贖罪の救世主

水野アヤト

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第一話 初陣

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「本当にそれでよろしいのですか・・・・・」
「はい。女王陛下はここで紅茶を楽しんでいてください。俺がその間に全て片づけておきますから」

 寝室を出る直前、不安交じりの複雑な表情を浮かべる女王に呼び止められ、扉へと向かう歩みを止める。
 今しがた、降伏を考えている女王の前で、その考えとは真逆の徹底抗戦を説いたのだ。呼び止めるのは当然であるし、不安になるのもわかる。

「貴方は帝国とは無関係の人間です。それでも戦ってくださるのですか?」
「戦いますよ。敵を完膚なきまでに叩き潰して二度と立ち直れない程にね。それに俺はもう、帝国とは無関係の人間ではないですから」

 帝国の人間を助け、女王に会うことになって、その心情を知った以上、それはもう帝国と無関係の人間ではない。だが、関係者となったから、国家存亡の危機のため戦うのではない。
 全てはユリーシア女王陛下のためであり、それ以外のことは、今どうでもいいことだ。
 彼女がこれからも生き続けられるように、この国と民を助けるのだ。ここで彼女だけを助けるために、二人で帝国を脱出したとしても、か弱い彼女が、安心かつ幸福に暮らせる場所を見つけるのは難しいだろう。女王という責任の重みはあるが、国の主として何不自由ない暮らしをさせるのが、一番良いことだ。
 そのためには、国と民ごとまとめて助けるしかないのだ。
 勿論必勝の策があるわけでも、勝てるという絶対の自信があるわけでもなく、ただ勝たなければならないという、鋼の意思だけしかないこの状況で、一体どうやって敵国を倒すというのかと言う問いが、自分の頭の中で繰り返される。
 何も考えていないというのが答えであり、彼女の前で、あたかも大丈夫なように振舞うのは、不安にさせないためだ。
 しかし、それは殆ど効果がないようだ。彼女を不安にさせてしまう、自分の無力さに腹が立つ。
 わかっているのだ、無謀であるということが。この男に任せてしまっても良いのかと、不安に思っているのだ。
 ここでオーデルを攻撃して敗北した場合、ヴァスティナ国民が戦後どのような扱いを受けるか・・・・・。大人しく降伏せずに戦えば、攻撃されたことを理由に、どのような不利な条件を呑まされるかわからない。極端に言えば、ヴァスティナ国民全員を奴隷にすると言われても逆らえないのだ。
 故に彼女は不安なのだ。本当なら無謀な賭けとしか言えないこの選択を、全力で止めなければならないというのが女王の考えだ。だが、生きたいと願う少女の思いが、それを拒んでいるからこそ、戦わないで欲しいと言うことができない。
 それはわかっているし、自身の選択が、身勝手なものであることもわかっているが、それでも、今は彼女が自分にとっての全てなのだ。
 会って間もないのに、このように思うのは不思議なことだ。初めて会った時から、どうにも惹きつけられる存在で、何故か特別彼女を意識してしまう。まだ十四歳の少女が女王だったからだろうか。それとも、少女の美しい容姿に魅せられたからか。
 どれも理由の一つだが、最も大きな理由は、彼女は唯一自分を理解してくれる人間なのだと思ったことだ。何もかもに怒り、恨み、妬み、不安になって最後は絶望し、全てがどうでもよくなった弱い自分を、唯一理解してくれるのだと思ったのだ。
 その人間性に特別な感情を抱いたのだろう。

「俺は貴女のことが・・・・・・どうやら好きになってしまった」
「えっ?!」
「だから必ず守ります。俺の命を賭けて」

 女王ユリーシアと言っても、まだ少女なのだ。いきなり男から好きなどと告白されたら、驚くに決まっている。その真っ白な肌が、恥ずかしさのあまり朱に染まった女王は、年相応の少女と、何も変わらないように見える。
 心底驚いたのか、顔はさくらんぼのように朱に染まり、体が震えている。とても恥ずかしく、緊張しているのがわかった。その慌てぶりはとても可愛いく、純情さを感じさせる。
 冗談で言ったわけではないが、とても悪いことをした気持ちになった。
 こんなところを城の関係者に見られたら、捕まって牢獄にぶちこまれるかも知れない。今考えると、女王陛下にとんでもない無礼を働いたのがわかる。もう会ってから随分と無礼を働いているから、色々と理性がおかしくなってしまったのかも知れない。
 しかし、この気持ちに嘘はない。

「恋愛とかではなく、貴女という人間に惚れました。だから命を賭けさせてください。必ず貴女の願いを叶えて見せますから」
「私は貴方が命を賭ける価値などない人間です・・・・・」
「そんなことないです。俺にとっては自分の命よりも大切に感じてます」

 もう行かなければならない。行く先は死地になるだろう。
 それでも全てを賭けて、ユリーシアを守るのだ。

「そろそろ行きます。吉報を待っていてください」
「旅人様!私は---------」
「宗一郎です」
「えっ・・・・」
「俺の名前は長門宗一郎。親しい奴には宗一と呼ばれていました」
「・・・・・・それが貴方の名前なのですね」
「はい。では俺は行きます。ユリーシア陛下のために」

 扉を開けて、女王の寝室を後にする宗一郎の背中を、ユリーシアは見ることができない。
 その背中を呼び止め引き留めたいのに、声を上げることができない。
 背中が見えないのは目が見えないため。だが、声を上げ、無謀なことを止めさせようと、呼び止めることができなかったのは、彼に感じたものがあったためだ。
 それは、彼女が見えたものの場景に映っていた、見たことのない男に似ているという直感。場景は辺り一面が炎に包まれ、周りでは多くの人間が殺しあっている中、男は背中を見せて立っていた。その服は、誰のかもわからない血で染められており、どれだけの人間を手にかけたかはわからない。
 その男の顔は、背中を向けていたためにわからなかったが、ただ、そんな狂気の状態の彼を、不思議と恐ろしいとは思わなかった。その時感じたものと同じものを、宗一郎から感じ取ったのだ。
 それ故なのか、彼のことを特別に感じてしまっている。
 絶望していた目の前に突如現れた、希望とも言えない一人の男に、ユリーシアは祈ることしかできなかった。

「私はどうなっても構わない。でもせめて、宗一郎様だけは・・・・・・」
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