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01.最強にして最凶の魔法使い
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大陸の中央より南に位置するラジン国。そこにはかつて、アラージと呼ばれる国があった。
アラージ国では魔力の強い子供に奴隷紋を刻み、生涯を王家に尽くす奴隷とした。そんなアラージ国は、ある日突然に滅びたという。
奴隷として虐げられていた少年が中心となって起こした革命は、世界中を巻き込み、魔法使いたちの地位向上へとつながっていく。
人々はその出来事を、『アラージの革命』と呼んだ。
だが真実は異なる。
革命を起こしたのは少年を中心とした魔法使いたちではない。ただ一人の少年によって、アラージ王家は滅び、国は変えられたのだ。
世界を震撼させた革命から二十年以上の歳月が経った今、彼の魔法使いは孤独と虚無に苛まれていた。
「つまんねー」
男は虚空に向かって訴える。
草色の古びたローブに身を包み、頭に乗った山高帽からは、手入れもされていないぼさぼさとした焦茶色の髪が覗く。
彼が座っているのは、伏してなお人の背丈よりも高い巨体、未だ燃え続ける煉獄の主、火竜の躯。右の膝横に黒い木製の杖を突き立て、男は空を見上げる。
男の名はノムル・クラウ。最強にして最凶の魔法使いと呼ばれる、常人ならざる力を持つ魔法使いである。
ノムルは立ち上がると、わずかに黒い杖を指で弾いた。その直後、火竜の体から心臓と尾が消え去る。
「暇潰しにもなんなかったな」
尖った岩石が転がるギギーク山を、ノムルは下っていく。その足取りは力なく、とても火竜を仕留めた男とは思えない。
足場の悪い岩山を平地のような軽い足取りで下りると、山を背に街道を進む。
赤レンガ造りの家が並ぶギギグの町へと入ると、道の真ん中を遠慮もなく歩く。
植物がほとんど生えない岩だらけのギギーク山よりはましだが、その麓にあるギギグの町も乾燥していて、風が吹くと砂埃が舞った。
畑を作ってもまともな収穫は望めないという、人が住むには過酷な環境であるが、ギギーク山に生息する魔物を求めてやって来る冒険者たちが金を落とし、彼らが手に入れた素材を売買することで、町の経済は潤っていた。
剣と龍を描いたエンブレムが掲げられた建物の扉を引いた。
からんっと乾いた木が打ち合う音がして、屋内にいたものの視線がノムルに注がれる。
奥のテーブルで酒を飲んでいた男たちは、古びたローブを身にまとう貧相なノムルを一瞥するなり、口の端を上げて嘲笑を浮かべた。すぐに興味をなくして視線を切り、酒を煽る。
屈強な男たちがたむろするその建物は、荒事から小間使いまで請け負う冒険者たちを取りまとめる、冒険者ギルドの支部だ。
「はいこれ、依頼達成の処理して」
窓口の一つに迷うことなく進んだノムルは、どこからともなく依頼書の束を取り出し、差し出しながら気だるげに声を掛けた。
「え? これらを全て? 受諾してまだ七日ですよ?」
依頼内容の書かれた依頼書を受け取り内容を確認した受付の女性は、疑わしげにノムルを見る。
ノムルが差し出した依頼書に記載されている受諾日は、七日前の日付だ。依頼内容は、魔物の素材採集。
ギギグの町よりさらに東方、大陸の最東端にそびえるギギーク山への往復だけで、そのくらいの日数を費やすはずである。
「ああ。ここに出して良い?」
通常ならば持ち込んだ素材を確認するため、適切な場所へと案内されるのだが、受付嬢は胡乱な目でノムルをしげしげと観察するばかりで、動く気配はない。面倒になったノムルは、床を指差した。
少し考える素振りをした受付嬢は、首肯する。この日数で揃えられるはずがないと、彼女は高を括っていた。
ノムルが引き受けた依頼の中には、一般的に最高ランクとされるAランクの冒険者でも数人がかりでようやく討伐できるレベルの、大物も含まれている。
何か似た魔物の素材でも持って帰ったのだろうと、警戒しながらノムルの行動を窺う。偽装は処罰対象だ。
逃げられないようにしなくてはと、周囲の高ランク冒険者たちに視線で合図を送った。気付いた冒険者たちは、目線で了解の意を告げる。
アラージ国では魔力の強い子供に奴隷紋を刻み、生涯を王家に尽くす奴隷とした。そんなアラージ国は、ある日突然に滅びたという。
奴隷として虐げられていた少年が中心となって起こした革命は、世界中を巻き込み、魔法使いたちの地位向上へとつながっていく。
人々はその出来事を、『アラージの革命』と呼んだ。
だが真実は異なる。
革命を起こしたのは少年を中心とした魔法使いたちではない。ただ一人の少年によって、アラージ王家は滅び、国は変えられたのだ。
世界を震撼させた革命から二十年以上の歳月が経った今、彼の魔法使いは孤独と虚無に苛まれていた。
「つまんねー」
男は虚空に向かって訴える。
草色の古びたローブに身を包み、頭に乗った山高帽からは、手入れもされていないぼさぼさとした焦茶色の髪が覗く。
彼が座っているのは、伏してなお人の背丈よりも高い巨体、未だ燃え続ける煉獄の主、火竜の躯。右の膝横に黒い木製の杖を突き立て、男は空を見上げる。
男の名はノムル・クラウ。最強にして最凶の魔法使いと呼ばれる、常人ならざる力を持つ魔法使いである。
ノムルは立ち上がると、わずかに黒い杖を指で弾いた。その直後、火竜の体から心臓と尾が消え去る。
「暇潰しにもなんなかったな」
尖った岩石が転がるギギーク山を、ノムルは下っていく。その足取りは力なく、とても火竜を仕留めた男とは思えない。
足場の悪い岩山を平地のような軽い足取りで下りると、山を背に街道を進む。
赤レンガ造りの家が並ぶギギグの町へと入ると、道の真ん中を遠慮もなく歩く。
植物がほとんど生えない岩だらけのギギーク山よりはましだが、その麓にあるギギグの町も乾燥していて、風が吹くと砂埃が舞った。
畑を作ってもまともな収穫は望めないという、人が住むには過酷な環境であるが、ギギーク山に生息する魔物を求めてやって来る冒険者たちが金を落とし、彼らが手に入れた素材を売買することで、町の経済は潤っていた。
剣と龍を描いたエンブレムが掲げられた建物の扉を引いた。
からんっと乾いた木が打ち合う音がして、屋内にいたものの視線がノムルに注がれる。
奥のテーブルで酒を飲んでいた男たちは、古びたローブを身にまとう貧相なノムルを一瞥するなり、口の端を上げて嘲笑を浮かべた。すぐに興味をなくして視線を切り、酒を煽る。
屈強な男たちがたむろするその建物は、荒事から小間使いまで請け負う冒険者たちを取りまとめる、冒険者ギルドの支部だ。
「はいこれ、依頼達成の処理して」
窓口の一つに迷うことなく進んだノムルは、どこからともなく依頼書の束を取り出し、差し出しながら気だるげに声を掛けた。
「え? これらを全て? 受諾してまだ七日ですよ?」
依頼内容の書かれた依頼書を受け取り内容を確認した受付の女性は、疑わしげにノムルを見る。
ノムルが差し出した依頼書に記載されている受諾日は、七日前の日付だ。依頼内容は、魔物の素材採集。
ギギグの町よりさらに東方、大陸の最東端にそびえるギギーク山への往復だけで、そのくらいの日数を費やすはずである。
「ああ。ここに出して良い?」
通常ならば持ち込んだ素材を確認するため、適切な場所へと案内されるのだが、受付嬢は胡乱な目でノムルをしげしげと観察するばかりで、動く気配はない。面倒になったノムルは、床を指差した。
少し考える素振りをした受付嬢は、首肯する。この日数で揃えられるはずがないと、彼女は高を括っていた。
ノムルが引き受けた依頼の中には、一般的に最高ランクとされるAランクの冒険者でも数人がかりでようやく討伐できるレベルの、大物も含まれている。
何か似た魔物の素材でも持って帰ったのだろうと、警戒しながらノムルの行動を窺う。偽装は処罰対象だ。
逃げられないようにしなくてはと、周囲の高ランク冒険者たちに視線で合図を送った。気付いた冒険者たちは、目線で了解の意を告げる。
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