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22.王都に来た翌日から
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領地で放置されていたアルテミスは、高位貴族の令嬢としての嗜みを、ほとんど身に付けていなかった。
裁縫などの庶民も行うことは、領民や領地の使用人たちにから教えられていたが、社交ダンスや音楽、美術、詞、それにチェスや歴史談義、異国語に宗教学などと、手を付けていなかったものや、独学で学んでいたものが多々あった。
それらを王都に来た翌日から、怒涛の如く詰め込まれていったのだ。時には鞭も飛び、厳しく躾けられていく。
本来ならば幼い頃から数年を掛けて学ぶべきことを、アルテミスは春までにものにするようにと父から命じられ、叩き込まれる。
朝は日が昇る前から始まり、夜は日が暮れてからも続く教育に、歯を食いしばって耐えた。
睡眠時間は削られ、食も細くなり、健康的だったアルテミスの姿は日に日にやせ衰え、憔悴していく。けれど、そのことを気遣う者はいない。
憧れだった王都の街を歩くことも、オライオンに会いに行くこともできず、アルテミスはなぜ王都に来てしまったのかと、誰にも気づかれぬよう一人枕を濡らした。
春が来て、家庭教師たちから人前に出しても問題ないと許可が下りる頃には、アルテミスはすっかり太陽のような笑顔を失っていた。
そしてその日、家庭教師は彼女の部屋を訪れることはなく、代わりに父母の命令に忠実な使用人たちによって、着飾られた。
今までアルテミスに与えられることのなかった、淡い桜色のドレスにはレースや刺繍が施され、侯爵家の令嬢として十分な装いだった。
父母から聞かされているのか、不似合いな茶色の石が付いたペンダントは外されることなく、ドレスの下に隠される。咽元まで隠れる露出の少ないデザインは、このためだったのだろう。
「そうやって着飾って大人しくしていれば、見れないこともないか」
「酷いですね、お父様。素直に可愛らしいと言ってあげればいいのに」
頭の上から足元まで、まるで物を鑑定するかのように鋭い目を流したディオスに、アポロンは呆れたように笑う。
「今日は僕がエスコートするから、心配しないで。さあ、行こう。僕のお姫様」
アポロンが差し出す手に、白い長手袋をに包んだ手を乗せる。
「余計なことは話すな。教師たちに教えられたとおりに淑女として振る舞え。いいな!」
口角泡を飛ばす勢いで念を入れるディオスの隣では、母イシスが冷たい眼差しでアルテミスを睨んでいた。
口元を隠す扇が小さく震え、握りしめる手は白くなっている。もう少しすれば、ミシリと音を立てて折れそうだ。
引っかかるものもあったが、王都に来て初めての外出だ。しかも自分の装いを見れば、他の貴族たちもいる場所へ連れていかれるのだろうと、アルテミスも何となく理解している。
父母は田舎暮らしを続けていて、王都に出てきたことのない娘を心配しているのだろうと疑問に蓋をして、アルテミスは兄に手を引かれるまま馬車に乗り込んだ。
「ああ、やっぱりアルテミスは美しいね。地味な格好をしていても美しかったけれど、着飾るとまるで聖女か女神のようだ。こんなことを言ったら、女神様が嫉妬をしてしまうだろうか?」
王都の石畳の上を走る馬車の中で、アポロンは笑顔を絶やすことなく、まるで口説き文句のような言葉を紡ぎ続けた。
「お兄様の方が、お美しいですわ。きっとおもてになるのでしょう?」
茶色の髪と目のアルテミスに対して、兄は金色の髪に緑の瞳を持つ。顔立ちも中性的で整っていて、窓から外を眺める姿は、それだけで一枚の絵画か彫刻のようだ。
実際に何人もの芸術家たちから、モデルになってもらいたいと問い合わせが寄せられているらしい。
くすくすと笑いながら返すように言えば、アポロンは微かに眉を寄せて肩を竦める。
「煩い女は苦手だよ。女は物静かで従順じゃないと」
それを自分の前で言うのかと、アルテミスの口の端がひくりと僅かに動いた。
裁縫などの庶民も行うことは、領民や領地の使用人たちにから教えられていたが、社交ダンスや音楽、美術、詞、それにチェスや歴史談義、異国語に宗教学などと、手を付けていなかったものや、独学で学んでいたものが多々あった。
それらを王都に来た翌日から、怒涛の如く詰め込まれていったのだ。時には鞭も飛び、厳しく躾けられていく。
本来ならば幼い頃から数年を掛けて学ぶべきことを、アルテミスは春までにものにするようにと父から命じられ、叩き込まれる。
朝は日が昇る前から始まり、夜は日が暮れてからも続く教育に、歯を食いしばって耐えた。
睡眠時間は削られ、食も細くなり、健康的だったアルテミスの姿は日に日にやせ衰え、憔悴していく。けれど、そのことを気遣う者はいない。
憧れだった王都の街を歩くことも、オライオンに会いに行くこともできず、アルテミスはなぜ王都に来てしまったのかと、誰にも気づかれぬよう一人枕を濡らした。
春が来て、家庭教師たちから人前に出しても問題ないと許可が下りる頃には、アルテミスはすっかり太陽のような笑顔を失っていた。
そしてその日、家庭教師は彼女の部屋を訪れることはなく、代わりに父母の命令に忠実な使用人たちによって、着飾られた。
今までアルテミスに与えられることのなかった、淡い桜色のドレスにはレースや刺繍が施され、侯爵家の令嬢として十分な装いだった。
父母から聞かされているのか、不似合いな茶色の石が付いたペンダントは外されることなく、ドレスの下に隠される。咽元まで隠れる露出の少ないデザインは、このためだったのだろう。
「そうやって着飾って大人しくしていれば、見れないこともないか」
「酷いですね、お父様。素直に可愛らしいと言ってあげればいいのに」
頭の上から足元まで、まるで物を鑑定するかのように鋭い目を流したディオスに、アポロンは呆れたように笑う。
「今日は僕がエスコートするから、心配しないで。さあ、行こう。僕のお姫様」
アポロンが差し出す手に、白い長手袋をに包んだ手を乗せる。
「余計なことは話すな。教師たちに教えられたとおりに淑女として振る舞え。いいな!」
口角泡を飛ばす勢いで念を入れるディオスの隣では、母イシスが冷たい眼差しでアルテミスを睨んでいた。
口元を隠す扇が小さく震え、握りしめる手は白くなっている。もう少しすれば、ミシリと音を立てて折れそうだ。
引っかかるものもあったが、王都に来て初めての外出だ。しかも自分の装いを見れば、他の貴族たちもいる場所へ連れていかれるのだろうと、アルテミスも何となく理解している。
父母は田舎暮らしを続けていて、王都に出てきたことのない娘を心配しているのだろうと疑問に蓋をして、アルテミスは兄に手を引かれるまま馬車に乗り込んだ。
「ああ、やっぱりアルテミスは美しいね。地味な格好をしていても美しかったけれど、着飾るとまるで聖女か女神のようだ。こんなことを言ったら、女神様が嫉妬をしてしまうだろうか?」
王都の石畳の上を走る馬車の中で、アポロンは笑顔を絶やすことなく、まるで口説き文句のような言葉を紡ぎ続けた。
「お兄様の方が、お美しいですわ。きっとおもてになるのでしょう?」
茶色の髪と目のアルテミスに対して、兄は金色の髪に緑の瞳を持つ。顔立ちも中性的で整っていて、窓から外を眺める姿は、それだけで一枚の絵画か彫刻のようだ。
実際に何人もの芸術家たちから、モデルになってもらいたいと問い合わせが寄せられているらしい。
くすくすと笑いながら返すように言えば、アポロンは微かに眉を寄せて肩を竦める。
「煩い女は苦手だよ。女は物静かで従順じゃないと」
それを自分の前で言うのかと、アルテミスの口の端がひくりと僅かに動いた。
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