38 / 266
38 おつかれですね
しおりを挟む
公爵邸に戻り、その日の仕事をこなしているうちに、生地屋からの荷物も届いた。
殿下からいただいたお金は銀貨20枚。必要なものを買っても十分お釣りがあった。
ジャックさんに残ったお金について相談したが、公爵邸を切り盛りする財布とは別の、殿下個人のお金なので、直接殿下に尋ねるように言われた。恐らく返す必要はないと思う、と付け加えて。
公爵はだいたいいつもの時間に帰ってきたが、その日は何だか調子が悪いのか、顔色がよくなかった。
食欲もあまりなく、殆ど召し上がらなかった。
そのことをシリアさんに話をすると、根を詰めすぎると時折悩まされる頭痛があるらしいということだった。
王の盾となり剣となるという心構えでいつも気を張っているからだと、シリアさんはいう。
過度なストレスが原因だとすぐわかった。きっと肩も背中も腰までガチガチに凝っているのだろう。もしかしたら偏頭痛もあるのかも知れない。
加えて今日の空模様はどんよりとしていて、今にも泣き出しそうだ。
気圧の変化も頭痛に影響しているのだろう。
日本なら整体やマッサージに通うところだが、生憎ここではそんなものはない。
「あの、ジャックさん、シリアさん、よろしいですか?」
私はジャックさんたちにある提案をし、二人は半信半疑ながらも、それで旦那様の体の調子がよくなるならと、許可をもらった。
シリアさんたちには私の持っているヨガ用の衣服やタオルの見本をもとに、今日買ってきた生地でそれぞれの分を作っておいてもらうことにし、私は自分の荷物から必要な物を取ってから厨房に寄り、ジャックさんと二人、殿下の部屋に向かった。
いつもなら、少し部屋で仕事をしているということだったが、部屋に入ると、彼は目頭を軽く押さえて深く椅子に腰掛けていた。
お酒の力を借りて乗りきろうとしているのか、酒瓶とお酒の入ったグラスが机の上に置かれている。
部屋の中は最小限の光があるだけで、極力灯りも押さえられている。
「今日はもう、下がっていいと、言ったはずだが」
目頭を押さえた手の下からこちらをみて、呟く。
お酒はこの場合、助けになるどころか症状を悪化させているのは一目瞭然だ。
「じつは、ローリィが、旦那様の現在の状態を何とかできるのではと申しまして、こうして伺いました」
「………」
ジャックさんの言葉に、ちらりと私を見て、私の手元に視線を落とし、手に持っているものを見る。
「いつもの薬は飲んだ。必要ない。寝れば治る」
会話すら面倒だというように、ぶっきらぼうに答える。
「薬を飲んでお酒はよくありません、飲み薬をおすすめするつもりもありません」
「では、どうするのだ?」
「マッサージします」
「………マッサー?」
「マッサージです」
初めて聞く言葉に、ジャックさんに説明しろと視線を向けたが、ジャックさんもうまく説明できず、困っている。
「変わった紅茶の入れ方に、ヨガ、今度はマッサージ?」
「構いませんでしょうか?」
「好きにしろ、楽になるなら、何でもやってくれ」
お許しが出たので、私は準備を始めた。
前世でも私はよくマッサージやエステに通っていた。
私の唯一の贅沢。洋服や外食にかけるお金を削っても足しげく通っていた。
好きが高じて警察官を辞めたらエステシャンも有りかな、なんて考えていたくらい。
「あの、こちらへ座っていただけますか」
まずは頭、首、肩をマッサージするため、側にあった背もたれの低い椅子を示した。
殿下は素直に従い、そちらへ移動する。
「では始めますので、楽にしてください」
私は首もとに温めたタオルをかけた。
首と肩を暖めることで血管が開き、血行がよくなる。
「ほう」と息を吐き、緊張が緩むのがわかり、それだけでも効果があることがわかった。
案の定、ガチガチに固まっていた。
揉みおこしにならないよう、ゆっくりと揉み出す。
「痛いと思ったら、遠慮なく言って下さい」
首筋を指圧し、曲げた指の間接でリンパを刺激する。
肩甲骨を片手で押さえ、腕を大きく前後に回して肩甲骨をほぐす。
耳のツボや頭のツボを押さえ、柔らかくする。
ほんの十分ほどで、硬かった肩から上の部分が柔らかくなった。
「いかがですか?」
小声で聞くと、うん、と呟くような返事が返ってきた。
「ずいぶん楽になった」
後ろ向きに見上げた顔つきは、確かにいくぶん和らいでいる。
次に寝台に上半身裸になってうつ伏せになってもらい、クリームでマッサージすると、リラックスした殿下はいつの間にか寝入ってしまった。
正直、このマッサージは断られるかと思ったが、先にやった肩揉みが余程良かったのか、すんなり施術を受けてくれた。
「後は私がやっておきます。あなたはもう戻ってください」
ずっと黙って見ていたジャックさんが殿下を起こさないように小声で話しかけてきた。
私は黙ってうなずき、使った道具を片付ける。
東側のカーテンが少し開いていたので、殿下にシーツをかけているジャックさんに目で合図して閉めていいかを確認してからカーテンを閉めに行った。
いつの間にか雨が振りだしていた。
それほど雨足は強くなく、朝には上がるだろう。
その時、窓の向こう、庭の繁みに隠れて何かが動いた。
さっとカーテンの隙間から外を伺うと、雨降る闇夜に紛れ、きらめくものがみえる。
それは刀身のきらめきに見えた。
殿下からいただいたお金は銀貨20枚。必要なものを買っても十分お釣りがあった。
ジャックさんに残ったお金について相談したが、公爵邸を切り盛りする財布とは別の、殿下個人のお金なので、直接殿下に尋ねるように言われた。恐らく返す必要はないと思う、と付け加えて。
公爵はだいたいいつもの時間に帰ってきたが、その日は何だか調子が悪いのか、顔色がよくなかった。
食欲もあまりなく、殆ど召し上がらなかった。
そのことをシリアさんに話をすると、根を詰めすぎると時折悩まされる頭痛があるらしいということだった。
王の盾となり剣となるという心構えでいつも気を張っているからだと、シリアさんはいう。
過度なストレスが原因だとすぐわかった。きっと肩も背中も腰までガチガチに凝っているのだろう。もしかしたら偏頭痛もあるのかも知れない。
加えて今日の空模様はどんよりとしていて、今にも泣き出しそうだ。
気圧の変化も頭痛に影響しているのだろう。
日本なら整体やマッサージに通うところだが、生憎ここではそんなものはない。
「あの、ジャックさん、シリアさん、よろしいですか?」
私はジャックさんたちにある提案をし、二人は半信半疑ながらも、それで旦那様の体の調子がよくなるならと、許可をもらった。
シリアさんたちには私の持っているヨガ用の衣服やタオルの見本をもとに、今日買ってきた生地でそれぞれの分を作っておいてもらうことにし、私は自分の荷物から必要な物を取ってから厨房に寄り、ジャックさんと二人、殿下の部屋に向かった。
いつもなら、少し部屋で仕事をしているということだったが、部屋に入ると、彼は目頭を軽く押さえて深く椅子に腰掛けていた。
お酒の力を借りて乗りきろうとしているのか、酒瓶とお酒の入ったグラスが机の上に置かれている。
部屋の中は最小限の光があるだけで、極力灯りも押さえられている。
「今日はもう、下がっていいと、言ったはずだが」
目頭を押さえた手の下からこちらをみて、呟く。
お酒はこの場合、助けになるどころか症状を悪化させているのは一目瞭然だ。
「じつは、ローリィが、旦那様の現在の状態を何とかできるのではと申しまして、こうして伺いました」
「………」
ジャックさんの言葉に、ちらりと私を見て、私の手元に視線を落とし、手に持っているものを見る。
「いつもの薬は飲んだ。必要ない。寝れば治る」
会話すら面倒だというように、ぶっきらぼうに答える。
「薬を飲んでお酒はよくありません、飲み薬をおすすめするつもりもありません」
「では、どうするのだ?」
「マッサージします」
「………マッサー?」
「マッサージです」
初めて聞く言葉に、ジャックさんに説明しろと視線を向けたが、ジャックさんもうまく説明できず、困っている。
「変わった紅茶の入れ方に、ヨガ、今度はマッサージ?」
「構いませんでしょうか?」
「好きにしろ、楽になるなら、何でもやってくれ」
お許しが出たので、私は準備を始めた。
前世でも私はよくマッサージやエステに通っていた。
私の唯一の贅沢。洋服や外食にかけるお金を削っても足しげく通っていた。
好きが高じて警察官を辞めたらエステシャンも有りかな、なんて考えていたくらい。
「あの、こちらへ座っていただけますか」
まずは頭、首、肩をマッサージするため、側にあった背もたれの低い椅子を示した。
殿下は素直に従い、そちらへ移動する。
「では始めますので、楽にしてください」
私は首もとに温めたタオルをかけた。
首と肩を暖めることで血管が開き、血行がよくなる。
「ほう」と息を吐き、緊張が緩むのがわかり、それだけでも効果があることがわかった。
案の定、ガチガチに固まっていた。
揉みおこしにならないよう、ゆっくりと揉み出す。
「痛いと思ったら、遠慮なく言って下さい」
首筋を指圧し、曲げた指の間接でリンパを刺激する。
肩甲骨を片手で押さえ、腕を大きく前後に回して肩甲骨をほぐす。
耳のツボや頭のツボを押さえ、柔らかくする。
ほんの十分ほどで、硬かった肩から上の部分が柔らかくなった。
「いかがですか?」
小声で聞くと、うん、と呟くような返事が返ってきた。
「ずいぶん楽になった」
後ろ向きに見上げた顔つきは、確かにいくぶん和らいでいる。
次に寝台に上半身裸になってうつ伏せになってもらい、クリームでマッサージすると、リラックスした殿下はいつの間にか寝入ってしまった。
正直、このマッサージは断られるかと思ったが、先にやった肩揉みが余程良かったのか、すんなり施術を受けてくれた。
「後は私がやっておきます。あなたはもう戻ってください」
ずっと黙って見ていたジャックさんが殿下を起こさないように小声で話しかけてきた。
私は黙ってうなずき、使った道具を片付ける。
東側のカーテンが少し開いていたので、殿下にシーツをかけているジャックさんに目で合図して閉めていいかを確認してからカーテンを閉めに行った。
いつの間にか雨が振りだしていた。
それほど雨足は強くなく、朝には上がるだろう。
その時、窓の向こう、庭の繁みに隠れて何かが動いた。
さっとカーテンの隙間から外を伺うと、雨降る闇夜に紛れ、きらめくものがみえる。
それは刀身のきらめきに見えた。
3
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんは、ヒロイン様のモノ!!……だよね?
夕立悠理
恋愛
もうすぐ高校一年生になる朱里には、大好きな人がいる。義兄の小鳥遊優(たかなしゆう)だ。優くん、優くん、と呼んで、いつも後ろをついて回っていた。
けれど、楽しみにしていた高校に入学する日、思い出す。ここは、前世ではまっていた少女漫画の世界だと。ヒーローは、もちろん、かっこよくて、スポーツ万能な優。ヒロインは、朱里と同じく新入生だ。朱里は、二人の仲を邪魔する悪役だった。
思い出したのをきっかけに、朱里は優を好きでいるのをやめた。優くん呼びは、封印し、お兄ちゃんに。中学では一緒だった登下校も別々だ。だって、だって、愛しの「お兄ちゃん」は、ヒロイン様のものだから。
──それなのに。お兄ちゃん、ちょっと、距離近くない……?
※お兄ちゃんは、彼氏様!!……だよね? は二人がいちゃついてるだけです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる