58 / 156
58.やはりヤナの町付近には
しおりを挟む
マーオは本来、乾燥地帯に育つ植物だ。湿原が近いヤナの町付近では育たない。
カツラピは香草としても人気で市場などで手に入れやすい薬草だが、やはりヤナの町付近には自生していなかった。
それでも一縷の望みにすがるように、イグバーンは顔を上げて、指定した薬草をすぐに集めるようにと部下に指示を出した。
人間たちの動きを見ていたユキノが、うーんと唸る。声を出し掛けたが慌てて小枝で口元を覆い、ノムルのローブを引っ張る。
お前の声はそこから出ていたのか? と問いたい気持ちを飲み込んで、ノムルは杖を指で撫でた。
「話していいぞ」
「闇死病の詳しい症状を教えて頂けますか?」
どうやら薬草が用意できないと判断し、別の薬草でアプローチしてみるつもりらしい。
ふむと考えたノムルは、魔法を解いてイグバーンに詳しい症状を説明するように促す。
大まかな症状は聞き知っているが、ユキノが求めているのはもっと詳しい内容だろうと判断したのだ。
イグバーンが声を掛けるより先に、無精ひげを伸ばした、よれよれの男が部屋に入ってきた。どうやら薬のレシピを聞き、やってきたらしい。
髪もぼさぼさで、死んだ魚のような生気のない目の下には、黒い隈がある。ノムルよりもさらにひどい外見だ。
「この者は領内の薬師を取りまとめている、サウザンだ。闇死病が発生してから、この件に付きっ切りで手を尽くしてくれている」
イグバーンに紹介されたサウザンは、力なく会釈する。疲労のためか、視線も定まっていない。
どうやら怠惰でこのような格好になっているのではなく、連日休みなく薬を調合していて、髭を剃る暇も取れなかったようだ。
「サウザン、闇死病の症状を詳しく説明してくれ」
イグバーンに促され、何か聞きたそうにしていたサウザンだったが、説明を始めた。
「闇死病は、始めに関節が痛くなり、翌日になると発熱します。熱は一気に上がり、体力のない者ならば三日目、多くの患者は五日目から命を落としていきます」
改めて、致死率の高い病気だとノムルは思う。このような病気を本当に治せるのだろうかと、ユキノへ視線を落とす。
ふむうと唸ったユキノは数分の沈黙の後、ノムルのローブを引っ張った。
「いいぞ」
魔法を展開してから答えを聞く。
「マーオとカツラピに関しては、タセの根とニキ、それにシンガの根で代用してはどうかと聞いてみてくださいますか?」
ノムルが伝えると、サウザンは意表を突かれたとばかりに目を見開き、あごに手を当てて考え始める。
「カツラピに関しては、それで問題ないでしょう。マーオは確か、抗炎作用や鎮咳でしたね? ええ、良いのではないでしょうか」
薬師として実際に働いているサウザンからの太鼓判を受け、ユキノがほっと幹から力を抜く。
ノムルが視線を向けると、イグバーンはすぐに察して頷いた。表情が幾分か、柔らかくなっている。
「少し時季がずれる物もありますが、患者数に必要な量は採取できるでしょう。冒険者ギルドに依頼します」
彼の中で魔法使いの男に対する評価が上がったらしい。言葉遣いが丁寧なものに変わっていた。
「念のために言っておくけど、あくまで代用だからな。それに正規のレシピでも、完全に治せるわけじゃない。あまり買い被るなよ?」
「分かっています。それでも領民たちを救えるかもしれない方法が見つかったのです。ただ苦痛を和らげ、死を遅らせることしかできなかった今朝までのことを考えれば、どれほどの力となるか。感謝いたします」
領主イグバーンは、ノムル・クラウの正体を知らぬまま、彼に微笑み頭を下げた。なんだかむず痒い気がして、ノムルは頬を掻く。
視線のやり場に迷って隣に座る樹人の幼木を見ると、嬉しそうに根を揺らしていた。
カツラピは香草としても人気で市場などで手に入れやすい薬草だが、やはりヤナの町付近には自生していなかった。
それでも一縷の望みにすがるように、イグバーンは顔を上げて、指定した薬草をすぐに集めるようにと部下に指示を出した。
人間たちの動きを見ていたユキノが、うーんと唸る。声を出し掛けたが慌てて小枝で口元を覆い、ノムルのローブを引っ張る。
お前の声はそこから出ていたのか? と問いたい気持ちを飲み込んで、ノムルは杖を指で撫でた。
「話していいぞ」
「闇死病の詳しい症状を教えて頂けますか?」
どうやら薬草が用意できないと判断し、別の薬草でアプローチしてみるつもりらしい。
ふむと考えたノムルは、魔法を解いてイグバーンに詳しい症状を説明するように促す。
大まかな症状は聞き知っているが、ユキノが求めているのはもっと詳しい内容だろうと判断したのだ。
イグバーンが声を掛けるより先に、無精ひげを伸ばした、よれよれの男が部屋に入ってきた。どうやら薬のレシピを聞き、やってきたらしい。
髪もぼさぼさで、死んだ魚のような生気のない目の下には、黒い隈がある。ノムルよりもさらにひどい外見だ。
「この者は領内の薬師を取りまとめている、サウザンだ。闇死病が発生してから、この件に付きっ切りで手を尽くしてくれている」
イグバーンに紹介されたサウザンは、力なく会釈する。疲労のためか、視線も定まっていない。
どうやら怠惰でこのような格好になっているのではなく、連日休みなく薬を調合していて、髭を剃る暇も取れなかったようだ。
「サウザン、闇死病の症状を詳しく説明してくれ」
イグバーンに促され、何か聞きたそうにしていたサウザンだったが、説明を始めた。
「闇死病は、始めに関節が痛くなり、翌日になると発熱します。熱は一気に上がり、体力のない者ならば三日目、多くの患者は五日目から命を落としていきます」
改めて、致死率の高い病気だとノムルは思う。このような病気を本当に治せるのだろうかと、ユキノへ視線を落とす。
ふむうと唸ったユキノは数分の沈黙の後、ノムルのローブを引っ張った。
「いいぞ」
魔法を展開してから答えを聞く。
「マーオとカツラピに関しては、タセの根とニキ、それにシンガの根で代用してはどうかと聞いてみてくださいますか?」
ノムルが伝えると、サウザンは意表を突かれたとばかりに目を見開き、あごに手を当てて考え始める。
「カツラピに関しては、それで問題ないでしょう。マーオは確か、抗炎作用や鎮咳でしたね? ええ、良いのではないでしょうか」
薬師として実際に働いているサウザンからの太鼓判を受け、ユキノがほっと幹から力を抜く。
ノムルが視線を向けると、イグバーンはすぐに察して頷いた。表情が幾分か、柔らかくなっている。
「少し時季がずれる物もありますが、患者数に必要な量は採取できるでしょう。冒険者ギルドに依頼します」
彼の中で魔法使いの男に対する評価が上がったらしい。言葉遣いが丁寧なものに変わっていた。
「念のために言っておくけど、あくまで代用だからな。それに正規のレシピでも、完全に治せるわけじゃない。あまり買い被るなよ?」
「分かっています。それでも領民たちを救えるかもしれない方法が見つかったのです。ただ苦痛を和らげ、死を遅らせることしかできなかった今朝までのことを考えれば、どれほどの力となるか。感謝いたします」
領主イグバーンは、ノムル・クラウの正体を知らぬまま、彼に微笑み頭を下げた。なんだかむず痒い気がして、ノムルは頬を掻く。
視線のやり場に迷って隣に座る樹人の幼木を見ると、嬉しそうに根を揺らしていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
877
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる