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16.だけどマグレーン様の表情は
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だけどマグレーン様の表情は、解れるどころかどんどん厳しくなる。態度もあからさまに私を邪険に扱うようになってしまった。
「マグレーン様、お弁当を持ってきました。私が作ったんですよ。食べてください」
料理人に教えてもらいながら作った、手作りのお弁当。男性を落とすには胃袋を掴むと良いと聞いたから頑張ったのだ。と言っても、ほとんど料理人が作ったのだけど。
でもマンドラゴラには用意できない。これでマグレーン様も人間の女性の良さに気付いてくれるはず。
「不要です。用がないのなら来ないでくださいとお伝えしたはずです」
素っ気ない態度に挫けそうになるけれど、諦めたりはしない。
「そんなこと仰らないでください。一口だけでもいいですから。きっと気に入ってくれますよ」
お弁当を広げるため、テーブルの上を片付けようとして、着飾られたマンドラゴラが目に入った。
ちょうどマグレーン様が座るソファの前だ。私が来る前に、このマンドラゴラに愛を囁いていたのだろうか。ちくりと胸に棘が刺さる。相手はただの植物なのに。
気持ちを切り替えて、マンドラゴラを退けるため手を伸ばす。
「わー!?」
どこか焦ったような、小さな声が聞こえた。その直後、私の手を冷たい何かが弾く。
「きゃあっ!?」
「パフィー様!?」
悲鳴を上げた私を心配してカレットが駆け寄ってきた。手を押さえる私を見て、慌ててその手を確認してくれる。
「怪我はないようですね。このマンドラゴラですか?」
眉を吊り上げたカレットがマンドラゴラに手を伸ばした時だった。
「きゃあっ!?」
私たち二人は揃って悲鳴を上げた。どこからともなく水の壁が現れて、私たちを取り囲んだのだ。
「出て行ってください。二度と私の前に顔を見せないでください」
水の壁の向こうから、マグレーン様の声が聞こえる。それと同時に、扉へと続く一本の道ができた。
「待ってください、マグレーン様!」
「帰りましょう、お嬢様。――けれどマグレーン様、お嬢様に対するこのような暴力。きっちりと旦那様に報告させていただきますのでご覚悟くださいませ」
マグレーン様に縋ろうとする私を、カレットの厳しい声が窘める。
「カレット!?」
そんな脅すようなことを言ったら、ますますマグレーン様に嫌われてしまう。そう思った矢先、
「どうぞご自由に」
と、怒りを押し殺したようなマグレーン様の低い声が届いた。ショックで心が凍り付いてしまう。
「待ってください、マグレーン様。話を聞いてください! きゃっ!?」
「お嬢様!?」
水ならば潜り抜ければと思って手を伸ばしたら、弾かれてしまった。ただの水ではないのかもしれない。
赤くなった指先をカレットが心配そうに見つめ、ハンカチを巻いてくれた。
「帰りましょう、お嬢様」
「でも……」
このまま帰ったら、もう会えなくなってしまう気がする。研究室に入れてくれなくなるのではないかしら。
だけどマグレーン様と私の間に立ちふさがる壁が徐々に迫ってきて、私は廊下に出るしかなかった。
押し出されるようにして研究室から出ると、扉が勝手に閉まる。
「マグレーン様」
その後、閉じた扉が開くことはなかった。
「どうしたらいいのかしら?」
「もうお諦めください。いつまでも独り身ということは、それなりの理由があるということです」
「でも……」
やっぱり諦めきれなくて、何度もマグレーン様の研究室があるほうを振り返ってしまう。
落ち込んでいる私の下に、お茶会の招待状が届いた。マグレーン様と出会うきっかけとなった、夜会で私のドレスにドリンクを零した令嬢だ。
一度お断りしたのに、飽きずに招待状を送ってくる。
まともに話もしたことないのにしつこく誘うなんて、何を考えているのかしら? どうせお茶会の話題のネタとして晒されるだけだろう。
「行きたくないわ」
だけど相手は侯爵家の御令嬢。何度も断れば、私だけでなく父にも迷惑を掛けてしまうかもしれない。
重い気持ちを引き摺って、招待された侯爵家に向かう。義手はまだ制御が不十分なので、付けなかった。
突然動かなくなるだけならまだしも、暴走して粗相をしてしまったら何を言われるか分からないから。
「よく来てくれたわね」
案内された侯爵家の中庭には、令嬢が一人待っているだけだった。他に客はいない。
「貴方、社交界に出ていなかったのでしょう? 友人たちに紹介してあげようと思ったのだけれど、どうやら人見知りみたいだから他の子は呼んでいないわ」
「……ありがとうございます」
友人を紹介してくれだなんて頼んでいない。それに彼女が連れていた友人は、男の人ばかりだった。
恩着せがましい言葉を聞いて、椅子に座って早々帰りたくなる。
「もっと堂々としなさいな。左腕がないくらい気にすることではないでしょう?」
「貴方に何が分かるんですか!?」
かっとなって叫んでしまった。
だけど、ナイフとフォークを持って食事をすることもできない、ダンスも満足に踊れない、人に会うたびに存在しない腕を残念そうに見つめられる。五体満足な彼女には、私の苦しみなんてわかるはずがない。
「マグレーン様、お弁当を持ってきました。私が作ったんですよ。食べてください」
料理人に教えてもらいながら作った、手作りのお弁当。男性を落とすには胃袋を掴むと良いと聞いたから頑張ったのだ。と言っても、ほとんど料理人が作ったのだけど。
でもマンドラゴラには用意できない。これでマグレーン様も人間の女性の良さに気付いてくれるはず。
「不要です。用がないのなら来ないでくださいとお伝えしたはずです」
素っ気ない態度に挫けそうになるけれど、諦めたりはしない。
「そんなこと仰らないでください。一口だけでもいいですから。きっと気に入ってくれますよ」
お弁当を広げるため、テーブルの上を片付けようとして、着飾られたマンドラゴラが目に入った。
ちょうどマグレーン様が座るソファの前だ。私が来る前に、このマンドラゴラに愛を囁いていたのだろうか。ちくりと胸に棘が刺さる。相手はただの植物なのに。
気持ちを切り替えて、マンドラゴラを退けるため手を伸ばす。
「わー!?」
どこか焦ったような、小さな声が聞こえた。その直後、私の手を冷たい何かが弾く。
「きゃあっ!?」
「パフィー様!?」
悲鳴を上げた私を心配してカレットが駆け寄ってきた。手を押さえる私を見て、慌ててその手を確認してくれる。
「怪我はないようですね。このマンドラゴラですか?」
眉を吊り上げたカレットがマンドラゴラに手を伸ばした時だった。
「きゃあっ!?」
私たち二人は揃って悲鳴を上げた。どこからともなく水の壁が現れて、私たちを取り囲んだのだ。
「出て行ってください。二度と私の前に顔を見せないでください」
水の壁の向こうから、マグレーン様の声が聞こえる。それと同時に、扉へと続く一本の道ができた。
「待ってください、マグレーン様!」
「帰りましょう、お嬢様。――けれどマグレーン様、お嬢様に対するこのような暴力。きっちりと旦那様に報告させていただきますのでご覚悟くださいませ」
マグレーン様に縋ろうとする私を、カレットの厳しい声が窘める。
「カレット!?」
そんな脅すようなことを言ったら、ますますマグレーン様に嫌われてしまう。そう思った矢先、
「どうぞご自由に」
と、怒りを押し殺したようなマグレーン様の低い声が届いた。ショックで心が凍り付いてしまう。
「待ってください、マグレーン様。話を聞いてください! きゃっ!?」
「お嬢様!?」
水ならば潜り抜ければと思って手を伸ばしたら、弾かれてしまった。ただの水ではないのかもしれない。
赤くなった指先をカレットが心配そうに見つめ、ハンカチを巻いてくれた。
「帰りましょう、お嬢様」
「でも……」
このまま帰ったら、もう会えなくなってしまう気がする。研究室に入れてくれなくなるのではないかしら。
だけどマグレーン様と私の間に立ちふさがる壁が徐々に迫ってきて、私は廊下に出るしかなかった。
押し出されるようにして研究室から出ると、扉が勝手に閉まる。
「マグレーン様」
その後、閉じた扉が開くことはなかった。
「どうしたらいいのかしら?」
「もうお諦めください。いつまでも独り身ということは、それなりの理由があるということです」
「でも……」
やっぱり諦めきれなくて、何度もマグレーン様の研究室があるほうを振り返ってしまう。
落ち込んでいる私の下に、お茶会の招待状が届いた。マグレーン様と出会うきっかけとなった、夜会で私のドレスにドリンクを零した令嬢だ。
一度お断りしたのに、飽きずに招待状を送ってくる。
まともに話もしたことないのにしつこく誘うなんて、何を考えているのかしら? どうせお茶会の話題のネタとして晒されるだけだろう。
「行きたくないわ」
だけど相手は侯爵家の御令嬢。何度も断れば、私だけでなく父にも迷惑を掛けてしまうかもしれない。
重い気持ちを引き摺って、招待された侯爵家に向かう。義手はまだ制御が不十分なので、付けなかった。
突然動かなくなるだけならまだしも、暴走して粗相をしてしまったら何を言われるか分からないから。
「よく来てくれたわね」
案内された侯爵家の中庭には、令嬢が一人待っているだけだった。他に客はいない。
「貴方、社交界に出ていなかったのでしょう? 友人たちに紹介してあげようと思ったのだけれど、どうやら人見知りみたいだから他の子は呼んでいないわ」
「……ありがとうございます」
友人を紹介してくれだなんて頼んでいない。それに彼女が連れていた友人は、男の人ばかりだった。
恩着せがましい言葉を聞いて、椅子に座って早々帰りたくなる。
「もっと堂々としなさいな。左腕がないくらい気にすることではないでしょう?」
「貴方に何が分かるんですか!?」
かっとなって叫んでしまった。
だけど、ナイフとフォークを持って食事をすることもできない、ダンスも満足に踊れない、人に会うたびに存在しない腕を残念そうに見つめられる。五体満足な彼女には、私の苦しみなんてわかるはずがない。
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