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第五話 愛に祝福を 前編
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初日は色々あり過ぎてしまった。
見習い騎士との出会い、王との謁見、性格最悪の屑王子の登場、王との内密な話し合いに、とどめの一撃は不良姫殿下の命令である。たった一日で、これだけのイベントがあった。
疲れ切ってしまったリックは、食事を済ませた後、一日の疲れを取るために、大浴場を訪れていた。体を洗い、今まさに、湯船へと浸かるところである。
「はあ~~~、湯が体にしみわたる・・・・・・」
「あははっ、おじいちゃんみたい。よっぽど疲れたんだね」
リックたちのために用意された浴場は、普段は限られた者しか使用を許されない、豪華で広々とした、城の浴場である。この浴場には今、リックだけでなく、クリスとイヴも共に入っていた。
護衛と言う理由もあるが、二人の場合それだけではない。
「ほんと勘弁して欲しいぜ、あの不良姫殿下様はよう」
「いきなり結婚はないよね。あの王子といくら結婚したくないからってさ」
政略結婚などしたくない彼女は、帝国参謀長であるリックとの、結婚を図った。
王子と式を挙げる前に、先に結婚してしまえば、手が出せないと考えての命令だったのである。帝国とチャルコは友好国であるし、友好関係強化のために、その国の代表的人物同士が結婚する事に、問題はない。どうしても結婚を嫌がる彼女は、形だけの結婚を、リックとしてしまおうと考えたのだ。
しかし、王子が来てしまった以上、ここでそのような無理が、通るはずもない。それがわかっていたリックは、勿論その命令に対して、全力で異を唱えた。
シルフィに対して、必死にその命令が如何に無理なものかを説明し、どうにか諦めては貰えたのだが、彼女はご立腹となってしまい、その後は大変であった。
「あんな理由でリックと結婚なんか許さねぇ。こいつは俺の男だぜ」
「気持ち悪いからやめてくれ。俺は女が好きなんだ」
「じゃあ僕と結婚しようよ。クリス君と違って、僕は見た目女の子だから」
女の子の容姿をもつ、狙撃が得意な男の子は、リックへと迫る。
まるで女の子の様に、体にタオルを巻いて、胸と下を隠している。これでは、本当に男なのかと疑ってしまうが、確かにイヴは男の子だ。いや、正確には、男の娘と言う方が正しいか。
「どっちかと結婚しろって言われたら、イヴだな」
「やったー!僕の勝ちだね♪♪」
「何で俺じゃねぇんだ!負けちまっただろ!」
「当然だ、イヴの方が可愛いし。と言うか、何で勝負になってるんだよ」
湯船に浸かる三人。
風呂で疲れを癒しながら、シルフィ姫との会話を思い出す。
クリス以上に口が悪いシルフィは、ユリーシアとの手紙にの遣り取りで、リックたちの事を知っていたらしい。リックを変態呼ばわりしたのも、彼の性癖が手紙に記されていたからだ。クリスやイヴの事も知っていて、帝国にこれまで起こった事も、理解していた。
三年前、シルフィは帝国に訪れた事があり、そこでユリーシアと出会った。それ以来二人は、親友と言える間柄となったらしい。その後、お互い手紙の遣り取りをする仲となり、ユリーシアはよく、政務などをシルフィに相談する事もあるのだとか。
メシア曰く、聡明な子と言うのは事実なようだ。聡明な子と言う割りには、口が悪くて突拍子もない事を言ってきたのだが・・・・・・。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
「なになに、結婚式の相談?」
「違う、メイファの事を聞きたいんだよ。お前仲いいだろ」
専属メイドのメイファには謎が多い。まず、メイファと言う名前は、帝国メイド長が付けた名前であり、本名ではないし、出身なども不明である。今回彼女をリックが同行させたのは、専属メイドだからと言う理由だけでなく、少しでも彼女の事を知ろうと、考えたためだ。
「どんな事聞きたい?」
「そうだな・・・・、仕事で悩みを抱えてたりしてないか?メイド仕事なんて初めてだろうから、何かと苦労してるんじゃないのか?」
「悩みとかはないみたいだよ。仕事の方は苦労してるみたいだけど、最近少し慣れたって言ってたかな」
「他にはないか。どんな些細な事でもいいんだ」
「そう言えばメイファちゃん、なんか女王陛下や宰相を避けてるみたいなんだよね。この前二人で城の中を歩いてた時、僕が宰相を見かけて声をかけようとしたら、なんでかメイファちゃん、物陰に隠れちゃったんだ」
「隠れた?陛下と会ってもか?」
「うん、メイド長も不思議がってたよ」
あの二人が、メイファに何かしたとは思えない。
心優しいユリーシアが、彼女に害をなすような事をするはずがなく、マストール宰相も、そのような事をする人間ではないと、リックを始めとした、誰もが理解している。
二人が何かを彼女にして、そのせいで彼女が二人を避けているとは考え難く、彼女自身が、何かの理由で二人を避けているとしか思えない。少なくとも、帝国の人間であればそう考える。
「一つ気になる事があるな、あの口悪メイド」
「なんだクリス?って、口悪メイドってメイファの事かよ・・・・」
「あいつ、不良姫殿下に興味津々だったぜ。お前は気付かなかったみたいだけどな」
リックは気付かなかったが、彼の後ろに控えていたメイファは、姫殿下シルフィを、じっくり観察していた。
クリスはその事に気付いていたが、何故彼女が、姫に興味があったのかまではわからない。胸の内を語らない彼女は、未だに謎だらけだ。
「そうか、あの姫に興味津々・・・・。二人ともどう思う?」
「知るかよ。俺は興味ねぇ」
「僕は興味あるかな。リック君も知りたいみたいだし、ちょっと調べてみるね」
まったく彼女に興味がないクリスと、彼女を調べる事を決めたイヴ。
しかし、イヴがメイファを調べると言う事は、親友である人間の情報を、隠れて集めると言う事だ。それが彼女にとって、他人に知られたくない事であろうと、イヴは調べると言っている。
「いいのか、メイファはお前の親友だろ?俺が知りたいからって、無理に調べる必要はない」
「気にしないで。僕はね、リック君の力になりたいの。僕の大切なリック君のね」
一度は、リックを殺そうとしたイヴ。
だが今では、ヴァスティナ帝国軍参謀長配下の一人だ。元は、男を騙して金を稼ぎ、よく知らない諜報機関の下っ端工作員として働いていたが、その生活を全て捨てて、今はリックのもとに身を寄せる。
その理由をリックは知らない。イヴが起こした事件の後、レイナやクリスなどは、彼を牢へ入れるべきだと訴えた。しかしリックがそれを許さず、イヴに対しての拘束はすぐに解かせ、ただ一言彼に、「俺のもとで戦ってくれ」と言ったのである。
それ以来イヴは配下の一人となり、リックの命令に従うようになった。前の様に、怪しい動きを見せる事はなく、リックの傍を離れようとはしない。レイナやクリスと同じで、忠実な配下の一人となった。
「君は僕の大切な主なんだよ。僕を自由にしていい、ただ一人だけの存在。あの夜、僕は君に堕とされちゃったんだからね」
「俺、お前になんかしたか?」
「僕の事、大切だって言ってくれた。本当は、男の娘属性なんてもの大好きでもないくせにね」
「・・・・気付いてたのか」
「リリカ姉さまは、リック君に合わせてあんな事言ってたけど、二人が僕を説得しようとしてたのは、わかってたから」
リックはあの夜嘘をついた。男の娘属性が好きだと宣言したが、実際はそう言うわけではない。イヴを説得しようとして、恥ずかしさを堪えて、あんな事を言ったのである。
今考えれば、もっとマシな言葉があったのではと思えてならない。しかし、あの時はこれしか思いつかなかった彼は、今でもあの時の発言を後悔している。
「嘘をついて悪かったな」
「別にその事はいいの。それよりもさ、僕の事大切にしてよね♪♪」
イヴはリックへと抱きつき、体を密着させて離れない。慌てるリックの事などお構いなしだ。
「風呂場でイチャイチャしやがって」
「そう言うならイヴを引き離してくれよ!このままだと一線越えちまう」
「越えちゃおうよ僕と。僕の大切な変態参謀長様♪」
抱きついたイヴは笑っている。楽しそうに、心から笑っていた。
彼は見つけたのだ。自分を大切にしてくれる存在、そして、自分の大切な存在を。レイナやクリスの様に、イヴもまた、彼に惹かれてしまった。
だからこそ守らなければならない。リクトビア・フローレンスと言う、大切な存在を。
「殺そうとして、ほんとにごめんね」
リックの耳元でそう呟く。幸せそうな微笑みを浮かべながら。
大浴場でのイチャイチャはしばらく続き、のぼせ上がる寸前まで、風呂に入っていた。その後、明日の打ち合わせを皆と簡単に済ませ、リックたちは眠りについたのである。
こうしてチャルコ国での一日目は、何も手を打てないまま、終了したのだった。
見習い騎士との出会い、王との謁見、性格最悪の屑王子の登場、王との内密な話し合いに、とどめの一撃は不良姫殿下の命令である。たった一日で、これだけのイベントがあった。
疲れ切ってしまったリックは、食事を済ませた後、一日の疲れを取るために、大浴場を訪れていた。体を洗い、今まさに、湯船へと浸かるところである。
「はあ~~~、湯が体にしみわたる・・・・・・」
「あははっ、おじいちゃんみたい。よっぽど疲れたんだね」
リックたちのために用意された浴場は、普段は限られた者しか使用を許されない、豪華で広々とした、城の浴場である。この浴場には今、リックだけでなく、クリスとイヴも共に入っていた。
護衛と言う理由もあるが、二人の場合それだけではない。
「ほんと勘弁して欲しいぜ、あの不良姫殿下様はよう」
「いきなり結婚はないよね。あの王子といくら結婚したくないからってさ」
政略結婚などしたくない彼女は、帝国参謀長であるリックとの、結婚を図った。
王子と式を挙げる前に、先に結婚してしまえば、手が出せないと考えての命令だったのである。帝国とチャルコは友好国であるし、友好関係強化のために、その国の代表的人物同士が結婚する事に、問題はない。どうしても結婚を嫌がる彼女は、形だけの結婚を、リックとしてしまおうと考えたのだ。
しかし、王子が来てしまった以上、ここでそのような無理が、通るはずもない。それがわかっていたリックは、勿論その命令に対して、全力で異を唱えた。
シルフィに対して、必死にその命令が如何に無理なものかを説明し、どうにか諦めては貰えたのだが、彼女はご立腹となってしまい、その後は大変であった。
「あんな理由でリックと結婚なんか許さねぇ。こいつは俺の男だぜ」
「気持ち悪いからやめてくれ。俺は女が好きなんだ」
「じゃあ僕と結婚しようよ。クリス君と違って、僕は見た目女の子だから」
女の子の容姿をもつ、狙撃が得意な男の子は、リックへと迫る。
まるで女の子の様に、体にタオルを巻いて、胸と下を隠している。これでは、本当に男なのかと疑ってしまうが、確かにイヴは男の子だ。いや、正確には、男の娘と言う方が正しいか。
「どっちかと結婚しろって言われたら、イヴだな」
「やったー!僕の勝ちだね♪♪」
「何で俺じゃねぇんだ!負けちまっただろ!」
「当然だ、イヴの方が可愛いし。と言うか、何で勝負になってるんだよ」
湯船に浸かる三人。
風呂で疲れを癒しながら、シルフィ姫との会話を思い出す。
クリス以上に口が悪いシルフィは、ユリーシアとの手紙にの遣り取りで、リックたちの事を知っていたらしい。リックを変態呼ばわりしたのも、彼の性癖が手紙に記されていたからだ。クリスやイヴの事も知っていて、帝国にこれまで起こった事も、理解していた。
三年前、シルフィは帝国に訪れた事があり、そこでユリーシアと出会った。それ以来二人は、親友と言える間柄となったらしい。その後、お互い手紙の遣り取りをする仲となり、ユリーシアはよく、政務などをシルフィに相談する事もあるのだとか。
メシア曰く、聡明な子と言うのは事実なようだ。聡明な子と言う割りには、口が悪くて突拍子もない事を言ってきたのだが・・・・・・。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
「なになに、結婚式の相談?」
「違う、メイファの事を聞きたいんだよ。お前仲いいだろ」
専属メイドのメイファには謎が多い。まず、メイファと言う名前は、帝国メイド長が付けた名前であり、本名ではないし、出身なども不明である。今回彼女をリックが同行させたのは、専属メイドだからと言う理由だけでなく、少しでも彼女の事を知ろうと、考えたためだ。
「どんな事聞きたい?」
「そうだな・・・・、仕事で悩みを抱えてたりしてないか?メイド仕事なんて初めてだろうから、何かと苦労してるんじゃないのか?」
「悩みとかはないみたいだよ。仕事の方は苦労してるみたいだけど、最近少し慣れたって言ってたかな」
「他にはないか。どんな些細な事でもいいんだ」
「そう言えばメイファちゃん、なんか女王陛下や宰相を避けてるみたいなんだよね。この前二人で城の中を歩いてた時、僕が宰相を見かけて声をかけようとしたら、なんでかメイファちゃん、物陰に隠れちゃったんだ」
「隠れた?陛下と会ってもか?」
「うん、メイド長も不思議がってたよ」
あの二人が、メイファに何かしたとは思えない。
心優しいユリーシアが、彼女に害をなすような事をするはずがなく、マストール宰相も、そのような事をする人間ではないと、リックを始めとした、誰もが理解している。
二人が何かを彼女にして、そのせいで彼女が二人を避けているとは考え難く、彼女自身が、何かの理由で二人を避けているとしか思えない。少なくとも、帝国の人間であればそう考える。
「一つ気になる事があるな、あの口悪メイド」
「なんだクリス?って、口悪メイドってメイファの事かよ・・・・」
「あいつ、不良姫殿下に興味津々だったぜ。お前は気付かなかったみたいだけどな」
リックは気付かなかったが、彼の後ろに控えていたメイファは、姫殿下シルフィを、じっくり観察していた。
クリスはその事に気付いていたが、何故彼女が、姫に興味があったのかまではわからない。胸の内を語らない彼女は、未だに謎だらけだ。
「そうか、あの姫に興味津々・・・・。二人ともどう思う?」
「知るかよ。俺は興味ねぇ」
「僕は興味あるかな。リック君も知りたいみたいだし、ちょっと調べてみるね」
まったく彼女に興味がないクリスと、彼女を調べる事を決めたイヴ。
しかし、イヴがメイファを調べると言う事は、親友である人間の情報を、隠れて集めると言う事だ。それが彼女にとって、他人に知られたくない事であろうと、イヴは調べると言っている。
「いいのか、メイファはお前の親友だろ?俺が知りたいからって、無理に調べる必要はない」
「気にしないで。僕はね、リック君の力になりたいの。僕の大切なリック君のね」
一度は、リックを殺そうとしたイヴ。
だが今では、ヴァスティナ帝国軍参謀長配下の一人だ。元は、男を騙して金を稼ぎ、よく知らない諜報機関の下っ端工作員として働いていたが、その生活を全て捨てて、今はリックのもとに身を寄せる。
その理由をリックは知らない。イヴが起こした事件の後、レイナやクリスなどは、彼を牢へ入れるべきだと訴えた。しかしリックがそれを許さず、イヴに対しての拘束はすぐに解かせ、ただ一言彼に、「俺のもとで戦ってくれ」と言ったのである。
それ以来イヴは配下の一人となり、リックの命令に従うようになった。前の様に、怪しい動きを見せる事はなく、リックの傍を離れようとはしない。レイナやクリスと同じで、忠実な配下の一人となった。
「君は僕の大切な主なんだよ。僕を自由にしていい、ただ一人だけの存在。あの夜、僕は君に堕とされちゃったんだからね」
「俺、お前になんかしたか?」
「僕の事、大切だって言ってくれた。本当は、男の娘属性なんてもの大好きでもないくせにね」
「・・・・気付いてたのか」
「リリカ姉さまは、リック君に合わせてあんな事言ってたけど、二人が僕を説得しようとしてたのは、わかってたから」
リックはあの夜嘘をついた。男の娘属性が好きだと宣言したが、実際はそう言うわけではない。イヴを説得しようとして、恥ずかしさを堪えて、あんな事を言ったのである。
今考えれば、もっとマシな言葉があったのではと思えてならない。しかし、あの時はこれしか思いつかなかった彼は、今でもあの時の発言を後悔している。
「嘘をついて悪かったな」
「別にその事はいいの。それよりもさ、僕の事大切にしてよね♪♪」
イヴはリックへと抱きつき、体を密着させて離れない。慌てるリックの事などお構いなしだ。
「風呂場でイチャイチャしやがって」
「そう言うならイヴを引き離してくれよ!このままだと一線越えちまう」
「越えちゃおうよ僕と。僕の大切な変態参謀長様♪」
抱きついたイヴは笑っている。楽しそうに、心から笑っていた。
彼は見つけたのだ。自分を大切にしてくれる存在、そして、自分の大切な存在を。レイナやクリスの様に、イヴもまた、彼に惹かれてしまった。
だからこそ守らなければならない。リクトビア・フローレンスと言う、大切な存在を。
「殺そうとして、ほんとにごめんね」
リックの耳元でそう呟く。幸せそうな微笑みを浮かべながら。
大浴場でのイチャイチャはしばらく続き、のぼせ上がる寸前まで、風呂に入っていた。その後、明日の打ち合わせを皆と簡単に済ませ、リックたちは眠りについたのである。
こうしてチャルコ国での一日目は、何も手を打てないまま、終了したのだった。
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