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120.折れて先が無くなった枝を

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 小枝はともかく、腕代わりの枝が蹴り飛ばされたことで、興奮も冷めたようだ。
 ノムルとユキノを追いかけることを止めて、折れて先が無くなった枝を、じいっと見つめている。

『ヒイーメエエエエー……』

 悲しげな声に、ユキノが微かに葉をしおらせたが、ぎゅっと小枝を握りしめて古老の樹人を睨み上げた。

「おとーさんを傷つけないでください!」
『ヒィーメエェェ……』

 ユキノにびしりと叱られて、古老の樹人は葉を萎れさせ、肩を落とすように枝を下げる。
 とりあえず、攻撃は収まったようだと判断したノムルは足を止める。

「ところで、さっきから『姫』って呼ばれてないか?」

 気になっていたことをユキノに聞いてみると、ぴくりと幹を震わせてから、顔を逸らされた。葉は赤く紅葉している。

「は? お前、樹人の姫だったのか? ……樹人の姫? そんなものがいたのか? ちょっと詳しく説明しろ」
「あ、あのですね、たぶん、間違いなく、樹人違いだと思うのですが」
「その設定で良いから、説明しろ」

 しどろもどろになっているユキノを落ち着かせながら、ノムルは状況の把握に努めた。

「ええっとですね、私が言ったわけじゃありませんからね。そのまま伝えるだけですからね?」
「分かったから、話を進めてくれ」

 念入りに念には念を入れるユキノに、ノムルは続きを促がす。

「あちらのお爺さんが仰るには、『姫の気配を感じたので会いに行こうとしたら、若い樹人や動物たちに止められて、仕方ないから迎えに行ってもらった』そうです」

 ユキノは真っ赤に紅葉したまま俯いて、もじもじしている。
 確かめるようにノムルは首を回して周囲を窺う。古老の樹人も取り囲んでいる樹人たちも、揃ってしきりに頷いてみせた。

「つまり、こいつは樹人のお姫様で、お前たちはこいつを迎えに来たってことか?」

 問うたノムルに、樹人たちは大きく頷いた。バッサーと葉が落ちて、辺りは色取り取りの絨毯が敷き詰められていく。
 絨毯どころか小高い丘ができそうな勢いだが。

 ノムルは風魔法で帽子やローブに積った落ち葉を落とし、埋もれた足を引き抜く。面倒だが放っておくと、完全に埋まりかねない。
 ちりりと胸を焼くような痛みが走るが、ノムルは気付かないふりをして質問を続ける。

「樹人の姫ってのは何だ?」

 目の前にそびえる古老の樹人が、樹人の王だというだけならば理解できる。行動は残念だが、王と呼ばれても納得できるだけの、巨体と威厳を備えている。
 しかしユキノが姫というのが理解できなかった。

 単純に考えれば古老の樹人の娘に当たる存在かと思えるが、それは違うとノムルは推測する。
 ユキノは人間の言葉を喋る。そして薬草を求めて一人で旅をしていた。

 どれをとっても樹人の生態から外れている。そして何より、古老の樹人さえも人間の言葉は操れていない。
 つまり、ここにいる樹人たちよりも、ユキノは上位の存在なのだ。

 古老の樹人は風音を響かせ、語りかける。話を聞いているらしきユキノは、時間の経過と共にふるふると震えだし、項垂れてしまった。

「……嫌です。拒否は出来ないのですか?」

 小枝を握りしめ、ユキノは古老の樹人に頭を左右に振って拒絶を示す。
 静かに経過を見ていたノムルの心は、雷雲が立ち込め、吹き荒れるようだ。何を言われたのか聞き出し、ユキノにこんな表情をさせる原因を排除したいと思った。

 古老の樹人は困ったように顔の形をした洞の目をハの字に下げると、もう一度、咆哮を上げた。

「おお! それは僥倖です。もう少し詳しく教えていただけますか?」

 安心したように元気を取り戻したユキノに、古老の樹人は少し困ったような顔をしながら、続けざまに咆哮を上げる。

「ふむふむ、なるほど。了解しました。ありがとうございます」

 ユキノは丁寧にお辞儀した。
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