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レオポルド〜君に出会ってから
★レオポルドside1
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「レオ兄さん、僕、今度結婚することにしたんだ」
五つ下の従兄弟、ルーファスがある日我が家に訪問して言い出した。
「………そうか」
「兄さんより先にごめん」
「何を言っている。私に謝る必要はない」
とは言え、ルーファスが結婚を決めたとなると、自分への風当たりがますます強くなるなとは思った。
我が家は代々女性が多い。
父は婿養子だ。
ルーファスの母は自分の母の妹で、ルーファスの兄弟も上二人は女だ。母には他国に嫁いだ妹がもう一人いるが、そこはまだ女しか生まれていない。
ルーファスが生まれるまで、周りは女ばかりだった。
スタエレンス伯爵家の長男として生を受けたが、生まれた時は女の子のような容姿だったせいもあり、物心つくまで姉や従姉妹たちと女のような格好をさせられたりしていた。
今でもその頃のことは自分の中では嫌な思い出だ。
近しい血筋で男のルーファスが生まれた時は嬉しかった。
従兄弟だが、弟のように可愛がった。彼も「兄さん」と言って慕ってくれる。
成長して仕事をするようになってから会う機会は減ったが、何かにつけて相談に乗ったりして、今でも仲がいい。
少し前から誰か好きな人が出来たと話は聞いていた。
「前から言っていた令嬢か?」
「そう、トレイシーって言うんだ。トレイシー・フォン・ペトリ。年齢はひとつ下。父親は子爵で、母親は早くに亡くなっていて、お姉さんが母親代わりでね、可愛らしくてとってもいい子なんだ」
「お前がそう言うならいい子なんだろう。私のことは別に気にするな。私が結婚するのを待っていたら、その子を逃すぞ」
「うん。それで、今度両家の顔合わせで家で食事会をするんだけど、兄さんも出てくれない?彼女に会って欲しいんだ」
「もちろん、何を置いても参加する」
そうは言ったが、肝心のその日、休みを取っていたにも関わらず上司に呼び出され、大幅に遅刻してしまった。
外務官として働き始めて五年。今は仕事が楽しい。いずれは内部勤務に入り、父から領地を継ぐべきだろうが、現場仕事が楽しくて仕方がない。
表向きは外務官だが、実際のところ国内外の諜報の仕事も影で受けている。
その方面の特別な訓練も受けた。
そのことは両親にも内緒だ。
上司からの呼び出しは、近々任期開けする諜報員の後を引き継いで、外交官としてある国に赴任して欲しいということだった。
行けば数年は帰ってこられない。
そしてその間は家族といえども距離を置く必要があるため、結婚などは暫く控えるようにと言われた。
戻ってくれば、外務官としての地位は約束される。断れば、出世は見込めない。
断る理由などなかった。
聞けば赴任はルーファスの結婚式が終わった少し後だ。
ヘイルズ家に到着すると、既に互いの顔合わせは終わり、その後の食事会も半ばを過ぎていた。
遅れるとは連絡を入れてあったが、ルーファスの父である義理の叔父に詫びて席に着いた。
さっと向かいに座るペトリ家の面々の顔を見渡す。
人の顔を覚えるのも、観察し人柄を見極めるのも昔から得意だ。諜報員として訓練を受けてからは更に磨きが掛かった。
まずはルーファスの相手の顔を見る。
濃い蜂蜜色の髪に、深い青色の瞳をした、美人と言うよりは愛らしい子だった。
ルーファスの見る目は確からしい。
隣に座る父親も善良な人柄のようだ。
その隣は兄弟だろう。
確か母親が早くに亡くなって姉が母親代わりと聞いていた。
だから父親と反対側に座っているのが姉だろう。
いくつ年上か聞いていなかったが、童顔なので歳がわからない。
ブルーグレイの大きな瞳と明るい茶色の髪をしている。背格好は妹と似ている。
その隣が弟だろう。髪と瞳の色はルーファスの相手…トレイシーと同じだ。
妹と弟に挟まれて、姉の色合いは控えめだった。
じっと見ていたのか、斜め二つ向かいの彼女と目が合った。
これだけ離れていてはテーブル越しに話すのも憚られる。彼女はぺこりと頭を軽く下げて微笑んだ。
第一印象どおりなら、彼女も人が良さそうだと思った。
後で彼女が自分よりひとつ下で、未だ独身だと知った。
男の自分と違い、二十五ではそろそろ結婚相手の条件が厳しくなってきているだろう。
先に妹の結婚が決まったことをどう思っているのだろう。食事会での様子では終始にこやかで、隣の弟の世話を焼いていた。
自分の容姿がそこそこ女性に好まれる部類だという自負はある。
それなりに火遊びもしたが、特定の女性と長く付き合ったり、ましてや誰かにのめり込むことはなかった。
そしてその経験が今の影の仕事にも役立っている。
氷の貴公子と影で揶揄されていることは知っている。
興味のない相手、役に立たない相手には冷たい対応をしてきた。
割りきって付き合っていた相手が、こちらに必要以上の好意を抱いたと感づいたら、そこで関係を絶ちきった。
そうしていつかそう呼ばれるようになった。
付き合う男の地位や財産、容姿で己の価値を測る女や、そんな男に張り付いてあわよくば自分もその恩恵に預かろうとする女だったらと心配した。
そういう女性はこちらの地位を聞くと、途端に色めき立つ。
そういう相手は物質的なもので満たせば、ある程度割りきった関係を築けるが、貪欲になり過ぎるきらいもある。
ルーファスの結婚相手は、彼に夢中なことがわかる。
互いにいい相手を見つけたようで、喜ばしいことだ。
姉の方は、先ほど一瞬目があっただけなので、まだ判断はつきかねた。
その日、大きなブルーグレイの目が、もう一度こちらを見ることはなかった。
五つ下の従兄弟、ルーファスがある日我が家に訪問して言い出した。
「………そうか」
「兄さんより先にごめん」
「何を言っている。私に謝る必要はない」
とは言え、ルーファスが結婚を決めたとなると、自分への風当たりがますます強くなるなとは思った。
我が家は代々女性が多い。
父は婿養子だ。
ルーファスの母は自分の母の妹で、ルーファスの兄弟も上二人は女だ。母には他国に嫁いだ妹がもう一人いるが、そこはまだ女しか生まれていない。
ルーファスが生まれるまで、周りは女ばかりだった。
スタエレンス伯爵家の長男として生を受けたが、生まれた時は女の子のような容姿だったせいもあり、物心つくまで姉や従姉妹たちと女のような格好をさせられたりしていた。
今でもその頃のことは自分の中では嫌な思い出だ。
近しい血筋で男のルーファスが生まれた時は嬉しかった。
従兄弟だが、弟のように可愛がった。彼も「兄さん」と言って慕ってくれる。
成長して仕事をするようになってから会う機会は減ったが、何かにつけて相談に乗ったりして、今でも仲がいい。
少し前から誰か好きな人が出来たと話は聞いていた。
「前から言っていた令嬢か?」
「そう、トレイシーって言うんだ。トレイシー・フォン・ペトリ。年齢はひとつ下。父親は子爵で、母親は早くに亡くなっていて、お姉さんが母親代わりでね、可愛らしくてとってもいい子なんだ」
「お前がそう言うならいい子なんだろう。私のことは別に気にするな。私が結婚するのを待っていたら、その子を逃すぞ」
「うん。それで、今度両家の顔合わせで家で食事会をするんだけど、兄さんも出てくれない?彼女に会って欲しいんだ」
「もちろん、何を置いても参加する」
そうは言ったが、肝心のその日、休みを取っていたにも関わらず上司に呼び出され、大幅に遅刻してしまった。
外務官として働き始めて五年。今は仕事が楽しい。いずれは内部勤務に入り、父から領地を継ぐべきだろうが、現場仕事が楽しくて仕方がない。
表向きは外務官だが、実際のところ国内外の諜報の仕事も影で受けている。
その方面の特別な訓練も受けた。
そのことは両親にも内緒だ。
上司からの呼び出しは、近々任期開けする諜報員の後を引き継いで、外交官としてある国に赴任して欲しいということだった。
行けば数年は帰ってこられない。
そしてその間は家族といえども距離を置く必要があるため、結婚などは暫く控えるようにと言われた。
戻ってくれば、外務官としての地位は約束される。断れば、出世は見込めない。
断る理由などなかった。
聞けば赴任はルーファスの結婚式が終わった少し後だ。
ヘイルズ家に到着すると、既に互いの顔合わせは終わり、その後の食事会も半ばを過ぎていた。
遅れるとは連絡を入れてあったが、ルーファスの父である義理の叔父に詫びて席に着いた。
さっと向かいに座るペトリ家の面々の顔を見渡す。
人の顔を覚えるのも、観察し人柄を見極めるのも昔から得意だ。諜報員として訓練を受けてからは更に磨きが掛かった。
まずはルーファスの相手の顔を見る。
濃い蜂蜜色の髪に、深い青色の瞳をした、美人と言うよりは愛らしい子だった。
ルーファスの見る目は確からしい。
隣に座る父親も善良な人柄のようだ。
その隣は兄弟だろう。
確か母親が早くに亡くなって姉が母親代わりと聞いていた。
だから父親と反対側に座っているのが姉だろう。
いくつ年上か聞いていなかったが、童顔なので歳がわからない。
ブルーグレイの大きな瞳と明るい茶色の髪をしている。背格好は妹と似ている。
その隣が弟だろう。髪と瞳の色はルーファスの相手…トレイシーと同じだ。
妹と弟に挟まれて、姉の色合いは控えめだった。
じっと見ていたのか、斜め二つ向かいの彼女と目が合った。
これだけ離れていてはテーブル越しに話すのも憚られる。彼女はぺこりと頭を軽く下げて微笑んだ。
第一印象どおりなら、彼女も人が良さそうだと思った。
後で彼女が自分よりひとつ下で、未だ独身だと知った。
男の自分と違い、二十五ではそろそろ結婚相手の条件が厳しくなってきているだろう。
先に妹の結婚が決まったことをどう思っているのだろう。食事会での様子では終始にこやかで、隣の弟の世話を焼いていた。
自分の容姿がそこそこ女性に好まれる部類だという自負はある。
それなりに火遊びもしたが、特定の女性と長く付き合ったり、ましてや誰かにのめり込むことはなかった。
そしてその経験が今の影の仕事にも役立っている。
氷の貴公子と影で揶揄されていることは知っている。
興味のない相手、役に立たない相手には冷たい対応をしてきた。
割りきって付き合っていた相手が、こちらに必要以上の好意を抱いたと感づいたら、そこで関係を絶ちきった。
そうしていつかそう呼ばれるようになった。
付き合う男の地位や財産、容姿で己の価値を測る女や、そんな男に張り付いてあわよくば自分もその恩恵に預かろうとする女だったらと心配した。
そういう女性はこちらの地位を聞くと、途端に色めき立つ。
そういう相手は物質的なもので満たせば、ある程度割りきった関係を築けるが、貪欲になり過ぎるきらいもある。
ルーファスの結婚相手は、彼に夢中なことがわかる。
互いにいい相手を見つけたようで、喜ばしいことだ。
姉の方は、先ほど一瞬目があっただけなので、まだ判断はつきかねた。
その日、大きなブルーグレイの目が、もう一度こちらを見ることはなかった。
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