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11.さすがはローズマリナ様
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「さすがはローズマリナ様。今度のドレスも素敵だね。早くマーちゃんに着せてあげたい」
マグレーン様の声を聞いて足が止まる。慌てて壁に体を寄せて身を隠した。
研究室でもその名前を聞いた。親しそうに甘える声でマグレーン様はその名前を呼んでいたのだ。
「最近忙しいんだろ? 大丈夫なのか?」
「それなんだよな。スターベルが手伝いにきてくれるんだけど、やっぱりマーちゃんの負担が大きくて。値段を上げても平民にしわ寄せが行くだけで、金のある貴族はあるだけ寄越せって感じなんだよ。もう処方するのやめようかなって思わないでもないんだけど」
「マーちゃんの性格だと、放っておけないってとこか」
「そうなんだよ。止めると隠れて作ろうとするから余計に心配で。優しいところは彼女の美点だけど、無理して体を壊したらどうしよう」
落ち込むマグレーン様は、フレックさんに励まされて店を後にした。
ショックを受けた私は動けない。カレットが心配そうに私を見ているのに気付いて笑顔を浮かべようとしたけれど、頬が強張って失敗した。
「ごめんな、嫌な話を聞かせて」
びくりと肩が震える。いつの間にかフレック様がすぐ近くまで来ていた。
数歩先の場所でマグレーン様と話していたのだから、彼が帰れば戻ってくるのは当たり前なのに、思考が真っ白になっていた私は動揺してしまう。
「あ、あの、マーチャンさんというのは?」
プライベートに立ちいるなんてはしたない。それもマグレーン様本人に問うのではなく、彼の知り合いから情報を得ようとするなんて。
そう自己嫌悪するのに、それでも知りたかった。
「マグレーンの彼女」
はっきりと言葉にされて、頭を殴られたような衝撃を受ける。
あれだけ素敵な方なのだ。女性の影がないほうがおかしいと分かっていたのに。それでも諦めきれなかった私は、質問を重ねる。
「婚約者はいないと伺っていました」
「いないよ?」
「ドレスを贈る仲なのに? もうすぐ婚約するということでしょうか?」
声に棘を含ませて責めるように問う私をカレットが諌めるけれど、止まらない。
フレックさんもマグレーン様も悪くない。私が勝手にマグレーン様を好きになってしまっただけだ。なのに裏切られたかのようなショックを受けていた。
だって、初めて好きになった人なのだ。
私の腕を見ても驚くことなく助けれくれた。本物と見紛う腕をくれた。まるで夜を司る精霊のように美しい人。
こんなにも素敵な人を、好きにならずにいられるはずがない。
涙が頬を伝い、零れ落ちる。
「とりあえず、座りましょうか」
八つ当たりをしたのに気を悪くすることなく、フレックさんは私を椅子に導きお茶を入れてくれた。白い花が浮かぶ甘いお茶。
飲んでいると少しずつ気持ちが落ち着いてくる。それを見計らったようにフレックさんは話し出した。
「彼女――マーちゃんは人間ではありません」
「え?」
驚いて彼の顔をまじまじと見つめてしまう。カレットのほうに視線を向けると、彼女も唖然とした表情でフレックさんを見ていた。
「大陸は長い間、人間が支配していましたからね。同じ人間である魔法使いに対しても差別があった過去を考えれば、他の種族に対して人間がどのような扱いをしてきたかは想像できるのでは?」
帝国では魔法使いは希少な存在として尊重されている。けれど三十年ほど前までは、魔法使いたちは大陸中でひどい差別を受けていたと歴史の授業で習った。
魔法使いには魔王の血が流れているのだと思われていたそうだ。実際、数年前に魔王が復活した時は多くの魔法使いが魔王に下り、魔法使いに再び警戒の目を向けるようになった国もある。
同じ人間でさえこの有り様だ。もしも人間以外の種族が存在したらどうなるか。
「でも、人間以外の人として認められる種族なんていませんよね?」
空想の話が聞きたいわけではない。わずかな不快感を込めて言うと、フレックさんは苦笑いを浮かべる。
「ポーカンに行けば、人魚に会えるそうですよ?」
帝国最南端にあるポーカンは、貴族の別荘地として人気の町だ。その理由の一つとして、フレックさんが言った通り、運が良ければ人魚の姿を見ることができるという特色がある。
けれど人魚と人間は違う。人魚は人と意思の疎通ができず、機嫌を損ねれば災害をもたらすという。魔物よりは大人しいけれど、人よりは魔物に近い存在だ。
そう反論すると、フレックさんは眉尻を下げて私を残念そうに見た。
「人魚は人間と同程度の知能があります。意思の疎通も可能だ。ただ人間とは文化が違うから、交易が成り立たないだけです。彼らには人間が使う通貨など、ただの紙切れや鉱石に過ぎない」
「通貨の価値が分からないということは、それだけの知能しかないということではありませんか?」
犬や馬だって多少の知識はある。人間が言ったことを理解して行動に移すこともできる。でもそれで人間と同等の知能があるとは言えない。
だというのに、フレックさんは私を憐れむように見ながら、ゆるりと首を横に振った。
----------------------------------------------------------------
とある南の海にて。
「人間が言うには、人魚は美人や美形が多いんだって」
「ほおう。つまりは俺のような人魚だな!」
「マイワシは人気だものね!」
ムキムキマッチョポーズをとる人魚マイワシ。その肉体美を見て、人魚たちは納得するのだった。
一方、ムキムキマッチョ人魚グッズを土産屋で見つけた人間たち。
「なんでムキムキマッチョの人魚だらけなんだ?」
「人魚って綺麗な女の子に魚の尾びれなんじゃないのか?」
自分たちが抱いている人魚のイメージがおかしいのか、この地域の人間たちの美意識がおかしいのか、苦悩するのだった。
でもお土産として買っていく。
鮭を咥えた熊が人気なのと同じ感覚。たぶん。そして売れるので追加発注される。エンドレス。
マグレーン様の声を聞いて足が止まる。慌てて壁に体を寄せて身を隠した。
研究室でもその名前を聞いた。親しそうに甘える声でマグレーン様はその名前を呼んでいたのだ。
「最近忙しいんだろ? 大丈夫なのか?」
「それなんだよな。スターベルが手伝いにきてくれるんだけど、やっぱりマーちゃんの負担が大きくて。値段を上げても平民にしわ寄せが行くだけで、金のある貴族はあるだけ寄越せって感じなんだよ。もう処方するのやめようかなって思わないでもないんだけど」
「マーちゃんの性格だと、放っておけないってとこか」
「そうなんだよ。止めると隠れて作ろうとするから余計に心配で。優しいところは彼女の美点だけど、無理して体を壊したらどうしよう」
落ち込むマグレーン様は、フレックさんに励まされて店を後にした。
ショックを受けた私は動けない。カレットが心配そうに私を見ているのに気付いて笑顔を浮かべようとしたけれど、頬が強張って失敗した。
「ごめんな、嫌な話を聞かせて」
びくりと肩が震える。いつの間にかフレック様がすぐ近くまで来ていた。
数歩先の場所でマグレーン様と話していたのだから、彼が帰れば戻ってくるのは当たり前なのに、思考が真っ白になっていた私は動揺してしまう。
「あ、あの、マーチャンさんというのは?」
プライベートに立ちいるなんてはしたない。それもマグレーン様本人に問うのではなく、彼の知り合いから情報を得ようとするなんて。
そう自己嫌悪するのに、それでも知りたかった。
「マグレーンの彼女」
はっきりと言葉にされて、頭を殴られたような衝撃を受ける。
あれだけ素敵な方なのだ。女性の影がないほうがおかしいと分かっていたのに。それでも諦めきれなかった私は、質問を重ねる。
「婚約者はいないと伺っていました」
「いないよ?」
「ドレスを贈る仲なのに? もうすぐ婚約するということでしょうか?」
声に棘を含ませて責めるように問う私をカレットが諌めるけれど、止まらない。
フレックさんもマグレーン様も悪くない。私が勝手にマグレーン様を好きになってしまっただけだ。なのに裏切られたかのようなショックを受けていた。
だって、初めて好きになった人なのだ。
私の腕を見ても驚くことなく助けれくれた。本物と見紛う腕をくれた。まるで夜を司る精霊のように美しい人。
こんなにも素敵な人を、好きにならずにいられるはずがない。
涙が頬を伝い、零れ落ちる。
「とりあえず、座りましょうか」
八つ当たりをしたのに気を悪くすることなく、フレックさんは私を椅子に導きお茶を入れてくれた。白い花が浮かぶ甘いお茶。
飲んでいると少しずつ気持ちが落ち着いてくる。それを見計らったようにフレックさんは話し出した。
「彼女――マーちゃんは人間ではありません」
「え?」
驚いて彼の顔をまじまじと見つめてしまう。カレットのほうに視線を向けると、彼女も唖然とした表情でフレックさんを見ていた。
「大陸は長い間、人間が支配していましたからね。同じ人間である魔法使いに対しても差別があった過去を考えれば、他の種族に対して人間がどのような扱いをしてきたかは想像できるのでは?」
帝国では魔法使いは希少な存在として尊重されている。けれど三十年ほど前までは、魔法使いたちは大陸中でひどい差別を受けていたと歴史の授業で習った。
魔法使いには魔王の血が流れているのだと思われていたそうだ。実際、数年前に魔王が復活した時は多くの魔法使いが魔王に下り、魔法使いに再び警戒の目を向けるようになった国もある。
同じ人間でさえこの有り様だ。もしも人間以外の種族が存在したらどうなるか。
「でも、人間以外の人として認められる種族なんていませんよね?」
空想の話が聞きたいわけではない。わずかな不快感を込めて言うと、フレックさんは苦笑いを浮かべる。
「ポーカンに行けば、人魚に会えるそうですよ?」
帝国最南端にあるポーカンは、貴族の別荘地として人気の町だ。その理由の一つとして、フレックさんが言った通り、運が良ければ人魚の姿を見ることができるという特色がある。
けれど人魚と人間は違う。人魚は人と意思の疎通ができず、機嫌を損ねれば災害をもたらすという。魔物よりは大人しいけれど、人よりは魔物に近い存在だ。
そう反論すると、フレックさんは眉尻を下げて私を残念そうに見た。
「人魚は人間と同程度の知能があります。意思の疎通も可能だ。ただ人間とは文化が違うから、交易が成り立たないだけです。彼らには人間が使う通貨など、ただの紙切れや鉱石に過ぎない」
「通貨の価値が分からないということは、それだけの知能しかないということではありませんか?」
犬や馬だって多少の知識はある。人間が言ったことを理解して行動に移すこともできる。でもそれで人間と同等の知能があるとは言えない。
だというのに、フレックさんは私を憐れむように見ながら、ゆるりと首を横に振った。
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とある南の海にて。
「人間が言うには、人魚は美人や美形が多いんだって」
「ほおう。つまりは俺のような人魚だな!」
「マイワシは人気だものね!」
ムキムキマッチョポーズをとる人魚マイワシ。その肉体美を見て、人魚たちは納得するのだった。
一方、ムキムキマッチョ人魚グッズを土産屋で見つけた人間たち。
「なんでムキムキマッチョの人魚だらけなんだ?」
「人魚って綺麗な女の子に魚の尾びれなんじゃないのか?」
自分たちが抱いている人魚のイメージがおかしいのか、この地域の人間たちの美意識がおかしいのか、苦悩するのだった。
でもお土産として買っていく。
鮭を咥えた熊が人気なのと同じ感覚。たぶん。そして売れるので追加発注される。エンドレス。
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