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98.それでもムダイなら

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 もう一度、ノムルはムダイを瞳に映す。
 ツクヨ国は、滞在できる時間が決まっている。国の取り決めなどという交渉次第で変えられる理由ではなく、三日以上の逗留をすると、なぜか命を落としてしまう者が頻出するのだ。
 原因は解明されていないが、毒が蔓延しているのではないかと推察されていた。

 それでもムダイならきっと、問題ないだろう。たぶん、この男は毒程度では死なない。魔ムッセリー草の毒水シャワーを浴びても、きっと生きている。
 そんな確信を、ノムルは持っていた。

 一方、樹人の幼木はどうだろう? と、ノムルは視線を移す。
 魔物ではあるがまだ幼く、弱弱しい幹や枝をしている。ツクヨ国の毒が樹人にも効くのか分からないが、防ぎきれるとも言いきれない。
 なにせツクヨ国には、魔物さえ生息していないのだ。

 国土の多くを占める岩石地帯には、アンデッド系の魔物が彷徨うばかりで、生者は存在しないと言われている。
 国と呼ばれてはいるが、国の体はなしていない。別名を死者の国と呼ばれる、無人の地である。

「ムダイ、俺の依頼を受けてくれないか?」

 ぱっと顔を向けてきたムダイの目が、きらきらと輝いている。気のせいかもしれないが、頭に犬の耳が見え、背後で犬のしっぽがぶんぶんと、ちぎれんばかりに振られている幻が見えた。

「いいですよ。ノムルさんのお願いなら、いつでも大歓迎です。今まで困らせてしまっていたらしいので、お詫びもしたいですし。遠慮なく言ってください」

 まだ内容は一言も説明していないのに、快諾された。どうせこの男に達成できない依頼などないのだから、とやかく言う気にもならなかったが。

「マロン山でエーデルの花とワイス苔、それにポポポの実。さらに北にあるツクヨ国で、マンジュ草とロクザの実を取ってきてほしい。草花や苔は土ごと植木鉢に入れて、実は……」

 と、そこまで言ってユキノを見る。
 実を採取した後の鮮度については、まだ調べていなかった。最低でも食べられる程度の新鮮さは必要だろうが、萎れただけで吸収できなくなることを考えると、それでは遅いかもしれない。
 もし大丈夫だとしても、一か月以上も鮮度を保持することは難しい。

 視線は自然と樹人の枝葉に向かう。
 マンドラゴラに聞けば分かるかもしれないが、今ここで姿をさらさせることは危険すぎる。
 ムダイの目は、完全に誤魔化せるとほど甘くはない。

「明日発つんだな?」
「はい」
「だったら今夜、詳しい依頼書をギルドに渡しておくから」
「あ、僕はこの世界の文字は読めませんから」

 解決策は早々に棄却された。

「腐らないように、新鮮な状態で持ち帰る必要があるということですか?」
「まあそんなところだ」
「だったら、雪や氷を詰めた箱の中に入れるか、時間を止める魔法を使ったらどうでしょう?」

 悩むノムルに解決策を提示したのは、意外なことにムダイだった。

「確かに射保存時間は長くなるかもしれないけど、それで大丈夫なのか? それよりお前は魔法を使えないだろう?」
「ノムルさんが魔法道具を作ってくれれば問題ないですよ。拡張と時間停止の魔法が付いた袋か鞄を、エンが欲しがっていたんです」

 協力的というよりも、単純に自分の欲望に忠実なだけだったようだ。

 先ほどからちょくちょく出てくるエンという人物は誰のことかと気にはなったが、単独行動で高ランクに到達する冒険者は珍しい。
 だから彼もソロに見えて、補佐する人物がいたのだろうと一人納得した。
 もっとちゃんと手綱を握っておけと、心の中で毒づきながら。

「分かった。今夜中に用意しておこう。冒険者ギルドに預けておけばいいな?」
「ええ? 僕の泊まっているホテルを紹介しますから、一緒に遊びましょうよ」
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