少し迷い、ほとんど囁くような、小さな声で言ってみた。
「……お前が言いたいって思うこと、言ってみないか? 言ってみて、やっぱやめときゃよかったって思ったら、俺も聞かなかったことにするからさ」
リョウは裕司の目を見て、戸惑いを隠さなかった。裕司はそれを素直な顔だと思う。
「……聞いちゃったら、無理でしょ、そんなの……」
「今だけだよ。特別だ」
リョウは迷って、躊躇って、裕司の肩に額を寄せてきた。顔を見せられないのか、と思いながら、その頭をまた撫でてやろうとしたところで、リョウのふり絞るような声がした。
「……あんたに、優しくされたい」
裕司は宙に浮いた手の置き場に迷う。リョウは裕司の肩に額を押し付けて、裕司のシャツをきつくつかんでいた。
「こんなに優しくされてるのに、なんで足りないのか、自分でも全然わかんない。……でも、俺、あんたに優しくされたい……」
裕司はそっと息を吐く。ため息に聞こえないように、ゆっくりと吐いて、それから両腕でリョウの背中を抱き寄せた。
「うん……俺も……お前に優しくしたい。優しくするよ……」
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