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23.亭主のツッコミが飛んできた

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「ああ、忘れてた」
「おい」

 ノムルの呟きに、亭主のツッコミが飛んできた。そのまま階段へと向かうノムルと部屋の中を交互に見た亭主は、慌てて声を張る。

「子供を置いていく気か? 自警団に訴えるぞ?」

 昨夜ノムルは子連れで部屋に入った。しかし今、彼は一人だ。
 窓から連れ出されたユキノの姿を、亭主は見ていない。

「ちゃんと連れていくよ。よく見てみろよ。部屋はもぬけの殻。子供はとっくに外で待ってる」

 肩越しにひらひらと手を振るノムルを、亭主はしかめた顔で見送ると、すぐに部屋の中に飛び込んで確認した。ノムルの言う通り、部屋の中には誰もいない。
 二つある寝台のうち、使われたのは一方だけというのも気になるが、小さな子供が親と一緒に寝ることは珍しくはない。

「出来の悪いおやじに呆れて、先に外に出たのか」

 勝手に納得して、部屋の掃除に取り掛かり始めた。

 宿を出たノムルは、裏手に回り林に入る。ユキノが根を張るところまで来て、足を止めた。
 じとりと、足元から刺々しい視線を感じる。

「なにか文句があるのか?」

 促すように顎をしゃくると、くっと樹人の幼木は悔しげに声を漏らす。

「もうすぐお昼ですよ? 確かに私は樹人で、根を張っていればお腹が空くことはありません。ですが人間に気づかれないようにじっとしているのは、結構大変なんですよ」

 不満そうに口の辺りの葉を尖らせるユキノに、ノムルは空間魔法から取り出したローブを被せる。

「ふあ? もっと丁寧に扱ってください。葉っぱが落ちてしまいます」

 ぶつぶつ言いながらも、ユキノは渡されたローブに首を突っ込み、袖に枝を通していく。首元のボタンを留めると、フードをかぶった。それから、

「ふんにゅっ」

 と気合と共に根を引っこ抜いた。
 ノムルも帽子を出して頭に被る。

「行くぞ」
「はーい」

 ぽてぽてと、樹人の幼木はノムルに付いてくる。



 宿の亭主に紹介されたパン屋に入り、ハムやチーズが挟まれたパニーニなどを多めに買い込む。
 すぐに食べなくても、空間魔法に入れておけばいつでも食べられる。旅の間は食料の調達が難しい場所もあるので、こういう店で怪しまれない程度に買い込むのだ。

 幸いにも今回は連れがいる。いつもより多めに買っても目を付けられることはないだろうと、一抱えほどのパンを買い込む。
 とはいえ相手は小さな子供だ。人間だったとしても食べる量など微々たる程度のはずなのだが、ノムルは自分と同じ程度の食欲で計算している。
 お蔭で店員は驚いた目をしていたのだが、ノムルは気付いていないようだ。

 ふとユキノの様子を見ると、食べられないくせに興味深そうにきょろきょろと見ている。
 思い出してみれば、夕べも食事をするノムルのテーブルを、幹を伸ばして覗き込んでいた。食べられないからこそ、もの珍しいのかもしれない。

「ほら、行くぞ」
「あ、はい」

 声をかけると慌てて追いかけてきたが、店を出る前に根を止めて向きを変えると、

「ありがとうございました」

 と、お辞儀してから店を出た。

「なんでお前が礼を言うんだ?」

 不思議に思ってノムルが聞くと、ユキノの方が不思議そうに首を傾げる。

「美味しいパンを作って売ってくださったのでしょう? 私は食べることができませんが、見て楽しませていただきましたから」

 楽しそうに葉を揺らす樹人の幼木を見ていると、ノムルの胸がむずむずとした。
 理解できない生き物だと思うが、不快ではない。知らない感情に戸惑いはあるが、それでも手放す気にはなれなかった。

 袋から朝食用のパンを取り出すと、残りは袋ごと空間魔法に放り込む。
 パンをかじりながら歩き、目的の建物の前で足を止めた。剣とドラゴンの紋章が描かれた旗が掲げられている、冒険者ギルドだ。
 重厚な木製の扉を押すと、からりと乾いた木がぶつかる音が響く。
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