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90.機関車はネーデルへと

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 座席に座ったまま眠った明くる朝、機関車はネーデルへと到着した。ノムルは窓に掛けていた魔法を解除すると、ユキノを伴ってホームへ降りる。
 ネーデルなどの大きな駅は車両ごとに専用のホームがあるため、人の数は少ない。

 一目で上流階級と分かる装いをしている紳士淑女の中で、古びたローブに身を包むノムルとユキノは目立っていた。
 誰もが見て見ぬふりをして顔には出さないが、場違いだという空気は伝わってくる。

 客の流れに沿って改札口を出ると、他の車両の客たちや、出迎えの人々、これから機関車に乗る人々で、ごった返していた。
 ぴったりとくっ付いてくるユキノだが、この人込みでははぐれかねない。
 迷子も困るが、正体が露見するのはもっと面倒なことになりそうだと判断したノムルは、ひょいっと抱き上げた。

「わわっ?」
「混んでるからな」

 ぼそりと言い訳じみたことを呟き、ふいっと顔を逸らせるノムルを、ユキノがじいっと見つめてくる。

「なんだ?」
「おとーさん、だーい好きです。ふふ」

 首に枝を絡ませて抱きついてきた。

「おい? なんでそうなるんだ?」
「だって、おとーさんは優しいのです」

 嬉しそうに葉をきらめかせて揺らす樹人の幼木。反応に困ったノムルは、顔をしかめる。

 自分を優しいなどと思ったことはない。優しいと言われたことはあるが、それはどこかかなり、ずれていた気がする。
 少なくとも、ノムルを貶めた王族がいる国を滅ぼそうとした者たちを諌めただけで言われても、素直に受け取る気にはなれなかった。

「俺が優しいなら、人間は全部優しいことになる」
「はい。もちろん皆さん優しいのだと思いますよ? でも私にとっては、おとーさんが一番優しい人なのです」

 きゅっと、肩に顔をすり寄せてくる。

 それはユキノが、他の人間を知らないからではないか? という疑問が、ノムルの脳裏をかすめる。
 胸や頭の奥から、どろどろとした熱く昏いものがこみ上げてきて、視界を黒く染めていく。
 瞼を閉じたノムルは、ゆっくりと息を吐き出し、心を落ち着かせた。

「猫みたいだな」

 誤魔化すように呟くと、西部行きのチケットを買うため、窓口に向かった。

「直近の西部行き終着まで。二等車で」
「二等車の空きは、三日後の午後からですね。……四等車ならありますけど」

 ちらりとノムルの格好を見た駅員が勧めてきたが、ノムルは不特定多数の人間と、長時間にわたって密室で過ごすことはできない。
 樹人の問題以前に、何かあった時にどれだけの被害が周囲に出てしまうのか、ということを考えてしまうのだ。

「一等車は?」
「……六日後なら」

 訝しげに眉をひそめてノムルを見ながら、躊躇いがちに答えられた。
 終点まで一等車を使うなど、貴族の中でも裕福な者や、貴族以上に富を得ている豪商くらいだ。目の前の男が、そのいずれかに該当するようには見えなかったのだろう。

「じゃあ三日後の二等車を」

 代金を払い切符を受け取ると、ノムルは駅を出た。

「おおー! 凄いですね。UFOがあります!」
「ゆーふぉー?」

 聞き慣れない単語に耳を止めると、ユキノは分かりやすく動揺して動きを止めた。
 大陸一の大国ルモン大帝国、その帝都ネーデルは、他の町とは明らかに違う。建物は三階建てから六階建てと高い建築物が多く、道だけ残して遊びもなく詰め込まれている。
 他の町では頭一つ目立つであろう三階建ての建物が、低く見えるほどだ。

 そして道を行きかうのは馬車ではなく、車と呼ばれる乗り物だった。地球の車と違い、円盤形で上部はガラス張りになっている。
 帝都ネーデルとその周辺地域だけで使われている、大型の魔法道具である。
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