53 / 118
53 傷痕
しおりを挟む
突然倒れたアドルファスさん。
執事のディーターさんは時折起こす発作だと言う。
「旦那様の怪我のことはお聞きになりましたか?」
「え、あの、魔巣窟での、はい」
「旦那様の体にはその時に入り込んだ魔素がまだ残っているのです」
「それもうかがいましたが…この状態はそれが原因なのですか?」
「さようでございます」
私は苦しむアドルファスさんを見下ろした。
あの靄のようなものが魔素なのだろうか。
「体力があるうちはそれも抑え込んでいらっしゃるのですが、時折お疲れになるとこのように」
マラリアに罹患したりすると発熱を繰り返すと聞いたことがある。それと同じなのだろうか。
「最近はどれくらいの疲労で発作が起こるのかわかってきて、うまく調整が出来ていらっしゃったのに、大きな魔法でも使われたのでしょうか」
「大きな魔法…」
「魔力を使い過ぎるとそれを補填するために体力も奪われます。旦那様は体力も魔力もそこそこお有りになるので、日常では滅多にこのようなことは…一番最近は模擬訓練で指導に熱が入って起こったと聞きますが…」
日常以外のことで、何かあったのだろうかとディーターさんは首を傾げる。
「魔法…あの、探索魔法って、魔力をたくさん使ったりとか…」
「探索魔法…ですか、範囲にもよります。広範囲にかけるならその分判別力が衰えるそうです。それから街中などで人が多いと、判別により集中が必要なため、神経も擦り減るそうです」
「まさか…」
私を探すために魔法を使ったと彼は言った。
今ディーターさんが言った条件は、まさしく今日の状況に酷似しているのでは?
街中で私を探すために魔力を使いすぎたのだとしたら、彼の今の状態は私のせいかも知れない。
「私…勝手に神殿を出て街に出たんです。それをアドルファスさんが魔法を使って探して…」
「ディー…タ…」
アドルファスさんが薄っすらと目を開けてこちらを見た。
「ディーター、余計なことを…言う…な」
「旦那様、今神官を呼びに行っております」
「アドルファスさん、ごめんなさい。私…」
苦しい息の下でディーターさんを窘め、それから私に手を伸ばす。
「気に…しないで…あなたは…悪く…ない…私が…勝手に…」
「でも」
伸ばした手を掴んで握りしめる。
「だい…じょ…ぶです…死ぬ…わけでは…」
苦しいはずなのに、ニコリと微笑んだ。私が気に病まないためだとわかる。
「治療法は…」
「神官による浄化しか…しかしそれも一時鎮静化させるだけで…聖女様の浄化の力があれば…」
「ディーター」
説明するディーターさんの言葉をアドルファスさんが止める。
「おしゃべりが…過ぎる」
「も、申し訳ございません」
「それから…レディ・シンクレア…呼び戻す…必要は…ない。すぐに…おさまる…グッ」
「旦那様!」
「アドルファスさん」
急に痛みが増したのか、胸の辺りを押さえて体を丸める。
「聖女…財前さんなら治せるんですか?」
私にできることは何もない。吹き出す汗を拭い、痛みに耐える彼の姿を眺めることしかできない。せめてこれを払えないかと靄を汗のように拭ってみた。
「だめ…だ。聖女は…潔斎の…儀式が…魔巣窟…優先…魔巣窟が…なくなれば…」
今一番苦しいのは自分のはずなのに、その苦しみを取り除いてくれる人がいるのに、それに頼らないで耐えている。
「グウ……」
「アドルファスさん!」
「旦那様!」
さらに顔を苦痛で歪めたかと思うと、彼はさっき食べたものを吐き出した。
「ユ、ユイナ様!」
彼が吐き出した胃の内容物を咄嗟に手で受け止めた。
つんとした胃液の匂いが鼻腔を直撃する。
生温かいまだ消化しきれていない食べ物と胃液が混ざったものは、食べた量も多かったのですべてを手で受け止めることはできず、床に溢れてシーツも汚してしまった。
「だ、誰か桶とお湯とタオルを!」
ディーターさんが慌てて指示を出す。
「ユ…ユイナ…」
弱々しい声でアドルファスさんが目を見開き、私の顔と自分が吐き出したものを交互に見る。
「そんなこと…」
「大丈夫、前にも生徒が吐いたのを面倒見たことがあります。あなたは気にしないで」
「しかし…」
「吐いて少しすっきりしましたか?」
「あ…ああ…」
嘘ではなさそうだ。顔に籠める力が少し緩んでいる。靄も少し薄まった気がする。
「ユイナ様、それをこちらへ、手を洗いましょう」
アドルファスさんが吐いたものを、持ってきた桶に放り込み、お湯を張った別の桶で軽く洗い流してから、浴室へ行って石鹸を使って洗った。
「シーツを取り替えます。暫くこちらへ。それからお召し替えもいたしましょう」
「頼む」
浴室から出ると、アドルファスさんが再び抱えられて長椅子へと移動するところだった。
まだ力が入らないのか着替えもディーターさんに任せる。
少し離れたところでそれをボーッとしていた私の方を二人が振り返った。
「見たいのなら…構わない…が、あまり気持ちのいいものでは…ない」
「僭越ながら私もそう思います」
長椅子の背もたれの影に隠れて全ては見えなかったものの、一瞬見えた彼の皮膚は焼け爛れたような痕が見えた。
執事のディーターさんは時折起こす発作だと言う。
「旦那様の怪我のことはお聞きになりましたか?」
「え、あの、魔巣窟での、はい」
「旦那様の体にはその時に入り込んだ魔素がまだ残っているのです」
「それもうかがいましたが…この状態はそれが原因なのですか?」
「さようでございます」
私は苦しむアドルファスさんを見下ろした。
あの靄のようなものが魔素なのだろうか。
「体力があるうちはそれも抑え込んでいらっしゃるのですが、時折お疲れになるとこのように」
マラリアに罹患したりすると発熱を繰り返すと聞いたことがある。それと同じなのだろうか。
「最近はどれくらいの疲労で発作が起こるのかわかってきて、うまく調整が出来ていらっしゃったのに、大きな魔法でも使われたのでしょうか」
「大きな魔法…」
「魔力を使い過ぎるとそれを補填するために体力も奪われます。旦那様は体力も魔力もそこそこお有りになるので、日常では滅多にこのようなことは…一番最近は模擬訓練で指導に熱が入って起こったと聞きますが…」
日常以外のことで、何かあったのだろうかとディーターさんは首を傾げる。
「魔法…あの、探索魔法って、魔力をたくさん使ったりとか…」
「探索魔法…ですか、範囲にもよります。広範囲にかけるならその分判別力が衰えるそうです。それから街中などで人が多いと、判別により集中が必要なため、神経も擦り減るそうです」
「まさか…」
私を探すために魔法を使ったと彼は言った。
今ディーターさんが言った条件は、まさしく今日の状況に酷似しているのでは?
街中で私を探すために魔力を使いすぎたのだとしたら、彼の今の状態は私のせいかも知れない。
「私…勝手に神殿を出て街に出たんです。それをアドルファスさんが魔法を使って探して…」
「ディー…タ…」
アドルファスさんが薄っすらと目を開けてこちらを見た。
「ディーター、余計なことを…言う…な」
「旦那様、今神官を呼びに行っております」
「アドルファスさん、ごめんなさい。私…」
苦しい息の下でディーターさんを窘め、それから私に手を伸ばす。
「気に…しないで…あなたは…悪く…ない…私が…勝手に…」
「でも」
伸ばした手を掴んで握りしめる。
「だい…じょ…ぶです…死ぬ…わけでは…」
苦しいはずなのに、ニコリと微笑んだ。私が気に病まないためだとわかる。
「治療法は…」
「神官による浄化しか…しかしそれも一時鎮静化させるだけで…聖女様の浄化の力があれば…」
「ディーター」
説明するディーターさんの言葉をアドルファスさんが止める。
「おしゃべりが…過ぎる」
「も、申し訳ございません」
「それから…レディ・シンクレア…呼び戻す…必要は…ない。すぐに…おさまる…グッ」
「旦那様!」
「アドルファスさん」
急に痛みが増したのか、胸の辺りを押さえて体を丸める。
「聖女…財前さんなら治せるんですか?」
私にできることは何もない。吹き出す汗を拭い、痛みに耐える彼の姿を眺めることしかできない。せめてこれを払えないかと靄を汗のように拭ってみた。
「だめ…だ。聖女は…潔斎の…儀式が…魔巣窟…優先…魔巣窟が…なくなれば…」
今一番苦しいのは自分のはずなのに、その苦しみを取り除いてくれる人がいるのに、それに頼らないで耐えている。
「グウ……」
「アドルファスさん!」
「旦那様!」
さらに顔を苦痛で歪めたかと思うと、彼はさっき食べたものを吐き出した。
「ユ、ユイナ様!」
彼が吐き出した胃の内容物を咄嗟に手で受け止めた。
つんとした胃液の匂いが鼻腔を直撃する。
生温かいまだ消化しきれていない食べ物と胃液が混ざったものは、食べた量も多かったのですべてを手で受け止めることはできず、床に溢れてシーツも汚してしまった。
「だ、誰か桶とお湯とタオルを!」
ディーターさんが慌てて指示を出す。
「ユ…ユイナ…」
弱々しい声でアドルファスさんが目を見開き、私の顔と自分が吐き出したものを交互に見る。
「そんなこと…」
「大丈夫、前にも生徒が吐いたのを面倒見たことがあります。あなたは気にしないで」
「しかし…」
「吐いて少しすっきりしましたか?」
「あ…ああ…」
嘘ではなさそうだ。顔に籠める力が少し緩んでいる。靄も少し薄まった気がする。
「ユイナ様、それをこちらへ、手を洗いましょう」
アドルファスさんが吐いたものを、持ってきた桶に放り込み、お湯を張った別の桶で軽く洗い流してから、浴室へ行って石鹸を使って洗った。
「シーツを取り替えます。暫くこちらへ。それからお召し替えもいたしましょう」
「頼む」
浴室から出ると、アドルファスさんが再び抱えられて長椅子へと移動するところだった。
まだ力が入らないのか着替えもディーターさんに任せる。
少し離れたところでそれをボーッとしていた私の方を二人が振り返った。
「見たいのなら…構わない…が、あまり気持ちのいいものでは…ない」
「僭越ながら私もそう思います」
長椅子の背もたれの影に隠れて全ては見えなかったものの、一瞬見えた彼の皮膚は焼け爛れたような痕が見えた。
7
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】
日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
料理がマズいと言われ続けて限界がきたので、もっとマズいものを作って差し上げたら旦那様に泣かれてしまいました
九条 雛
恋愛
和平の証として魔族の元へと嫁がされたエルネットは、作った料理が不味いと毎日なじられ続けていた。
それでも魔族の慣わしとして、家族の口へと入る料理は彼女が作らねばならないらしい。
侯爵家の令嬢で、料理をしたことがなかった自分が悪いのだと努力を続けるエルネットだったが、それでも夫は彼女の料理を不味いと言い捨て、愛人の元へ通いに行くと公言する。
ほとんど限界を迎えていた彼女の中で、ついに何かがプツリと切れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる