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10 文化風習の違い
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「あ、私、何か失礼なことをしましたか」
勝手に日本での礼儀作法で対応したが、もしかしたらお辞儀はここでは失礼な態度だったのかも。地球でも国が違えば真逆の意味に取られる所作もあった。
「いえ大丈夫です。こちらこそ…少しでも快適に過ごせるように精一杯もてなさせていただきます」
「我々も努力いたします。何かわかればすぐにご連絡いたします」
アドキンスさんも手を差し出して来たので、あ、これは握手を求められているんだなと手を上げた。
「ではまた」
「え」
出した手を掴み、手の甲に軽く唇が触れた。
「アドキンス、そなた、何を」
レインズフォード卿が私をアドキンスさんから引き離した。軽く抱き寄せられ、それはそれで戸惑う。大きな手が二の腕を包む。微かに触れた胸板の逞しさに、かなり鍛えてるんだなと思わせる。
こっちの人って欧米並にスキンシップに慣れているのかも。
「何か? 私はあくまで作法に則っただけです。レディには普通のことです。卑しい身分の私も王宮に出入りするまでの地位を頂いておりますからには、最低限の作法は心得ております。まさか王族の貴方様がご存知ないわけではありませんよね」
「減らず口を」
涼しい顔でアドキンスさんが言うと、レインズフォードさんは彼を睨んだ。それからアドキンスさんは驚いている私に顔を向けた。
「驚かせてしまったようですね。貴婦人にはこのように挨拶するのが礼儀なのですが、どうやらあなたの世界では違ったようです。申し訳ございません」
「あ、謝る必要は…確かに私の周りではこういう風習というか…握手はたまにありますが…あまりこういうことは慣れてなくて…」
欧米なら頬と頬を寄せたり、頬にキスしたり、ハグが挨拶だったりするが、日本人はとかくこういう挨拶は慣れていない。
ほんの一瞬、軽く手に触れただけだったし、これがここの風習なら怒れない。
「では許していただけますか」
「許すとか…」
「アドキンス、マルシャル殿が待っている。彼女のことは私が陛下から任された。ここは任せて早く行きなさい。さあ、まいりましょう」
「あ、はい」
元から仲が悪いのかも知れない。彼らの間に何があったのか私が詮索できるわけもなく、促されるまま歩き出した。
「レインズフォード卿…そろそろ離していただけませんか? それと、歩くのが速くて」
左手首を軽く掴まれたままいくらか歩き、なかなか離してくれないので、私から声をかけた。
歩幅が大きいのか杖を突いていても彼の方が歩くのが速くて、私は小走りになっていた。
「あ…失礼。痛かったですか? 力の加減を間違えたかも…」
無意識だったのか、言われて慌てて力が緩まったが、手首は掴まれたままなのは、迷子にでもなると思っているのかな。
この世界の人はプライベートスペースが近いのかスキンシップに慣れているのか。郷に入っては郷に従えという言葉があるけど、これは拒否していいレベルなのか。
付き合っている彼氏からこんな風にされるのはあっても、あったばかりの人とここまで触れ合うのはどうなんだろう。
私の歩幅に合わせてゆっくり進む。すれ違う人たちの中には女性もチラホラ見かけるけど、皆もそれなりに背が高く、目鼻立ちもくっきりしている人が多い。
そして何気にすれ違う人全員がこちらに一度は目を向けてくる。最初はどうしても目立つレインズフォード卿を見て、頭を下げる。それから顔を上げかけて、彼に手を引かれている私に気づいて一部はポカンと口を開けて目を見開き、また他の人は頭から足元に目をやる。通り過ぎても視線を感じる。それは私の背の高さや着ているものが珍しいんだろうと思う。
コスプレ感はあっても男性はあまり日本と変わらないけど、女性はスカート丈の長い服装ばかり。
膝丈のシャツドレスでしかも素足の私の格好は異質極まりない。
「失礼します。これをどうぞ」
不意に立ち止まってレインズフォードさんは自分が着ていたマントを私に着せかけた。背の高い彼のマントはすっぽりと私を覆い隠す。裾は何とか引き摺らない程度の長さだ。子どもが大人の服を羽織っているようだ。けれど見た目に反してすごく軽く、冬のコートと言うよりはショールのような感覚だった。
「あの、私の格好、やはりここでは変ですか?」
彼も私の格好が変だと思ったから気遣ってくれたのだろう。
「変とはまで申しませんが、珍しくはあります。だから人目を引くのですが、ジロジロ見られるのは嫌ですよね」
すっぽりと彼のマントに包まれた私を見下ろす。
「お気遣いありがとうございます」
「礼は不要です。これから一緒に暮らすのですから遠慮はなさらずに」
「ですが、最低限の礼儀は心得ています。こことは常識が違うところもあって、非礼と思われることをするかもしれませんが、すべて私の世界での礼儀と受け取ってください」
習慣や常識の違いから相手を不快にさせてしまうこともあるだろう。初めに断っておこうと思った。
「礼儀正しいのですね。では、こちらも常識のずれであなたを戸惑わせたり不快にさせてしまうかもしれませんが、すべてあなたに対する好意だと思ってください」
『好意』と言われて一瞬勘違いしそうになり、慌てて考え直す。男女間の『好意』は『下心』とも取れる。相手に『好意』を示し好かれようと求愛するのではなく、この場合は人類愛とでも呼ぶべきか。野に放置されることを考えれば、屋根のある場所でお世話になるだけで有り難い。
とりあえずレインズフォード卿のマントに包まれているのも、それはそれで人の視線が痛かったことは、この際目を瞑ろう。
私の知る限り、彼も王族の一人だし彼自身の姿形も特異だから、ただ歩いているだけでもすれ違う人たちがはっとして頭を下げている。その隣に彼のマントを着た私がいるのだから、目立つなという方が無理な話だ。
「少し狭いかも知れないが、ここから屋敷まではすぐなので我慢してもらいたい」
表に出ると、外は既に暗くなっていた。スマートウォッチはまだ夕方の四時だけど、ここは夜が早いのかそれとも時差があるのか。
生暖かい風が顔に当たるが、湿気は感じられない。気候は夏のようだけど、日本の夏とは違う。目の前に馬車が一台待機していた。
本当に馬が繋がれて鉄の車輪が付いた馬車を初めて見た。
もしかしたら大掛かりな映画のセットの中にいて、実は演出でした。なんてことを期待していたが、外の様子を見て、ここが私達の世界とは違うことを実感した。
「青くて…大きい」
地球から月の距離は約三十八万キロ。地表から見れば小さなピンポン玉のようだ。
でもここのは青くてバスケットボールくらいの大きさに見える。
「待たせたな」
私からようやく手を離した彼が近づくと、さっと男性が扉を開けた。この馬車の御者さんのようだ。
扉の前で立ち止まってレインズフォード卿がこちらを振り向き手を差し出した。
彼の前を通り過ぎて「失礼します」と言って乗り込んだ。
「あ…」
ステップに足をかけて中に足を踏み入れると、後ろからレインズフォード卿の呟きが聞こえた。
「何か?」
扉の縁に手をかけ身を捩って彼を見ると、戸惑って自分の手を見ている。
「いや…奥の方に座ってください」
中は進行方向を向いて片側に腰掛けるようになっている。広さは軽自動車の後部座席くらい。
言われたとおり奥に座ると、すぐ横にレインズフォード卿が座った。
体の大きな彼が座ると中はすごく狭く感じる。しかも二人の間は拳ひとつ分の隙間しかない。
電車の座席に定員いっぱいに座るような感覚。電車ではもちろん隣に座る人は知らない人。そう思えばなんてことないのだろうけど、密閉空間に二人はどうしても緊張する。
勝手に日本での礼儀作法で対応したが、もしかしたらお辞儀はここでは失礼な態度だったのかも。地球でも国が違えば真逆の意味に取られる所作もあった。
「いえ大丈夫です。こちらこそ…少しでも快適に過ごせるように精一杯もてなさせていただきます」
「我々も努力いたします。何かわかればすぐにご連絡いたします」
アドキンスさんも手を差し出して来たので、あ、これは握手を求められているんだなと手を上げた。
「ではまた」
「え」
出した手を掴み、手の甲に軽く唇が触れた。
「アドキンス、そなた、何を」
レインズフォード卿が私をアドキンスさんから引き離した。軽く抱き寄せられ、それはそれで戸惑う。大きな手が二の腕を包む。微かに触れた胸板の逞しさに、かなり鍛えてるんだなと思わせる。
こっちの人って欧米並にスキンシップに慣れているのかも。
「何か? 私はあくまで作法に則っただけです。レディには普通のことです。卑しい身分の私も王宮に出入りするまでの地位を頂いておりますからには、最低限の作法は心得ております。まさか王族の貴方様がご存知ないわけではありませんよね」
「減らず口を」
涼しい顔でアドキンスさんが言うと、レインズフォードさんは彼を睨んだ。それからアドキンスさんは驚いている私に顔を向けた。
「驚かせてしまったようですね。貴婦人にはこのように挨拶するのが礼儀なのですが、どうやらあなたの世界では違ったようです。申し訳ございません」
「あ、謝る必要は…確かに私の周りではこういう風習というか…握手はたまにありますが…あまりこういうことは慣れてなくて…」
欧米なら頬と頬を寄せたり、頬にキスしたり、ハグが挨拶だったりするが、日本人はとかくこういう挨拶は慣れていない。
ほんの一瞬、軽く手に触れただけだったし、これがここの風習なら怒れない。
「では許していただけますか」
「許すとか…」
「アドキンス、マルシャル殿が待っている。彼女のことは私が陛下から任された。ここは任せて早く行きなさい。さあ、まいりましょう」
「あ、はい」
元から仲が悪いのかも知れない。彼らの間に何があったのか私が詮索できるわけもなく、促されるまま歩き出した。
「レインズフォード卿…そろそろ離していただけませんか? それと、歩くのが速くて」
左手首を軽く掴まれたままいくらか歩き、なかなか離してくれないので、私から声をかけた。
歩幅が大きいのか杖を突いていても彼の方が歩くのが速くて、私は小走りになっていた。
「あ…失礼。痛かったですか? 力の加減を間違えたかも…」
無意識だったのか、言われて慌てて力が緩まったが、手首は掴まれたままなのは、迷子にでもなると思っているのかな。
この世界の人はプライベートスペースが近いのかスキンシップに慣れているのか。郷に入っては郷に従えという言葉があるけど、これは拒否していいレベルなのか。
付き合っている彼氏からこんな風にされるのはあっても、あったばかりの人とここまで触れ合うのはどうなんだろう。
私の歩幅に合わせてゆっくり進む。すれ違う人たちの中には女性もチラホラ見かけるけど、皆もそれなりに背が高く、目鼻立ちもくっきりしている人が多い。
そして何気にすれ違う人全員がこちらに一度は目を向けてくる。最初はどうしても目立つレインズフォード卿を見て、頭を下げる。それから顔を上げかけて、彼に手を引かれている私に気づいて一部はポカンと口を開けて目を見開き、また他の人は頭から足元に目をやる。通り過ぎても視線を感じる。それは私の背の高さや着ているものが珍しいんだろうと思う。
コスプレ感はあっても男性はあまり日本と変わらないけど、女性はスカート丈の長い服装ばかり。
膝丈のシャツドレスでしかも素足の私の格好は異質極まりない。
「失礼します。これをどうぞ」
不意に立ち止まってレインズフォードさんは自分が着ていたマントを私に着せかけた。背の高い彼のマントはすっぽりと私を覆い隠す。裾は何とか引き摺らない程度の長さだ。子どもが大人の服を羽織っているようだ。けれど見た目に反してすごく軽く、冬のコートと言うよりはショールのような感覚だった。
「あの、私の格好、やはりここでは変ですか?」
彼も私の格好が変だと思ったから気遣ってくれたのだろう。
「変とはまで申しませんが、珍しくはあります。だから人目を引くのですが、ジロジロ見られるのは嫌ですよね」
すっぽりと彼のマントに包まれた私を見下ろす。
「お気遣いありがとうございます」
「礼は不要です。これから一緒に暮らすのですから遠慮はなさらずに」
「ですが、最低限の礼儀は心得ています。こことは常識が違うところもあって、非礼と思われることをするかもしれませんが、すべて私の世界での礼儀と受け取ってください」
習慣や常識の違いから相手を不快にさせてしまうこともあるだろう。初めに断っておこうと思った。
「礼儀正しいのですね。では、こちらも常識のずれであなたを戸惑わせたり不快にさせてしまうかもしれませんが、すべてあなたに対する好意だと思ってください」
『好意』と言われて一瞬勘違いしそうになり、慌てて考え直す。男女間の『好意』は『下心』とも取れる。相手に『好意』を示し好かれようと求愛するのではなく、この場合は人類愛とでも呼ぶべきか。野に放置されることを考えれば、屋根のある場所でお世話になるだけで有り難い。
とりあえずレインズフォード卿のマントに包まれているのも、それはそれで人の視線が痛かったことは、この際目を瞑ろう。
私の知る限り、彼も王族の一人だし彼自身の姿形も特異だから、ただ歩いているだけでもすれ違う人たちがはっとして頭を下げている。その隣に彼のマントを着た私がいるのだから、目立つなという方が無理な話だ。
「少し狭いかも知れないが、ここから屋敷まではすぐなので我慢してもらいたい」
表に出ると、外は既に暗くなっていた。スマートウォッチはまだ夕方の四時だけど、ここは夜が早いのかそれとも時差があるのか。
生暖かい風が顔に当たるが、湿気は感じられない。気候は夏のようだけど、日本の夏とは違う。目の前に馬車が一台待機していた。
本当に馬が繋がれて鉄の車輪が付いた馬車を初めて見た。
もしかしたら大掛かりな映画のセットの中にいて、実は演出でした。なんてことを期待していたが、外の様子を見て、ここが私達の世界とは違うことを実感した。
「青くて…大きい」
地球から月の距離は約三十八万キロ。地表から見れば小さなピンポン玉のようだ。
でもここのは青くてバスケットボールくらいの大きさに見える。
「待たせたな」
私からようやく手を離した彼が近づくと、さっと男性が扉を開けた。この馬車の御者さんのようだ。
扉の前で立ち止まってレインズフォード卿がこちらを振り向き手を差し出した。
彼の前を通り過ぎて「失礼します」と言って乗り込んだ。
「あ…」
ステップに足をかけて中に足を踏み入れると、後ろからレインズフォード卿の呟きが聞こえた。
「何か?」
扉の縁に手をかけ身を捩って彼を見ると、戸惑って自分の手を見ている。
「いや…奥の方に座ってください」
中は進行方向を向いて片側に腰掛けるようになっている。広さは軽自動車の後部座席くらい。
言われたとおり奥に座ると、すぐ横にレインズフォード卿が座った。
体の大きな彼が座ると中はすごく狭く感じる。しかも二人の間は拳ひとつ分の隙間しかない。
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