『誰も決めていないルールの中で』――説明できない日常コメディ短編集

灯台のそばの書庫

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『「ご自由にお取りください」の責任』2話

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第一章:なくなったはずの箱

あのお菓子箱は、確かに撤去されたはずだった。

給湯室の隅に残っていたのは、うっすらとしたテープ跡と、「ここに何かあった」気配だけ。

それで終わったと思っていた。

誰も食べていない。
誰も責任を取っていない。
誰も困っていない。

——はずだった。

それなのに、二週間後の月曜日。

同じ場所に、少しだけサイズの違う箱が置かれていた。

前より丈夫そうで、前より無地で、前より「無難」な段ボール。

そして、最初から貼り紙があった。

「ご自由にお取りください(再)」

誰も言わなかったけれど、全員が同時に思った。

(またか)

第二章:前より丁寧な貼り紙

しかし、今回は違った。

初日から貼り紙が多い。

「差し入れです」
「余ったものではありません」
「無理に取らなくて大丈夫です」

“自由”の説明が、前回よりもずっと丁寧だった。

まるで、前回の失敗を反省した誰かが、事前に予防線を張っているみたいだった。

だが、箱の中身は、またしても減らない。

中身は、個包装のフィナンシェだ。

一個取ると、「最初の一人」になるタイプのやつ。

第三章:一個取った人が特定される恐怖

誰かが、ぽつりと言った。

「これ、減ったら分かりますよね」

確かに。

箱の中は、ぎっしり詰まっているわけじゃない。

一個なくなったら、明らかにわかる。

しかも、給湯室に出入りする人数は限られている。

つまり——

取った瞬間、“犯人”になる。

その言葉は使われなかったが、全員の頭に浮かんでいた。

第四章:補充という名の罪

三日目。

箱の中身が、一個だけ増えていた。

誰も言わない。

でも、全員が気づいた。

(……増えた?)

貼り紙が追加される。

「減っても補充されます」

優しさのつもりだったのだろう。

だが、その一文は、逆に空気を重くした。

減らしていい。

でも減らしたら、誰かが責任を持って補充する。

つまり、

減らす=誰かに仕事を発生させる。

誰も、そんな責任を負いたくなかった。

第五章:数を数え始める人たち

いつからか、誰かが数を把握し始めた。

「今、12個ありますよね」

「昨日も12個でした」

「増えてません?」

もはや、お菓子は目的じゃない。

観察対象だった。

誰も取らないのに、誰も無関心じゃない。

箱は、職場で一番注目されていた。

第六章:注意書きがルールになる瞬間

貼り紙が、明らかに命令口調になる。

「一度に複数取らないでください」

誰も取ってないのに。

「持ち帰りはご遠慮ください」

誰も触ってないのに。

ルールは、違反が起きてから生まれるものじゃない。

起きそうな不安から生まれる。

それが、この箱で証明されていた。

第七章:管理されない自由の限界

ついに、管理部が動いた。

「これは、誰の管理ですか?」

補充されている。
貼り紙が更新されている。
ルールが追加されている。

つまり——

もう“自然発生”じゃない。

誰かが関与している。

なのに、名乗り出ない。

管理部は言った。

「責任者がいないものは、置いておけません」

貼り紙が一枚増える。

「撤去予定日:未定」

第八章:撤去では終わらない

撤去は突然だった。

昼休み前にはあった箱が、午後には消えていた。

でも、誰もスッキリしなかった。

「あれ、どうなったんだろ」

「結局、誰のだったんですかね」

「一個も食べてないのに、やたら記憶に残りますよね」

誰も満たされていない。

それが、一番の後味だった。

最終章:責任は形を変えて残る

翌月。

今度は箱ではなく、袋だった。

個包装キャンディ。
透明な袋。

貼り紙は、ひとつだけ。

「減ってたら、嬉しいです」

その日。

一個、減った。

誰が取ったか、誰もわからない。

補充も、貼り紙追加も起きなかった。

自由は、責任が見えない形になったときだけ、成立するのかもしれない。

でも、それが正しいかどうかは、誰も書かなかった。
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