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05.もしかして、先日お父様が
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「もしかして、先日お父様がこちらにお出でになられました? ドレスを買っていかれたのではないですか?」
「え? ええ。そうです」
腕がない娘なんて珍しいから憶えていたのだろうか? そのことに気付くと恥ずかしくなって、意気揚々としていた気分が萎んでいく。
けれど店員は眩しい笑顔で私の予想とは違う答えを告げた。
「この辺りは貴族も来ますけれど、客層の中心は平民ですからね。ドレスはめったに売れないんですよ」
腕がないことよりも、ドレスを買ったということの方が珍しかったようだ。
それにしても、あんなに美しいドレスがあまり売れないということがあるのだろうか? 皇太子妃様もご愛用しているというのに。
「今日もドレスですか? それとも普段着を?」
「普段着をお願いしようと思いまして。ドレスも見たかったのですけれど」
「ではこちらへどうぞ。あ、女性に対応させた方がよろしいですか?」
「大丈夫です」
未婚の貴族女性が男性と親しくすることは好まれないけれど、彼は店員だ。そこまで厳しく言われることはない。
「良かったです。うちは基本、俺しかいないから、女性でなければということでしたら、少しお待ちして頂くことになるので」
物腰柔らかな彼にエスコートされて、私は店の奥へと案内された。貴族の娘が着てもおかしくないデザインと質の服が並んでいて、客の数も少ない。
不思議に思ってきょろきょろと見ていると、店員の男性がくすりと笑う。まるで子猫でも見つけたような優しい笑顔だ。恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。
屋敷に籠っていたから気付かなかったけれど、どうやら私は面食いなのかもしれない。
「この辺りの服は平民には少しお高めですからね。特別な日のために買うこともありますけれど」
服にも貴族と平民で違いは出る。普通は店ごとに客層が分かれていて、一つの店で平民用も貴族用も売ることはないのだけれど。
「だからこのお店ではドレスが売れないのですね」
幾ら聖女様のお店といっても、貴族が平民向けのこの店に足を運ぶことはないだろう。思い至って思わず口にしてしまい、慌てて口元を押さえる。お店に対して失礼な発言だ。
そろりと店員の顔を窺うと、彼はくすりと小さく笑う。どうやら気分を害してはいないと胸を撫で下ろす。
「そうですね。貴族の方は直接ローズマリナ様にお願いすることが多いようですから」
やっぱりそうなのだ。
でも聖女様に伝手などない私としては、この店の存在はありがたい。
「お好きな色とかデザインはありますか? 抽象的なイメージでも構いませんよ? お任せしてくだされば僭越ながら俺が選ばせて頂きますけれど」
私の視線は自然と左腕に落ちる。
好みのデザインなんて考えたこともない。綺麗なドレスに憧れる気持ちはあったけれど、何を着ても野暮ったくなるこの腕だから、いつの間にかお洒落なんて諦めていた。
答えられずにいると、彼は数着の服を選んで掲げる。
「これなんてよく似合うと思いますよ。俺の趣味で恐縮ですが。こちらは少し大人の雰囲気で」
姿見の前に立たされて体の前に服を当ててみる。どれも左腕が気にならないデザインだ。そして可愛い。
こんな服が似合うんだって意外に思うデザインの服もあった。でも出してもらった服は、どれも私に似合っていると思う。
驚いたり頬を緩めたりして確かめていると、いつの間にか別の服が用意されている。最初に見た服も素敵だったけれど、どんどん素敵な服になっていくのが分かる。
「これがいいわね。でも、さっきの服も捨てがたいわ。ああ、これも!」
途中からは用意された全て捨てがたくなって、思った以上の枚数をお願いしていた。
服のデザインがどれも素敵なのはもちろんだけど、店員の彼のセンスがいいのも大きな理由だと思う。実際に合わせてみたり私の表情を見て、私の好みに合った服を選んでくれているのだろう。
だから思い切って聞いてみた。
「あ、あの、男性から見て一番かわいく見える服はどれかしら?」
「お嬢様なら何を着ても可愛らしいと思いますけれど。そうですね。相手の男性がどのような服を好まれるかお伺いしてもよろしいですか? 趣味や性格などを教えてくださるのでも構いません」
問われて困ってしまう。マグレーン様の趣味なんて知らない。
「趣味や性格などが関係あるのですか?」
「たとえばお嬢様はふわっとした服をお好みでしたけれど、こういったデザインの服を好む女性もいるんです」
そう言って彼が手にしたのは、真っ赤な色の煽情的な服だった。そんな服を着るなんて私にはできそうもない。想像しただけでも恥ずかしくて身もだえしそうだ。
くすりと悪戯っぽく笑って服をしまう彼に、抗議するように頬を膨らませてしまう。
「すみません。でも男の気を引くなら、相手の好みに合わせたほうが効果的ですからね」
確かにその通りだ。納得した私は怒りを鎮める。
私が彼のことで知っていることはどんなことだろう?
「え? ええ。そうです」
腕がない娘なんて珍しいから憶えていたのだろうか? そのことに気付くと恥ずかしくなって、意気揚々としていた気分が萎んでいく。
けれど店員は眩しい笑顔で私の予想とは違う答えを告げた。
「この辺りは貴族も来ますけれど、客層の中心は平民ですからね。ドレスはめったに売れないんですよ」
腕がないことよりも、ドレスを買ったということの方が珍しかったようだ。
それにしても、あんなに美しいドレスがあまり売れないということがあるのだろうか? 皇太子妃様もご愛用しているというのに。
「今日もドレスですか? それとも普段着を?」
「普段着をお願いしようと思いまして。ドレスも見たかったのですけれど」
「ではこちらへどうぞ。あ、女性に対応させた方がよろしいですか?」
「大丈夫です」
未婚の貴族女性が男性と親しくすることは好まれないけれど、彼は店員だ。そこまで厳しく言われることはない。
「良かったです。うちは基本、俺しかいないから、女性でなければということでしたら、少しお待ちして頂くことになるので」
物腰柔らかな彼にエスコートされて、私は店の奥へと案内された。貴族の娘が着てもおかしくないデザインと質の服が並んでいて、客の数も少ない。
不思議に思ってきょろきょろと見ていると、店員の男性がくすりと笑う。まるで子猫でも見つけたような優しい笑顔だ。恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。
屋敷に籠っていたから気付かなかったけれど、どうやら私は面食いなのかもしれない。
「この辺りの服は平民には少しお高めですからね。特別な日のために買うこともありますけれど」
服にも貴族と平民で違いは出る。普通は店ごとに客層が分かれていて、一つの店で平民用も貴族用も売ることはないのだけれど。
「だからこのお店ではドレスが売れないのですね」
幾ら聖女様のお店といっても、貴族が平民向けのこの店に足を運ぶことはないだろう。思い至って思わず口にしてしまい、慌てて口元を押さえる。お店に対して失礼な発言だ。
そろりと店員の顔を窺うと、彼はくすりと小さく笑う。どうやら気分を害してはいないと胸を撫で下ろす。
「そうですね。貴族の方は直接ローズマリナ様にお願いすることが多いようですから」
やっぱりそうなのだ。
でも聖女様に伝手などない私としては、この店の存在はありがたい。
「お好きな色とかデザインはありますか? 抽象的なイメージでも構いませんよ? お任せしてくだされば僭越ながら俺が選ばせて頂きますけれど」
私の視線は自然と左腕に落ちる。
好みのデザインなんて考えたこともない。綺麗なドレスに憧れる気持ちはあったけれど、何を着ても野暮ったくなるこの腕だから、いつの間にかお洒落なんて諦めていた。
答えられずにいると、彼は数着の服を選んで掲げる。
「これなんてよく似合うと思いますよ。俺の趣味で恐縮ですが。こちらは少し大人の雰囲気で」
姿見の前に立たされて体の前に服を当ててみる。どれも左腕が気にならないデザインだ。そして可愛い。
こんな服が似合うんだって意外に思うデザインの服もあった。でも出してもらった服は、どれも私に似合っていると思う。
驚いたり頬を緩めたりして確かめていると、いつの間にか別の服が用意されている。最初に見た服も素敵だったけれど、どんどん素敵な服になっていくのが分かる。
「これがいいわね。でも、さっきの服も捨てがたいわ。ああ、これも!」
途中からは用意された全て捨てがたくなって、思った以上の枚数をお願いしていた。
服のデザインがどれも素敵なのはもちろんだけど、店員の彼のセンスがいいのも大きな理由だと思う。実際に合わせてみたり私の表情を見て、私の好みに合った服を選んでくれているのだろう。
だから思い切って聞いてみた。
「あ、あの、男性から見て一番かわいく見える服はどれかしら?」
「お嬢様なら何を着ても可愛らしいと思いますけれど。そうですね。相手の男性がどのような服を好まれるかお伺いしてもよろしいですか? 趣味や性格などを教えてくださるのでも構いません」
問われて困ってしまう。マグレーン様の趣味なんて知らない。
「趣味や性格などが関係あるのですか?」
「たとえばお嬢様はふわっとした服をお好みでしたけれど、こういったデザインの服を好む女性もいるんです」
そう言って彼が手にしたのは、真っ赤な色の煽情的な服だった。そんな服を着るなんて私にはできそうもない。想像しただけでも恥ずかしくて身もだえしそうだ。
くすりと悪戯っぽく笑って服をしまう彼に、抗議するように頬を膨らませてしまう。
「すみません。でも男の気を引くなら、相手の好みに合わせたほうが効果的ですからね」
確かにその通りだ。納得した私は怒りを鎮める。
私が彼のことで知っていることはどんなことだろう?
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