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4・これからの為の覚悟
4-12・俺自身と、そして②
しおりを挟むやはり俺にはよくわからない。何も特殊なことなどないとしか思えないからだ。それよりも。
今日のルーファは常より穏やかで、そして饒舌だ。それに雰囲気も、ひどく落ち着いている。ルーファに何かあったのだろうか。思えばルーファに会うこと自体久しぶりで、顔を合わせたのも婚約式以来、実に数か月ぶりだった。否、正確には、どれぐらいだろうか。俺はどれぐらいの間、臥せっていて今はいったい。
「今はいつだろう。俺はどれぐらい、意識を、」
「お兄様の意識が混濁し始めてからは、1週間ほどだと、聞いておりますわ」
改めて、と口に出した問いに返ってきた応えは、俺自身が思うよりも短い期間だった。随分と長く、あの苦しさは続いていたように思えていたのだけれど。否、限界とされるなら、妥当な所だろうか。
「1週間が、どれほど長かったのか。私にはわかりませんけれども。お兄様は見る限り瀬戸際でらっしゃいましたわね」
あれほど苦しんでおられて。ルーファが小さく眉根を寄せる。先程までの俺の様子を思い出したのだろう。
「わたくし、お兄様が弱っていらっしゃるところを初めて拝見致しました」
お兄様はいつも、泰然としておられましたから。
なぜだろう、ルーファの声に遣る瀬無さが滲む。さもありなんと、俺は頷く。ルーファに弱みなど、俺はこれまで見せたことがなかった。いつも、どんな場面でだって余裕のある態度を崩さずに。
「だからわたくし、お兄様にこれまで、甘えすぎてきてしまったのでしょうね」
それの何がいけないのだろうか。ルーファの無類の信頼は心地よく、時に過剰なほど甘えられても俺は嬉しいばかりだったのだけれど。
首を傾げる俺に、ルーファは笑顔のまま。だが、その笑みが少し力ない。
「わたくし、お父様に叱られましたの。あの、卒業記念パーティの時のこと」
今更その話を蒸し返すのか。俺にとってはもう終わったことだった。だが、思えば。あれからまだ、半年も経ってはいないのだ。
「わたくしがアルフェス様を、お兄様からお譲り頂くこと自体はあの時お伝えしたとおり、お父様のご了承を事前にしっかり得ていることでした。でも、それは何もあのような場で、あのようにお兄様に迫ることではなかったと」
言われて改めて思い返すが、確かに、俺自身も同じような危惧を抱いていた。あんな騒動にする必要など、何処にもなかったと。
「わたくしでは思い至りませんでしたけど、本当なら何か、罰があってもおかしくないような態度だったのですってね? ただ、あの騒動自体が殿下のご意思が絡んでおりましたので、結果的に誰にもお咎めは与えられなかったのだとか。そうでなければどうなっていたことかと、そう、お父様に叱られて」
わたくしの考えなしな部分を、最近のお父様はよく指摘なさいますのよ? 今更だと少し、申し訳なさそうになさりながら。
ルーファの眼差しが、いつしか遠く、ここではないどこかを見始める。何かを思い返しているのだろう。それはいったい何を。
「先程、負い目と申しましたでしょう? お兄様はお兄様でいらっしゃったから、お父様とお母様は勘違いなさったのですって。わたくしも大丈夫だと」
だからファルテを、作ってしまわれた。
そこまで聞いて、心当たりがないわけでもなかった。
ルーファとファルテの年の差は一つだ。この世界で一つの年も経ずに子供を立て続けに作ることは推奨されていない。と、言うよりは不可能に近かった。
何故ならこの世界で生まれたばかりの赤子は、存在が不確定なのだから。
母親の体内にいる赤子は魔力の塊だ。形なく産まれ落ちるまで育つ。今、俺の腹に宿っている子供もそう、人に成り始めた魔力の集合体でしかなく、母体の外へと出てくると同時に人間としての形が生成される。生成するのは、子供を取り上げた存在。多くの場合は、子供の父親だった。
産まれた子供は、その後、約一年をかけて人としての姿を確かにしていく。その先は両親の魔力に依存することなく、自分自身だけで存在していけるように。そうやって、産まれたばかりの赤子に魔力を注ぐことになる両親には、次の子供を作る余裕など持てないことが多く、いくら年の近い兄弟でも、2つは年が離れていることが一般的だった。現に俺とルーファの年の差も2つだ。
だが、ルーファとファルテは1つしか年が離れていない。
その原因は先にルーファが言ったように、おそらくは俺だ。
俺の魔力保有量は実の所、両親よりもはるかに多く、何があって俺が出来るに至ったのかまでは俺にはわからないが、成り始めた時には随分苦労したのだと聞いている。
先の俺のように魔力が足りず、落ち着くまでになんと、三月ほども有したのだとか。それも、濃密な接触を伴っての三月。……あまり両親の生々しい想像などしたくはないが、両親はその間ほとんど離れられず、多くの時間を、ベッドの上で過ごしたらしい。
そうして苦労して育て、生れ落ちた俺はしかし、産まれてすぐの時から今度は逆に、存在の不確かさがほとんどなかった。勿論、育つのに魔力は必要としたそうだが、その魔力もそれほどの量ではなく、すでに人として在ったのだそうだ。多分それは俺が、前世の記憶を有していたが故のことではないかと予想される。
だが、当時そんなことを知らない両親は勘違いをした。俺がそんな風であったものだから、次に作ったルーファもきっと大丈夫だと。そしてルーファが生まれてすぐに、次の子供を作ってしまった。
ルーファは普通の子供だ。先の俺のことがあったから今度こそはと気を付けて、過剰な魔力など込めずに作られた。同時に生れてからも、他の子供と何もかわらない。1年は存在が不確かなまま。両親からの多量の魔力を必要とする。だけど。
次の子供を作ってしまって、ルーファへと必要な量の魔力を与えられなくなった両親の替わりにルーファへと魔力を注いだのもまた、俺だった。
おかげでルーファには俺の魔力の影響が多大にあって、魔力だけで見るならルーファは俺のクローンのようにまで成ってしまっている。ルーファの俺への絶対的な信頼と過剰な甘えには、根本にそう言った要因もおそらくはあると思われた。
なお、ルーファとの年が近すぎる影響はファルテにも出ており、ファルテは生まれつき魔力的欠陥を負っている。その所為で両親はファルテにこそ余分に手をかけることとなり、俺とルーファはよりいっそう親密な距離感でその後も育つことになるのだが、おそらく両親の言う負い目とは、そのことなのだろう。
だが、両親の愛情の不足など、俺もルーファも感じたことがない。確かに共にいる時間にこそ差はあったがそれだけだ。だからそんなこと、俺もルーファも、おそらくはファルテも気にしてはいないのに。
親が子供にかける情というのはそういうのもなのかもしれない。決してわからないものではなかった。
俺自身がルーファやこの子、あるいはピオラに感じているものだからだ。
「お兄様はわたくしの、第三の親のような存在ですもの。わたくし、お兄様は、苦しまれたりすることなどないとばかり、思っておりましたのよ?」
わたくしにとってお兄様は、何かを間違えることなど決してありえない、完璧な方だったのですから。アルフェス様とのことはそれもあって、わたくしも少し混乱してしまったのですけど。だけど。
そこで言葉を切るルーファを、俺は見つめた。
学園での俺への態度は、曰く、完璧なはずの俺がそうではないとしか思えない行動を取るがゆえに、ルーファも混乱してあのような態度となってしまったのだそうだ。それらを合わせてもなお、苦しむことなどないと思っていたのだとか。なら、今の俺はどれだけ情けないことだろうか。ルーファにもあんな風に弱った姿を見せて。
ふと、小さく笑みをこぼしたルーファは、少し遠くを見やっていた顔を改めて俺へと向けた。とろり、眼差しでも笑む。
「だからこそわたくし、少し嬉しいんですの。お兄様が弱ることが出来ただなんて。お兄様は殿下に、甘えていらっしゃるのですね」
甘えられる相手がいるというのは、きっといいことだわ。
ルーファは心底から、俺を言祝いでいた。その心に曇りはなく、まっすぐに俺を想っている。
それはまるでたった今も。注がれ続けているルーファの魔力のような温かさで。
甘える。
まさか、俺がこんな風に、殿下の魔力だけを受け取れなくなったりしたのも。俺が、無意識に殿下に甘えていたからだとでもいうのだろうか。
思ってもみなかったルーファの言葉は。長く、俺には咀嚼できないままとなるのだった。
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