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37 いやな奴の知り合いはやっぱりいやな奴

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立ち尽くしていたのはほんの数秒だったと思う。

でも、殿下は私が自分の体にある傷を注視していたのに気づいた。

「気になるか?これは一番新しい傷だ」

言って、左の傷に触れる。
特に咎めるでもなく淡々と傷について話す。
知ってます。手当てしたのは私です。

「あの、すいませんでした」

慌てて目を逸らし、謝った。

「謝る必要はない。傷だらけだろう?」

アンダーシャツを身につけジャックさんにシャツを着せかけてもらい、夜着のズボンを脱ぐ。

脱いだズボンはそのままその場に放り投げる。

長く引き締まった足が現れる。

シリアさんから目で合図され、駆け寄って拾った。

王族や貴族は常に着替えや入浴などの身の回りを世話する使用人が周りにいるため、人に見られて恥ずかしいという感覚があまりない。

夕べ、私がヨガをするために着ていた服装には照れていたのに、自分が見られるのは気にならないのが不思議だ。

前世ではだか同然の男なんて海やプールで腐るほど見た。
ドラマや雑誌などでもよく鍛えたモデルや俳優のもっときわどいヌードも見た。

以前に見たときも思ったが、色々な経験をしてきただろう。
あんな風に傷だらけの人を見たことがない。


考えて見れば、ローゼリアとしての人生では、こんな風に家族以外の男性の裸を見たのは初めてだからなのかも知れないと思った。
師匠の裸はノーカウントだ。

ジャックさんたちが着替えを手伝う間、私は他のカーテンも開けていく。

「そう言えば、金は足りたか?」

ジャケットを羽織り靴に足を入れてから、殿下が私に訊いてきた。

「あ、はい、ありがとうございました。あそこまでしていただけるとは思っていませんでした」

「足りなければ遠慮なくジャックに言いなさい」

始めに言うべきだった礼をすっかり忘れていた。

彼はそれについても咎めることなく、もっとお金をだしてもいいと言い出した。

「いえ、もう十分です。お釣りがくるくらいです」
「………そうか」

何だか残念そうに見えたけど、気のせいだよね。

◇◇◇◇◇◇◇

「じゃあ、行ってきます」

その日の午後、私は殿下からいただいたお金を持って、街へ買い出しに行く調理見習いのシャルルさんに道案内をしてもらい、必要ものを買いに街中へ行くことになった。

シャルルさんはまだ十五歳になったばかりだけど、食堂を営んでいるご両親を小さい時から手伝っているため、料理の知識も豊富で手際もいい。

くるくるとした赤毛に茶色の瞳、私より少し背が低いけど、ひょろっとしているが、まだまだ背丈は伸びそうだ。一人っ子の私には可愛い弟みたいに思える。

「生地屋でいいんですよね」

門までの道のりを歩きながら、確認のためにシャルルさんが訊いてきた。

「先に案内するから、ゆっくり見てて、終わったら生地屋の前にあるカフェで待っててください」

「わかった」

私は方向音痴らしいと正直に伝えていたので、気遣ってくれた。

「あれ、ベックスさんのやつ、またさぼってる」

門まで来ると、見張り小屋にいるはずのベックスさんがいない。

「よくさぼってるの?」

私と違い、ほぼ毎日買い出しに出るシャルルさんに訊いた。

「だいたい俺が前を通る時はいない」

無人の見張り小屋を横目で見ながら門を出ると、すぐそこに立っているベックスさんに出会った。
彼は一人ではなかった。

一緒に居た男は慌てて、「頼んだぞ」と言って歩き去った。

「あんまり持ち場を離れすぎると、ジャックさんに言いつけるよ」

「うるせえ、若造が、公爵様がいるときはちゃんといるさ」

何度も言われているのか、いちいちうるさいやつだとわめく。

相変わらずの口の悪さと態度だ。
腹が立ったが、ここでケンカを始めても時間のムダだ。
第一、ベックスさん自身が悪いとは思っていないのでは、怒る方が疲れる。

さっきの男は、この前、私が声をかけても立ち止まらず立ち去った男に似ていたが、この前はもっと遠目だったので、はっきりそうだとは言えない。

「時間がないから行こう、シャルルさん」

私は睨み合う彼の袖を引いて声をかける。

ここはお姉ちゃんの私が弟の暴走を食い止める。

「言うことがないなら、さっさと行け」

ゆっくり六秒数えて怒りを押さえる。

今度は腕を掴んでひっぱり、ほら、行くよーと足早にその場を立ち去った。

結局、街中に出るまでシャルルさんの怒りは収まらなかった。

「じゃあ、また後で」

王都で一番大きな生地屋の前に私を案内してから、シャルルさんは自分の用事を済ませるため、市場の方へ消えて行った。

私は彼の姿が見えなくなるまで見つめてから、生地屋に入った。

買い物を済ませ、けっこうな量になったので、荷物は今日中に公爵邸に配達をしてもらうよう手配をし、言われたカフェでシャルルさんを待っていた。

もう来るかなぁと思って外に置かれたテーブル席で辺りを見渡していると、先ほどベックスさんと一緒にいた男を見かけた。

男が一人でいたなら、特にあ、さっきのやつだ。だけで終わっただろう。
だが、彼は一人ではなかった。
一緒にいたのは、ナダルで私が知る数少ない人間。
初めてここに来て見かけた奴ら。
ミリィを追い込んでいた、ボロロの連中だった。

「お待たせ、待った?」

その時、用事を済ませて戻ってきたシャルルさんが声をかけててきて、一瞬目を逸らし、次に同じ方向を見ると、彼らは人混みに紛れ込んでしまって、見つけることができなかった。

「何かありましたか?」

一点を見つめる私の様子を不思議に思い、シャルルさんが言った。

「あ、ううん、知っている人を見た気がしたから」

違ったみたい。

そう言うと、シャルルさんは、そうなんだ、と言い、私の向かいの椅子に座った。

ボロロたちと謎の男。門番のベックス。もはや「さん」は付けない。
類は友を呼ぶとは良く言ったものだ。イヤな奴の知り合いは、録でもないやつだ。
それらのピースが示すもの。
シャルルさんの話に一応の相づちを返しながら、私は自分の見た光景の意味について考えていた。




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