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4・これからの為の覚悟
4-16・尽くす、だから
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「アツコに叱られたんだ。なぜ、応えを求めなかったのかって。その所為で君を追い詰めたんじゃないかって」
「アツコ?」
どうしてアツコの名前が出るのだろう。首を傾げた俺に殿下は、ああ、と気づいて笑った。
「何処から聞いてきたのか……、アツコもお見舞いに来てくれてたんだけど。……その様子だと、わからなかったみたいだね」
君の意識は混濁していたから。
どうやら見舞いに訪れてくれていたのは、ルーファだけではなかったようだ。
きっと、おぼろげに感じた何人もの気づかわしげな気配の中、アツコのものも含まれていたのだろう。
「その時にね。ものすごく叱られて。聞いたよ。僕とのこと、アツコに相談していたんだってね」
それも含めて詰られた。
殿下の笑みに、苦みが混じる。俺はなんだか胸が苦しくなって、そっと、殿下に指を伸ばした。
頬に触れる。滑らかな肌。
「君が不安に思っていたのを僕は知っていた。君に初めて触れた時から、君は今もずっと、戸惑ったままで。僕はそれも解っていたのに」
殿下が。頬に触れる俺の手に、そっと、殿下自身の指を重ねた。包まれる熱が温かい。今はもう、俺と同じ温もりだ。混じり合って、溶けて、今だけ。俺と殿下は一つだった。
「僕は怖かった。君の気持ちが、僕にないことを、僕は知っていた。僕だけじゃなく、アルフェスやもしくは他の誰にもなかったのは僕にとって幸いだったけど、僕にはそれだけじゃ足りなくて」
殿下の声が震える。きつく閉じられた眦に浮かぶのは涙だ。今にも零れ落ちそうなそれにそっと、指を伸ばした。指先が濡れる。
「ティアリィ。君は僕を拒まなかった。受け入れてくれた。でもそれは、僕を求めてくれたわけじゃない。君はひどく残酷で……――なのに優しい」
僕に優しい。
殿下に、優しくした覚えなんてなかった。俺はただ流されただけだ。殿下に触れられても、今のように、体の奥深くを暴かれても。嫌悪がなかった、だから拒まなかった。ただそれだけ。
殿下だからではある。でも同時に、殿下でなければいけないわけではない。それは今も。
「僕はそれで満足するつもりだった。君が拒まず受け入れてくれた、それでいいと、本当に思っていたんだ。君の心は求めない。僕の側にとどまってくれるのなら、それで」
何処までも近い距離で触れて、拒まれないのをいいことに、手を伸ばして暴きつくした。どれほど強引な行為だっただろうか。剰え子供まで誘導して成して。なのに。
震える殿下は、まるで頑是ない子供のようだった。だからだろうか。抱きしめたい衝動に駆られる。
逆らわず両手を殿下に伸ばした。縋るように、殿下の裸の背に触れて。ぎゅっと力を籠めると、殿下もまた、俺を抱き返してくれた。
「僕は欲張りになったんだ。君に、求めてほしくなった。だから怖かった。君の応えを聞いてしまったら、僕は君に求められていない事実を突きつけられてしまう。それがどうしても怖くて」
怖くて。
震える殿下の背に縋る。ぎゅっと殿下と抱き合う。
俺が殿下を拒絶しないだろうことぐらいは、しっかり殿下に伝わっていた。ただ、それ以上は本当に、今、こうなってさえ、俺の中に存在しないのだ。
殿下は、俺を求めてくれる。
俺にはそれは心地いい。
だが、それでも俺は、殿下が願うようには殿下を求めることが出来ない。
ああ、恋とは何だろう。求めるとは、いったい。
こうして、一つでいる。それだけでどうしていけないのか。
どうして。
なんて、ままならない。
「そんな僕の逡巡が、君を追い詰めた。僕を、受け入れられなくなるぐらいまで、君を」
それは懺悔だ。殿下の中は今、後悔に満ちている。
そんなに悔やまなくてもいいのにと、俺は思う。殿下だけが悪いわけじゃないのに。
「君に、人形じゃないと言われた時。僕は何も言い返せなかった」
ピオラの件で言い争った時のことだ。俺が殿下をはっきりと拒絶した言葉。俺は決して、そんなつもりで口にしたわけではなかったけれど、あの言葉には確かに。明確な殿下への拒絶が含まれていた。
「何が、間違っているというんだろう。君を、傍において、手放さずにいるままで、なのに君からの応えを求めない。まるで君の意思なんて、初めから僕には要らないみたいだ。それが人形扱いじゃなくて、なんだと。君はアクセサリーでも何でもない、しっかりとした一人の人間なのに」
僕が好きなのは、そんな君なのに。
殿下の声が震える。僕は堪らない気持ちになる。
「ねぇ、ティアリィ」
殿下が俺から、少し体を離した。目が合う。濡れた紫水晶。こんな時でも、殿下はどこまでもキレイだ。どんなに情けない顔をしていたってキレイ。
「今なら僕は、恐れないよ。否、本当はやっぱり怖いけど。ありったけの勇気を振り絞って君に希う。ねぇ、ティアリィ」
殿下の声が震えている。そこから零れ落ちる言葉は、なんて。
「僕と、一緒に生きて。ずっと、僕の側にいてほしい。好きなんだ。だから……――僕を求めて」
胸が、締め付けられるようだった。
苦しくて、苦しくて、なのにどこか甘くて、切なくて。
俺の胸に湧き上がる歓喜は本当だ。求められて嬉しい。なんだかくすぐったくなる。だけど。
嘘は、返せない。
だって、それは、こんなに一途な殿下に、あんまりにも誠実じゃないだろう? だから。
「俺は……わからないんです。殿下のことは、好きです。でも、俺の好きは、殿下と同じじゃない」
殿下の好きには、到底かなわない。
好きの大きさが全然違う。
殿下が願うようには、殿下のことを求められない。
だけど。
「一緒には、生きたいと思う。ずっと、殿下の側で。離れません」
それじゃ、駄目ですか?
今の俺が返せる、精いっぱいだった。それ以上には、返せない。
殿下は笑った。
泣きながら笑った。
「今は……それでいいよ。充分だ……」
今の俺のせいいっぱいが、殿下にも伝わっている。だから。
心が、解けていく。
溶けて。柔らかく、たわんで。
だけどいつか、君に求められるようになってみせるよ。
少し、力強さを取り戻したようにも思える殿下の言葉の端で、瞬く星が、薄くなっていった。
「ああ、夜が明けるね」
この部屋の魔法は、夜だけのものだから。
体が離れる。
殿下との境界が明確になって。しまいには一人と一人に戻っていく。
殿下が体を離した。抜け出た熱に、俺は小さく呻く。ぽっかりと開いた洞が切ない。
殿下が改めて俺に手を伸ばした。触れられた指先に宿った熱は。しっかりと俺に、馴染んでいった。
ああ。
俺は今なら殿下を、しっかりと。
受け入れられるよ。
ねぇ、殿下。
「アツコ?」
どうしてアツコの名前が出るのだろう。首を傾げた俺に殿下は、ああ、と気づいて笑った。
「何処から聞いてきたのか……、アツコもお見舞いに来てくれてたんだけど。……その様子だと、わからなかったみたいだね」
君の意識は混濁していたから。
どうやら見舞いに訪れてくれていたのは、ルーファだけではなかったようだ。
きっと、おぼろげに感じた何人もの気づかわしげな気配の中、アツコのものも含まれていたのだろう。
「その時にね。ものすごく叱られて。聞いたよ。僕とのこと、アツコに相談していたんだってね」
それも含めて詰られた。
殿下の笑みに、苦みが混じる。俺はなんだか胸が苦しくなって、そっと、殿下に指を伸ばした。
頬に触れる。滑らかな肌。
「君が不安に思っていたのを僕は知っていた。君に初めて触れた時から、君は今もずっと、戸惑ったままで。僕はそれも解っていたのに」
殿下が。頬に触れる俺の手に、そっと、殿下自身の指を重ねた。包まれる熱が温かい。今はもう、俺と同じ温もりだ。混じり合って、溶けて、今だけ。俺と殿下は一つだった。
「僕は怖かった。君の気持ちが、僕にないことを、僕は知っていた。僕だけじゃなく、アルフェスやもしくは他の誰にもなかったのは僕にとって幸いだったけど、僕にはそれだけじゃ足りなくて」
殿下の声が震える。きつく閉じられた眦に浮かぶのは涙だ。今にも零れ落ちそうなそれにそっと、指を伸ばした。指先が濡れる。
「ティアリィ。君は僕を拒まなかった。受け入れてくれた。でもそれは、僕を求めてくれたわけじゃない。君はひどく残酷で……――なのに優しい」
僕に優しい。
殿下に、優しくした覚えなんてなかった。俺はただ流されただけだ。殿下に触れられても、今のように、体の奥深くを暴かれても。嫌悪がなかった、だから拒まなかった。ただそれだけ。
殿下だからではある。でも同時に、殿下でなければいけないわけではない。それは今も。
「僕はそれで満足するつもりだった。君が拒まず受け入れてくれた、それでいいと、本当に思っていたんだ。君の心は求めない。僕の側にとどまってくれるのなら、それで」
何処までも近い距離で触れて、拒まれないのをいいことに、手を伸ばして暴きつくした。どれほど強引な行為だっただろうか。剰え子供まで誘導して成して。なのに。
震える殿下は、まるで頑是ない子供のようだった。だからだろうか。抱きしめたい衝動に駆られる。
逆らわず両手を殿下に伸ばした。縋るように、殿下の裸の背に触れて。ぎゅっと力を籠めると、殿下もまた、俺を抱き返してくれた。
「僕は欲張りになったんだ。君に、求めてほしくなった。だから怖かった。君の応えを聞いてしまったら、僕は君に求められていない事実を突きつけられてしまう。それがどうしても怖くて」
怖くて。
震える殿下の背に縋る。ぎゅっと殿下と抱き合う。
俺が殿下を拒絶しないだろうことぐらいは、しっかり殿下に伝わっていた。ただ、それ以上は本当に、今、こうなってさえ、俺の中に存在しないのだ。
殿下は、俺を求めてくれる。
俺にはそれは心地いい。
だが、それでも俺は、殿下が願うようには殿下を求めることが出来ない。
ああ、恋とは何だろう。求めるとは、いったい。
こうして、一つでいる。それだけでどうしていけないのか。
どうして。
なんて、ままならない。
「そんな僕の逡巡が、君を追い詰めた。僕を、受け入れられなくなるぐらいまで、君を」
それは懺悔だ。殿下の中は今、後悔に満ちている。
そんなに悔やまなくてもいいのにと、俺は思う。殿下だけが悪いわけじゃないのに。
「君に、人形じゃないと言われた時。僕は何も言い返せなかった」
ピオラの件で言い争った時のことだ。俺が殿下をはっきりと拒絶した言葉。俺は決して、そんなつもりで口にしたわけではなかったけれど、あの言葉には確かに。明確な殿下への拒絶が含まれていた。
「何が、間違っているというんだろう。君を、傍において、手放さずにいるままで、なのに君からの応えを求めない。まるで君の意思なんて、初めから僕には要らないみたいだ。それが人形扱いじゃなくて、なんだと。君はアクセサリーでも何でもない、しっかりとした一人の人間なのに」
僕が好きなのは、そんな君なのに。
殿下の声が震える。僕は堪らない気持ちになる。
「ねぇ、ティアリィ」
殿下が俺から、少し体を離した。目が合う。濡れた紫水晶。こんな時でも、殿下はどこまでもキレイだ。どんなに情けない顔をしていたってキレイ。
「今なら僕は、恐れないよ。否、本当はやっぱり怖いけど。ありったけの勇気を振り絞って君に希う。ねぇ、ティアリィ」
殿下の声が震えている。そこから零れ落ちる言葉は、なんて。
「僕と、一緒に生きて。ずっと、僕の側にいてほしい。好きなんだ。だから……――僕を求めて」
胸が、締め付けられるようだった。
苦しくて、苦しくて、なのにどこか甘くて、切なくて。
俺の胸に湧き上がる歓喜は本当だ。求められて嬉しい。なんだかくすぐったくなる。だけど。
嘘は、返せない。
だって、それは、こんなに一途な殿下に、あんまりにも誠実じゃないだろう? だから。
「俺は……わからないんです。殿下のことは、好きです。でも、俺の好きは、殿下と同じじゃない」
殿下の好きには、到底かなわない。
好きの大きさが全然違う。
殿下が願うようには、殿下のことを求められない。
だけど。
「一緒には、生きたいと思う。ずっと、殿下の側で。離れません」
それじゃ、駄目ですか?
今の俺が返せる、精いっぱいだった。それ以上には、返せない。
殿下は笑った。
泣きながら笑った。
「今は……それでいいよ。充分だ……」
今の俺のせいいっぱいが、殿下にも伝わっている。だから。
心が、解けていく。
溶けて。柔らかく、たわんで。
だけどいつか、君に求められるようになってみせるよ。
少し、力強さを取り戻したようにも思える殿下の言葉の端で、瞬く星が、薄くなっていった。
「ああ、夜が明けるね」
この部屋の魔法は、夜だけのものだから。
体が離れる。
殿下との境界が明確になって。しまいには一人と一人に戻っていく。
殿下が体を離した。抜け出た熱に、俺は小さく呻く。ぽっかりと開いた洞が切ない。
殿下が改めて俺に手を伸ばした。触れられた指先に宿った熱は。しっかりと俺に、馴染んでいった。
ああ。
俺は今なら殿下を、しっかりと。
受け入れられるよ。
ねぇ、殿下。
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