『誰も決めていないルールの中で』――説明できない日常コメディ短編集

灯台のそばの書庫

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『誰も押さないエレベーターの閉ボタン』

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第一章:押しても意味がないと言われるボタン

そのビルのエレベーターには、当然のように、閉ボタンがついている。

銀色で、開ボタンと並んでいて、どこからどう見ても「押してください」と言っている形をしている。

でも、誰も押さない。

理由は、誰かが昔言った一言だった。

「閉ボタンって、実は押しても意味ないらしいよ」

それが本当かどうかを確かめた人はいない。

でもその情報は、妙に強かった。

第二章:最初に気づいた人

最初に違和感を覚えたのは、総務の人だった。

朝の混雑時。

全員が乗り込んだあと、誰も動かない。

扉は、規定時間いっぱいまでゆっくり開いたまま。

誰かが遅れてくる。

そのたびに、また待つ。

総務の人は思った。

(……閉ボタン、誰か押さないの?)

でも、自分が押すのも違う気がした。

第三章:押す派と押さない派

しばらくして、派閥が生まれた。

押す派
→「早く閉めたい」
→「時間短縮」
→「効くかどうかは関係ない」

押さない派
→「無意味」
→「押すのが恥ずかしい」
→「急かしてるみたい」

ただし、この派閥は一度も公に議論されない。

全員、心の中で所属しているだけだ。

第四章:善意が裏目に出る瞬間

ある朝、新人が乗ってきた。

満員のエレベーター。

気を利かせて、閉ボタンを押した。

その瞬間。

誰かが言った。

「あ、押すんだ」

責めてない。

でも、驚いている。

新人は、そっと手を引っ込めた。

次の日から、彼は押さなくなった。

第五章:閉ボタンを巡る暗黙のルール

いつの間にか、ルールが増えていた。

・遅れてくる人が見えたら押さない
・一人だけなら押さない
・上司がいたら押さない
・押すなら無言で

誰も決めていないのに、全員が知っている。

閉ボタンは技術じゃなく、社会性のテストになっていた。

第六章:誰かが押した瞬間の空気

ある日。

扉が開いたまま、誰も来ない。

沈黙。

そのとき、誰かが押した。

——カチ。

音が、やけに大きく聞こえた。

でも、扉は閉まらない。

規定時間が終わってから、普通に閉じた。

誰も何も言わない。

でも全員が思った。

(……やっぱ意味ないじゃん)

第七章:ボタンが信用されなくなる

そこから、閉ボタンは完全に信用を失った。

押されない。
見られない。
存在を忘れられる。

それでも、消えない。

そこにある。

誰も使わないのに。

第八章:貼り紙という最終兵器

ある朝。

ボタンの上に、貼り紙があった。

「閉ボタンは作動します」

誰が貼ったのか、わからない。

でも、逆効果だった。

(作動するって書かなきゃいけないってことは……)

誰も押さなくなった。

最終章:それでも今日も押されない

今日も、エレベーターは開く。

閉ボタンは、黙ってそこにある。

押してもいい。
押さなくてもいい。

でも、誰も押さない。

それが、このビルの一番静かなルールだった。
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