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夜叉と契約 五
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「は?」
自分の口から出てきた血に驚いた真夜の手が緩む。その隙を突いて、千夜丸は逃げ出した。
ぽてんと落ちてぽよぽよと転がると、ぐったりとした様子でいつもより平べったくなって地面に伏せた。
呆然として動きを止める真夜。自分が叩いたせいかと、彼の腹を心配そうに何度もさする夜姫。
「ごめなさい。いたいたい、とでけー」
少しばかり混沌としていたが、真夜は冷静に状況を整理していく。
まず、新しく得た幼い娘の体を調べる。神経を集中し、心の臓を中心に不備がないか確かめた。
肩から背に掛けて負っていた刀傷は消えている。心の臓にも肺腑にも問題はない。全身を調べるが、肉体自身に問題はない。
異変はただ一つ。陸海月との間で交わされた契約の楔。これが発動したのだ。
ではなぜ発動されたのか、真夜はその時の状況を考える。考えるまでもない、陸海月を握り潰そうとしていたからだろう。
「まさか陸海月が俺の主に? いや、それはありえない。そうだとすれば、陸海月に危害を加えようとしたところで楔が発動していたはずだ。だったら契約の内容は、陸海月の命を脅かさないこと、か?」
契約の内容が分からなければ、今後の行動に支障が出る。なにせ何を切っ掛けに自分の命が危険に晒されるのか分からないのだ。
確認するように真夜が千夜丸を見ると、ぽよぽよと体を左右に捻った。どうやら違うらしい。
「お前に関することではないのか?」
今度はぽよんと跳ねた。正解だったようだ。
「だったら何なんだ?」
こめかみを押さえるようにして顔の半分を手で覆った真夜は、楔が起動する直前の状況を思い出す。千夜丸以外に、何か異変は無かったか。
視線は自然と下がり、己の腹へと向かう。懐から心配そうに顔を出している、目も口もない這子人形が目に入った。
「まさか、夜姫か?」
ぽよんっと、陸海月が跳ねる。続けて正解したようだ。
「夜姫との主従契約が成立した?」
ちらりと真夜が陸海月を横目で見ると、ぽよんっと跳ねた。連続で正解できたようだ。まったくもって嬉しくないだろうが。
「なんでだ? いつの間にそんな契約が成立したんだ? 俺は承諾していないぞ?」
真夜は崩れ落ちた。その拍子に懐から落ちた夜姫が地面を転がり、千夜丸はぽよぽよと近づく。
小さかった千夜丸が自分の肩ほどまでの大きさになっていることに夜姫は驚いて固まったが、すぐに受け入れると今度は嬉しそうに両手を広げて抱きついた。
千夜丸も嬉しそうにぽよぽよと身をすり寄せる。
「莫迦な。契約は契約内容と対価を提示し合い、互いの承諾を得て血で結ばれる。俺は契約内容も対価も知らない。当然、承諾などしていないはずなのに、なんで契約が履行されているんだ?」
真夜は懸命に己の常識と現状を照らし合わせるが、納得のいく答えは見つからなかった。
とはいえ、それも仕方のないことだろう。
陸海月の言葉は同族である陸海月にしか、理解できないどころか聞き取ることすらできないのだから。
真夜が夜姫と契約を行っていた時、実は千夜丸も真夜に契約を持ち掛けていたのだが、その声が真夜の耳に届くことは無かったのだ。
「は、ははははは。ずいぶんとふざけた真似をしてくれたもんだな? ああ、いいだろう。夜姫を守ればいいんだな? ついでにお前も」
千夜丸を守ることは契約に入っていないのだが、契約内容によっては契約者が命を落とした際に、楔の力が強まることがあるのだ。
つまり、千夜丸に何かあれば、真夜は生涯、夜姫の下僕と成り下がらなければならなくなる危険がある。
突然壊れたような不気味な笑い声を上げた真夜に、再会を喜んでいた夜姫と千夜丸は動きを止めて視線を向ける。
「とりあえず、夜姫との契約内容を済ませてしまおうか。心配しなくても大丈夫だからな? 今なら息をするように、簡単に、執行できそうだ」
にっこりと、牙を剥きだした真夜の笑顔は、笑顔の概念を破壊しそうなほどに恐ろしく、夜姫は千代丸に抱きついて震えあがった。
自分の口から出てきた血に驚いた真夜の手が緩む。その隙を突いて、千夜丸は逃げ出した。
ぽてんと落ちてぽよぽよと転がると、ぐったりとした様子でいつもより平べったくなって地面に伏せた。
呆然として動きを止める真夜。自分が叩いたせいかと、彼の腹を心配そうに何度もさする夜姫。
「ごめなさい。いたいたい、とでけー」
少しばかり混沌としていたが、真夜は冷静に状況を整理していく。
まず、新しく得た幼い娘の体を調べる。神経を集中し、心の臓を中心に不備がないか確かめた。
肩から背に掛けて負っていた刀傷は消えている。心の臓にも肺腑にも問題はない。全身を調べるが、肉体自身に問題はない。
異変はただ一つ。陸海月との間で交わされた契約の楔。これが発動したのだ。
ではなぜ発動されたのか、真夜はその時の状況を考える。考えるまでもない、陸海月を握り潰そうとしていたからだろう。
「まさか陸海月が俺の主に? いや、それはありえない。そうだとすれば、陸海月に危害を加えようとしたところで楔が発動していたはずだ。だったら契約の内容は、陸海月の命を脅かさないこと、か?」
契約の内容が分からなければ、今後の行動に支障が出る。なにせ何を切っ掛けに自分の命が危険に晒されるのか分からないのだ。
確認するように真夜が千夜丸を見ると、ぽよぽよと体を左右に捻った。どうやら違うらしい。
「お前に関することではないのか?」
今度はぽよんと跳ねた。正解だったようだ。
「だったら何なんだ?」
こめかみを押さえるようにして顔の半分を手で覆った真夜は、楔が起動する直前の状況を思い出す。千夜丸以外に、何か異変は無かったか。
視線は自然と下がり、己の腹へと向かう。懐から心配そうに顔を出している、目も口もない這子人形が目に入った。
「まさか、夜姫か?」
ぽよんっと、陸海月が跳ねる。続けて正解したようだ。
「夜姫との主従契約が成立した?」
ちらりと真夜が陸海月を横目で見ると、ぽよんっと跳ねた。連続で正解できたようだ。まったくもって嬉しくないだろうが。
「なんでだ? いつの間にそんな契約が成立したんだ? 俺は承諾していないぞ?」
真夜は崩れ落ちた。その拍子に懐から落ちた夜姫が地面を転がり、千夜丸はぽよぽよと近づく。
小さかった千夜丸が自分の肩ほどまでの大きさになっていることに夜姫は驚いて固まったが、すぐに受け入れると今度は嬉しそうに両手を広げて抱きついた。
千夜丸も嬉しそうにぽよぽよと身をすり寄せる。
「莫迦な。契約は契約内容と対価を提示し合い、互いの承諾を得て血で結ばれる。俺は契約内容も対価も知らない。当然、承諾などしていないはずなのに、なんで契約が履行されているんだ?」
真夜は懸命に己の常識と現状を照らし合わせるが、納得のいく答えは見つからなかった。
とはいえ、それも仕方のないことだろう。
陸海月の言葉は同族である陸海月にしか、理解できないどころか聞き取ることすらできないのだから。
真夜が夜姫と契約を行っていた時、実は千夜丸も真夜に契約を持ち掛けていたのだが、その声が真夜の耳に届くことは無かったのだ。
「は、ははははは。ずいぶんとふざけた真似をしてくれたもんだな? ああ、いいだろう。夜姫を守ればいいんだな? ついでにお前も」
千夜丸を守ることは契約に入っていないのだが、契約内容によっては契約者が命を落とした際に、楔の力が強まることがあるのだ。
つまり、千夜丸に何かあれば、真夜は生涯、夜姫の下僕と成り下がらなければならなくなる危険がある。
突然壊れたような不気味な笑い声を上げた真夜に、再会を喜んでいた夜姫と千夜丸は動きを止めて視線を向ける。
「とりあえず、夜姫との契約内容を済ませてしまおうか。心配しなくても大丈夫だからな? 今なら息をするように、簡単に、執行できそうだ」
にっこりと、牙を剥きだした真夜の笑顔は、笑顔の概念を破壊しそうなほどに恐ろしく、夜姫は千代丸に抱きついて震えあがった。
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