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4・これからの為の覚悟
*4-8・意図していなかった拒絶
しおりを挟むそれは、まったく俺自身、想定していないことだった。
殿下が手を伸ばす。いつもの通りだ。
ここ数日、顔を合わすことさえろくにしていなかったというのに、そんなことまるで何もなかったかのような様子で、殿下は俺へと手を伸ばしてきた。殿下の寝室に入ってすぐに。
此処へはすでに何度も訪れていた。
扉を隔ててすぐ隣にある俺の部屋と、ここと、頻度でなら半々ぐらいか。
子供が出来て。俺が、公爵家へ帰れなくなって。俺が、皇太子妃になって。最初の1ヶ月は俺が臥せっていたのもあって、俺の部屋でが多かったけれど、それ以降はここでも何度も。どちらで、などの明確な線引きはなく、どの部屋の寝台で眠るのかはその時々によって変わった。だから半々ぐらい。もはや慣れ親しんだと言って過言ではない寝室だ。
決して華美ではなく、だけど質のいい落ち着いた雰囲気の家具や調度品の設えられた、皇太子が使うに相応しい部屋。その真ん中にある天蓋付きのベッドへと、手を引かれて導かれる。
茶を一杯、などの時間を設ける余裕もないらしい。もっとも、夜に共にいて、悠長に茶など嗜んだ経験自体がこれまでほとんどないのだが。だから結局はいつも通り。触れた指先から感じる熱もいつも通り。その、はずだったのに。
「……? ティアリィ……?」
多分、気付いたのは同時だった。殿下が俺の名を呼ぶ。俺は殿下の触れた指先を信じられない気持ちで凝視している。
「……ぇ?」
どうして。
触れた指は、いつも通りだったのだ。そこには魔力が乗っていて。今は子供のこともあるから、その魔力は必要で。なのに。
「え?」
思わず、ぎゅっと、殿下の手を握る。殿下もすかさず握り返して、其処にますます魔力を込めた。だけど。
「どうして」
どうして。
殿下の注いでくれたはずの魔力は。少しも、俺の中にとどまらず、すぐにも外へと霧散してしまっていた。
殿下が息を飲んだのが、はっきりと伝わってきた。次いで殿下が、力強く俺を引き寄せて、抱きしめる。触れる場所全てに魔力が乗っている。熱い。だけど。やはり魔力は、俺の中にとどまらない。何も。少しも。
「っ……! そんなっ…!」
殿下が焦った声で嘆いた。俺は緩く首を横に振る。わからない、何も。どうして。どうして?
ぐいと、項の辺りを掴まれて、唇を塞がれた。殿下のそれで。呼気と唾液と共に吹き込まれるどろりと濃い魔力。熱い。いつも俺を酔わせてくれるそれだ。いつもと同じ熱さ。その、はずなのに。
いつもと違った。俺の頭は冴えたまま、殿下の魔力がちっとも俺の中へと入ってこないのだ。かわりに感じたのは生々しい肉の感触。
「んっ……ん、」
くちゅり、粘着質な水音が、やけに大きく耳の奥で響いた。熱い。だけど、それだけ。本当に、それだけで。
殿下が、焦りゆえだろう、乱暴に俺をベッドへと引き倒した。
「ティア、リィ……ティアリィっ……!」
何度も、何度も俺の名を呼びながら、俺が身に着けていた服に手をかけ、らしくない余裕のない仕草でそれを寛げて。ビリと、生地のどこかが裂ける音がする。だけど、殿下も俺も、そんな些細なことには構っていられない。
露わになった俺の肌に、殿下がくちづけを落とした。いつもと同じそれのはずだった。
熱い、熱いのだ。熱は分かる。魔力が乗っている。それも感じる。なのに、それは俺を酔わせない。冴えた頭のまま感じる官能は、今世で初めて覚えるそれだった。
ひどく粗雑な指先で、おざなりに俺の体をまさぐった殿下は、早急に俺の腹の中を探り出す。大きく足を広げて、その間に殿下を迎え入れ、俺は抗わずにいたのだけれど。その行為に、いつものスムーズさはどこにもなく、強引に探られた中は、引き攣れて痛かった。
「ぁっ!」
俺の上げた声に、痛みが混じっていたのに気付いた殿下は、愕然とした顔で俺を見た。俺の体を改めて眺め返して、俺の腹の中、凝ったままのそれを見て、泣きそうに顔を歪める。
殿下は、苦しそうな顔で、だけど、俺の腹を探る指は止めなかった。
何か、行使する魔法を変えたのか、そこからはぬちぬちと次第に水音がし始め、それに伴い痛みも和らいではいったのだけど、熱がとどまらないのは変わらない。
殿下はいつもよりよほど丁寧に、執拗に俺の腹を探り続け、俺はいつもよりよほど冷えたままの頭で、過ぎるほど生々しいその感触を甘受する。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ、ぅ……」
上がる声はいつもと違って溶けず、だけど快感を全く感じていないというわけではない。いつもの、眩むようなそれではないだけ。
殿下が俺の其処から指を引き抜き、足を抱え直した時には、すでに随分と時間が経っていた。
ぐっと、硬く太い殿下の怒張が、俺の其処へと押し当てられる。
ひどい、抵抗感があった。あれほど慣らされたにもかかわらず、痛みも。
「ぐっ……が、ぁ、ああっ……!」
俺の喉から上がったそれには、間違いなく、痛みが伴っていた。
ああ。
熱かった。そしてひどく……――痛かった。
その後。いつもと同じようにがくがくと揺さぶられ、深く、殿下のそれを突きさされて。俺は悲鳴を上げながら、だけど懸命にそれを受け入れたのだけど。ついぞ熱は俺の中へととどまらないまま。
殿下がどれだけ注いで、何度、俺の中を濡らしても。生々しい体液が、俺の中に満ちるだけ。快感が、少しもないわけではなかった。けれど、やはり何処までも苦痛の方が強く。俺と殿下、二人ともにとって悪夢のような一夜は、そうして。どうしようもなく……過ぎていった。
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