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「愛してる」は呪い②
しおりを挟む男……――ビュージェと僕は、ほとんど会ったことがなかった。それは本当だ。
だが、ビュージェ曰く、それでも何度かは会ったことがあるらしい。全て、僕が幼い頃に。
初めて会ったのは、僕が生まれてすぐの頃だったとか。当たり前に僕は覚えていなかった。否、もし実際に近く顔を合わせたらしい何回かあるそのうちの1回でも記憶に残っていたとして、あんな状況でそんな話をされても、思い当たれるはずがない。
何故ならビュージェがそんな話をしている間も僕は彼に体を穿たれ、揺さぶられていたのだから。
ビュージェは僕に触れながらいろいろなことを話す。だが、その多くを僕は覚えていない。
彼の話を把握できないというのは勿論、彼の話す僕との思い出のほとんどが、僕の中に存在しなかったからだ。
「ルディ、ルディ、愛している、ルディ……君は小さい時から可愛くて、天使のようだったね。母親の腕に抱かれた君を見て、私は嫉妬したよ。ああ、私こそが君を抱き上げたかった……ルディ」
揺れる揺れる、視界が揺れる。思考も揺れる。
耳朶に吹き込まれるようなビュージェの声が、気持ち悪くて仕方がない。知らず鳥肌が立ったままの肌に、しかしビュージェは構わず触れてくる。
「ああ、ルディ」
「あ、あ、がっ……ぁ……!」
縋るように僕を抱きしめ、ひときわ深く、ビュージェが僕を穿った。ぐぽっ体の奥で響くのは、もはや聞き慣れた音。
これまで以上の衝撃に、瞼の奥が明滅して、頭がちかちかした。痛いだとか苦しいだとかですらない衝撃も、幾度となく繰り返してきたそれで。
「ぁがっ……あっ……あ!」
「ルディ」
体を震わせて仰け反る僕を、ビュージェがきつく抱きしめた。ぐり、そして更に深く抉られる。次には熱。僕をどこまでも侵す熱。
思考が眩んだ。
血まみれの手を伸ばされ、抱きしめられて、僕は当たり前に恐慌をきたし抗った。
「うわぁ、うわぁ、うわぁあああ!!」
めちゃくちゃに腕を振り回して、何とか男の腕から逃れようと身を捩る。
しかし男はそんな僕の抵抗など何も構わず。
「ああ、ルディ、ルディ」
ルディ。
ひたすらに僕の名を呼び、愛しそうに僕に触れた。
「ぁっ、いや、やめて、はなせっ! やだ!」
怖かった。怖くて怖くて、僕は恥も外聞もなく泣いた。泣いて暴れた。
嫌だ、やめろ、放せ、自分が何を言っているのかもよくわからなくなりながら無茶苦茶に男を殴る。足をばたつかせる。
バランスを崩して転ぶだとかそんなことも考えられない。そして男は僕を転がしたりなどもせず。
「ああ、ルディ、ようやくだよ、ルディ。ようやく君に触れられる、ルディ、ルディ、愛している。愛している。邪魔するものはもう誰もいないんだ、ルディ」
ルディ。僕の名を呼びながら、僕の抵抗などものともせず、僕を手放さない男は笑っていた。その笑顔が、どうしようもなく怖かった。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ、」
また、揺れる、揺れる、揺さぶられている。終わりなく、ずっと。ずっと。
この男はいったいどうなっているのだろうか。こんなにずっとつながったまま、腰を動かして。僕はもう少しだって動けないのに。
「ルディ」
言いながら男が僕の口を塞いだ。くちづけなんて生易しい物じゃない。口から食われるようだ。
ぐちゃぐちゃと口内を男の長く分厚い舌でかき回されて、僕の中は男でいっぱいだった。上も下も全部、男が侵していない所なんてない。
「ぁっ、ぐぁっ……が……」
喉奥をなぶられて吐き気がする。だが、たとえ吐瀉物がせり上がってきたとしても、男は構いやしないのだろう。
男は僕を離さない。もうずっと、少しも。
ぐらぐらした。揺れて、揺れて。
僕から口を離した男が、近くから何かを引き寄せて口に含み、また僕の唇を塞いだ。口移しで流し込まれるぐちゃぐちゃした何か。味なんてわからない。それが何かもわからない。だが、知っている。これは食事だ。
意識のあるなしにかかわらず、日夜なぶられ続ける僕はすでに自発的な行動など欠片とて取れず、どうやら食事もこうして男が強制的に僕の口へと流し込んでいるようだった。がつがつと奥を穿たれ、揺さぶられながら時折こうして口を塞がれ、ぐちゃぐちゃした何かを喉奥まで舌で押し込まれるのだ。僕が咳き込んでも吐き戻してもお構いなしに、何度でも終わりなく繰り返される。
揺れる視界と、刺激され続ける体の奥と。喉奥へのそれ。そんな全てに僕は幾度も意識を飛ばした。
今も、また、遠ざかる全て。
どんなに暴れても無駄だった。男は僕を持ち前の膂力と、おそらくは魔術も駆使して手放さず抱き上げて、強制的にどこかの一室に押し込んだ。
否、見覚えがあった。母の……つまり、王妃の寝室だ。扉一枚隔てて隣は王の為のそれとなる。
だが、その時の僕に、周囲を見回す余裕などなく。
「他人の匂いが残っているのが不快だが……まぁいい」
男が僕を手放さないまま、部屋全体に何かをかけた。洗浄魔法。とたん、匂いが変わる。男と僕だけのそれになる。
僕は変わらずその時も無茶苦茶に泣いて暴れていたが、男は少しも僕をとらえた腕を緩めず。
逃げられないままに、僕は。
「ルディ」
男は何度でも僕の名を呼んだ。愛しい愛しいと僕の名を呼ぶ声に籠める。
「愛している」
惜しまず注がれるその言葉は。しかし、ただの呪文のようだった。
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