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09・婚約、そして始まりの日。⑨

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 やってしまった。
 咄嗟に思ったのはそんなことだった。
 私が告げたことが間違いだとまでは思わない。
 以前より教師の教え方には物申したい部分があったし、殿下に対しての理解も間違ってはいないと思う。
 同時に、すぐに涙を流す殿下に苛立ちを感じているのも本当だった。だけど。
 まさか王城で、しかも講師や殿下に向かって、そんなことをぶちまけるだなんて。
 やってもいい振る舞いだとは全く思わないし、自分が言ってしまったこと自体が信じられない。
 殿下と講師の視線が突き刺さる。

「ぁっ……そ、の、私は……」

 すぐに我に返り、さっと青ざめた私の目の前で、殿下の顔がくしゃりと歪まれた。
 ああ、また泣いてしまう。
 泣かせてしまいたいわけではないのに。
 この方を私はお支えしなければならないのに。
 自分の方こそが泣きたい気持ちになっていた私に、殿下がそっと近づいてきた。
 いつの間に、泣き止んだのだろうか。
 否、違う、目には涙が溜まったままだ。
 けれど殿下は先ほどのように、大きく声を立てていたりはせず、ただ、時折引くっと喉を鳴らして。しゃくり上げるのをきっと必死に堪えて。
 口をへの字にこれでもかとひん曲げて、強張った顔で、けれど。

「いいよぉ……ごめんねぇ、リーシャぁー……ごめん……」

 なぜか私に謝りながら、またしてもほろほろと涙を流し始められたのである。

「あっ……えっ? いや、私は……その……」

 おろおろと戸惑うばかりの私に、殿下がうわぁーんとまた声を上げて泣き始める。かと思えば、

「リーシャぁーっ……!」

 どしんっと、ぶつかってくるような勢いで抱き着かれた。

「えっ?! 殿下?!」

 初めてだった。
 私と殿下はそれまで、半年ほど色々なことを共に学んできた。
 座学と言えば良いのか、歴史や言語、あるいは礼儀作法などの勉学は勿論、楽器の演奏の仕方などの音楽、ダンス、剣術や魔術、そして今、講義を受けていた体術まで。
 本当にほとんど毎日のように、同じ時間を過ごしてきたのである。
 けれど私たちは、触れ合うようなことが全くなかった。
 単純な話、勉学には必要がなかったからだ。
 よくよく考えなくとも、私が8歳、殿下に至ってはまだたったの6歳で、お互いに子供であるというのに、共に遊んだりもしなかった。
 精々がお茶の時間と称して向かい合わせで座る程度。
 だから、こんな風に抱き着かれたりしたことはなくて。

「ごめん、ごめんね、リーシャ……僕……僕、威厳とかなくて……でも」

 ぐずぐずと泣きながら殿下が一生懸命に話される。
 私は何と答えていいのかわからなかった。
 講師は不思議と何も言わず、私達を見守っているだけで。
 でも。
 殿下は震える声で、けれど確かにその先を続けられた。

「嬉しい……」

 と、そう。

「僕、嬉しいよ。リーシャの言葉、全部嬉しいよ」

 と、そんな風に。

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