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4・これからの為の覚悟
4-13・慚悔と希望
しおりを挟むルーファからの魔力の供給で、劇的に状況が改善されたからと言って、それがあくまで一時的な物なのだということはわかりきったことだった。ルーファは、
『アルフェス様のことでしたら、心配はございませんわ。わたくしが責任をもって、幸せにして差し上げますから。お兄様はどうぞ、ご自身のお子様たちのことだけを考えていらしてね』
そんな風にも続け、少し、大人びた笑みを浮かべ、また来ると言って帰っていった。
アルフェスのことは、実は少しも頭になく、何も気にしていなかったのだが、ルーファにとっては、何も言わずにはいられない存在ではあるのだろう。
ルーファは普通の少女で、それこそ幼い頃には、いつか訪れる王子様を夢見るような可愛らしい所があったのだけれど、いつのまに変わってしまったのだろうか。俺の知らぬ間にきっと成長したのだろう。幸せにする、だなんて。される側ではないんだな……と、何とも言えない気持ちにもなったが、ルーファ自身が決めたこと、俺に何か出来るはずもない。ましてや今の状態ではとても。
ルーファが帰ってからほどなくして部屋を訪れた殿下は、目を覚ましていた俺と視線を合わせた途端にほっと安堵の息を吐き、同時に泣きそうに顔を歪めた。
「ティアリィ」
俺の名を呼ぶ声が震えている。
「殿下」
俺が殿下に呼びかけると、駆け寄ってきた殿下が、俺に覆いかぶさるようにして、俺をぎゅっと抱きしめた。
「よかった、ティアリィ……本当に」
触れ合った頬が濡れる。先程こぼれそうになっていた殿下の涙は、とうとう決壊してしまったらしい。だけど。
ぎこちなく、俺を弄る殿下の指先は、いつもと同じように熱いのに、やはりその熱は俺の中にとどまらない。殿下もすぐにそれに気付いて、だが、俺を抱きしめる腕の力は決して緩みはしなかった。
「ティアリィ……長く苦しめてすまない。こんなにも効果があるのなら、もっと早くルーファ嬢を呼んでいればよかったね。だけど僕は、どうしても、」
息を詰まらせる殿下に、俺は首を横に振る。構わない。否、仕方がないことだと、わかっている、むしろ。
「いいえ。そうすれば俺はきっと、もっと、殿下を拒絶したい気持ちになっていたでしょう」
俺を、他者に委ねられる程度の気持ちなのかと、おそらく、ショックを受けていた。
ルーファに会えたのは嬉しかったし、話が出来たのは悪くはなかったと思うけど。
同時に、考えたことがあった。ルーファが言った、甘えるというそれだ。
俺は殿下に甘えているのだろうか。この状況がまさに、その表れだと?
わからない。
だが、あながち間違ってもいない気もした。そうであるならば、俺はなんて。自己嫌悪に胸が痛む。腹が熱い。
「ティアリィ?」
俺は知らぬ間に殿下の服を、縋るように両手で掴んでいたらしい。そこに籠った力に気付いた殿下が、気づかわしげに俺を呼ぶ。
優しい、人なのだ。俺をずっと想ってくれている。誠実で一途。
だが、俺に応えを求めてくれないひどい人。
泣きたい気持ちになる。
どうして、こんなことになったのだろう。
どうして俺は、殿下が受け入れられないのだろう。どうして。
「ティアリィ。今夜、一緒に行ってほしい所がある。夜には君は辛くなっているかもしれない、だけど、」
ルーファの魔力によって改善されている今の状態は、あくまで一時的な物。おそらく、殿下が言うように夜には、俺は今のように起きていられなくなっているだろう。構わなかった。
「構いません」
何処へでも連れて行ってくれていい。俺に、殿下が必要だと判断したのなら、それでよかった。言い切った俺に殿下は頷いて。
「うん。安心してくれていい、大切に運ぶから。ティアリィ。きっと君の心を、解きほぐして見せるよ、だから、」
ティアリィ。
大切に呼ばれる俺の名前。だから俺は、殿下に縋る手指に、ますます力を込めて。
「もう少しだけ、待っていて」
こくりと確かに頷いたのだった。
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