贖罪の救世主

水野アヤト

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第三十二話 悪夢の終わりと、彼女の望み

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「これが、情報局の保管庫に並ぶアーレンツの機密か・・・・・・」

 アーレンツ国内では様々な戦後処理が行なわれている。その作業の中で、現在帝国軍を率いている臨時最高司令官、軍師エミリオ・メンフィスは、数人の部下を連れて調査を行なっていた。内容は、アーレンツが最高機密として扱っている、ある地下施設の調査である。
 部下と共に地下施設に入り、彼が目にしたもの。それは、人間の管理下で完全に飼育されている、沢山の魔物の姿であった。

「ここで魔物を飼育し、鉱物資源を生産していたとはね」

 中立国であり、情報大国とも言われているアーレンツ。そればかりが目立っているが、この国は豊富な鉱物資源でも有名な国家であった。
 どういう訳かこの国は、自国内に大きな鉱山を持っていないにも関わらず、他国との貿易で鉱物資源を輸出している。その秘密を解明できた者は、未だかつて誰もいなかった。秘密を知っているのは、アーレンツを支配する限られた人間だけだったのである。
 その秘密が今、エミリオの目の前で明らかとなっていた。
 彼の眼前に広がる光景は、広大な地下空間と、檻に入れられ飼育されている魔物の姿。調教され、餌を与えられ、地下施設内で育てられている。この魔物こそ、アーレンツの鉱物資源の源だ。
 アーレンツは長い時をかけ、鉄鋼竜と呼ばれる魔物を飼育し、それを繁殖させてきた。建国したばかりの頃、国家保安情報局の前身とも言える組織が、偶然にも手に入れた複数の鉄鋼竜の卵。それを研究し、孵化させ、死んでしまわない様に研究を続けながら、最重要機密として大切に育てた。今この施設で飼育されている鉄鋼竜達は、最初の卵から生まれた個体の子供達である。
 鉄鋼竜とは竜の仲間であり、名前通り鉄を身に纏う竜を指す。四足歩行の大型爬虫類といった形で、身体全体を鋼の鱗で守っている。性格は非常に大人しいが、一度怒らせてしまうと、身体の頑丈さを活かして大暴れしてしまう。最強の魔物と名高い竜の種類の中では、人間が比較的制御し易い種類なのである。
 それ故にこの竜は、過去の戦争ローミリア大戦に於いて、鉱物資源確保のために各国に乱獲され、絶滅に追いやられてしまったと言われていた。運良くアーレンツは、絶滅したと語られていたこの竜の卵を手に入れ、今日まで最重要機密として扱ってきたのである。

(鉄鋼竜から鉱物資源を生産し続ければ、無限に鉄を得る事ができる。帝国軍の資源不足は、これで解決できるだろうね)
 
 アーレンツは輸出用の鉄も、自国で使用する鉄も、全てここで生産している。体長十五メートル以上の鉄鋼竜を何十頭も飼育し、その鱗を剥いで集め続ければ、相当な量の鉄を得る事が可能となる。しかも、鉄鋼竜を養殖し続ければ、鉱山などなくとも、永久的に鉱物資源を手に入れられる。
 帝国はアーレンツに勝利し、アーレンツ国内を自国の支配下に置いた。エミリオの眼前に広がるこの地下施設は、全て帝国のものだ。大量の鉄鋼を必要とする帝国の兵器群は、これで大量生産が可能となる。無限に生産されるこの資源さえあれば、帝国軍は南ローミリア最強ではなく、ローミリア大陸最強の軍隊と生まれ変わるだろう。

「この戦いで犠牲になった多くの兵士達。彼らの死も、これで浮かばれる・・・・・・」

 エミリオは今、自分でも驚愕するほどの歓喜を覚えていた。これさえあれば、彼が忠誠を誓う男の野望も、必ず実現できる。それが嬉しくて仕方がないのだ。
 ヴァスティナ帝国が目指すのは、大陸全土の武力統一。それを実現するために必要であったもの。鍛え抜かれた最高の兵。無双を可能とする最強の武器。その二つは揃っていた。あと一つ、最強の武器を生産し続ける大量の資源を手に入れた今、彼が欲していた手札は揃った。

「帝国が大陸中央を征する日は遠くない。これからもっと忙しくなるよ」

 彼は自分のやるべき事を理解している。
 帝国軍を指揮し、この地を新たな大陸侵攻の拠点と定め、戦力の拡大を図る。そして、この地下施設を利用し、兵器の大量生産を行なうのだ。上手くいけば、大国の軍事力を短期間の内に凌駕する事も、アーレンツがあれば不可能ではない。
 エミリオの頭の中では、今後の計画が急速に練り上げられている。彼の計画通りに動きさえすれば、大陸全土の武力統一は夢物語などではなくなる。帝国の野望は、現実のものとなるのだ。

(尤も、君がいなければこの夢も水泡に帰す。だからリック、必ず戻ってきてくれ)

 野望の実現のために、どうしても必要な存在。それは、エミリオが忠誠を誓う主であり、親友であり、仲間でもある、リクトビア・フローレンスという男。彼がいなければ、この野望は前に進まない。
 彼が戻ってくる日を信じて、エミリオは自分のやるべき戦いに全力を注ぐのだった。
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