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4・これからの為の覚悟
4-11・俺自身と、そして①
しおりを挟むずっと。溺れるようだった意識が、ふと晴れた。思考が戻ってくる。
手にぬくもりを感じた。だが、殿下のものではないそれ。そこから流し込まれる魔力は、柔らかな熱を伴っていて。
俺は心の底から安堵した。
ああ。
「……ルーファ」
喉から出た声は、ひどく掠れている。
「! お兄様! お気づきになられたのですね」
俺の声に反応したルーファが、俺の手を握っているのとは逆の手を伸ばして、指先で俺の喉に触れた。じわとぬくもりが広がり、すと痛みが引いていく。痛みを痛みとは感じられていなかったのだけれど、無くなって初めて、俺は喉も痛めていたのだと知った。否、痛めていた、というよりはたった今、弱っていた喉に構わず声を出して痛めたのか。とにかく、おそらくはもう、次に声を出した時には掠れてはいないのだろう。
俺はゆっくりと目蓋を押し上げる。眩しい。
目に入ったのは、ルーファの鮮やかな桃色の髪と、穏やかに笑む、ルーファの琥珀色の瞳。
「よかった。ずっと、苦しそうにしていらしたから。ふふ。でも、久々に目になさったのが殿下ではなくて、残念でしたかしら」
安堵の息を吐き、次いで軽やかに笑う。最愛の妹にも、俺は随分と心配をかけていたらしい。だが、俺が目を覚ましさえすれば、それだけで気を緩めて、殿下を話題に出し、笑ったりもする。
慢心、と言ってしまえば、そうとも取れる。ルーファに限って、あえて気にしていない素振りだとか、元気づけるためだとかそんな意図は少しもないのだろうから。だが、いつもと変わらず心のまま、素直なルーファの様子が、今の俺には何よりも心を落ち着けるものとなった。
だから、俺も小さく笑い返す。
「いや。久しぶりに見るのが、お前でよかった」
殿下と。顔を合わせたくないだとか、そういうことでは、ないのだけれど。
「そうなのですか? でしたら、よかったですわ。ああ。一応、気を付けたのですけれど。わたくしの魔力は、お子様には流れないようになさってくださいましね」
あくまでもお兄様を癒すための魔力ですもの。お子様にわたくしの魔力が混じってはいけないのでしょう?
華やかに笑いながらルーファは、俺ならできて当たり前だろうという風に、そんなことを口に出した。そこには確かな信頼がある。妄信とも言えるほど、強く。
そんな風に、ルーファが信じるなら。それを、出来なければならない。実際、出来ないことではなかった。ただ、ルーファに言われるまで、そこまで意識が回っていなかったので、なるほどと、体内に感じる魔力の流れに意識を向ける。今、ルーファから流してもらっている魔力と、自らの生み出したそれを分け、腹の子には、ルーファの魔力が流れないようにと。それと同時に、あちこち不調を訴える自分の体にだけ、ルーファの魔力を行き渡らせた。
これでおそらく、随分と症状は緩和されるはずだ。
ひどく繊細な魔力操作だが、俺に出来ないものではない。
ただ、ルーファ以外だと気遣って、今の俺にさせようとはしないだろうけれど。
だが、ルーファは意識せず、多少の無茶を俺に強いるし、俺は嬉々としてそれに応えるのだ。今までも。そして今も。
いずれにせよ、俺が今、ルーファと会話できる程度に、回復したのは確かだった。まだ少し、全身をめぐる倦怠感と頭の痛みは残っているのだけれど。それは多分、仕方がないのだろう。今、ルーファは随分と頑張って、俺に魔力を注ぎ続けてくれているけれど、それではちっとも足りないのだから。同時に、こうして肌を触れ合わせることで、送ることが出来る魔力の限界でもあった。これ以上は、もっと濃厚な接触が必要になる。まさか妹と出来るはずもないような接触だ。
「まだ……足りないようですけど。これが限界ですわね」
俺の状態が、余さずルーファにも伝わったのだろう。ルーファは、ほぅと遣る瀬無く溜め息を吐いた。
「充分だよ。ありがとう」
「でしたら、よかったですわ」
俺が笑うとルーファもまた、返すように笑ってくれた。
思考がいくらも鮮明に戻ってくると、色々なことが気になりだす。俺は部屋の中を、きょとりと見まわした。
ようやく見慣れてきた、王宮にて俺に与えられている部屋。殿下の寝室とは、扉一枚隔ててつながっている、皇太子妃用の一室だった。部屋の中にはルーファ以外の気配はない。
「……あの子は」
初めから、いるとも思ってはいなかったのだけれど、もしかしたらと、思わなくもなかった影。俺が臥せる前まで、ずっとそばにいた。侍女が見てくれているのだろうか。
「あの子……ピオラのことでしょうか? でしたら、我が家でお預かりしておりますわ。お兄様はあの子に、ジルサを名乗らせるおつもりなのでしょう? でしたら、余計に一度、我が家にお招きしておいた方がよいのではないかというお話になったのだと聞いております。後は殿下も、お兄様が臥せっている状態で王宮に置いたままではいさせられないとご判断なさったとか」
俺がいないと、後ろ盾を欠くことになるからだろうか。王宮に置いておけないという殿下の判断については、今すぐに容易に察することはできなかったが、ジルサ家で預かってくれているというのなら、それは悪くはない状態だとは思った。
子供を成して以降、結局一度も帰れていないが、俺自身、生まれ育ってきた我が家だ。信を置く為人のわかる者も、正直、王宮よりも多い。父母も含めて、決して、無下にはしないだろう。ただ、両親の了承も得ずに、勝手に家名を名乗らせるつもりでいたことに対して、少しの後ろめたさもありはしたのだが。それは、続けられたルーファの言葉により霧散した。
「何か、気にかかることがおありですか? お父様もお母様も、お兄様のご決断に、否ということなどあり得ませんわよ? 我が家で一番の決定権を持つのは、結局お兄様のままなのですから。それはお兄様が皇族となられても変わりません。おかわいらしい、お子様でしたわね。お兄様が名付けられたとお聞きしましたわ。ピオニラティ。良い名です。花の名前。家でもいい子にしておりましてよ? 少しおとなしすぎるぐらい。まだ、ほとんど話しては下さいませんし。でも、お兄様のことは、随分と気にかけているようでした」
幼いあの子にも、心配をかけたのだろう。早く安心させてやりたいと思った。それにしても。まだ、あの家の一番の決定権が俺にあるだなんて。怪訝な顔をしたのだろう俺に、ルーファは笑った。
「おかしなお兄様。お兄様がご存命である限り、覆る何かなど、我が家には何もございませんわ」
それが、当然のことなのだというが、俺には上手く呑み込めない。
「あら? お兄様、まさかご自覚がおありにならなかったのですか? その色と魔力をお持ちのお兄様に、いったい誰が従わずにいられるというのでしょう。それとは別にお兄様には、お父様とお母様は負い目がおありになるそうですから」
わたくしにもあるのだと、おっしゃっていましたわ。
そこまで言われても、俺にはよくわからなかった。それに、負い目?
「お兄様はこれまで、誰かにきつく何かを強いたことなどございませんものね。ご自覚がおありにならなくても、仕方がないのかもしれませんわ。そんなことをなさろうとしないからこその、そのお色と魔力なのでしょうし」
確かに。俺はこの世界の創造神の血を引くと言われている一族に現れる、髪と瞳の色を引き継いでいる。そもそもがこの国の王家がその血を継いでいて、俺達兄妹皆が、僅かなり、殿下より更に濃く王家の血を持っているというだけの話だ。その中でもこの髪色と瞳を持つのは俺一人なのだけれど。
魔力の保有量が人よりも多いのも同じ理由だった。
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