上 下
39 / 45

雷鳴

しおりを挟む


 暗い――

 ぃゃ、明るい?

 目が覚めて、真っ暗だと思った視界。
 けれどすぐに一瞬だけ光った。
 そしてほんの少し遅れて聞こえてきた、激しい破壊音。

 雷?

 苦手だ。
 前世から、ずっと。

 起き上がるために手を動かそうとしたけれど、動かない。
 横向きで寝転がったまま視線を足の方へ向ける。
 ロープで縛られている僕の足首……。

 手は背中の方にまわされているから分からないけれど。
 足の状態を見る限り、おそらく手首も縛られているのだろう。

 そうしている間もずっと、恐ろしさを感じるくらいの雷鳴が轟いていた。

 目隠しはされていなかったので、視線をキョロキョロと彷徨わせてみる。

 枠だけでガラスの無い窓の外から、何度も僕の視界を照らす稲光。
 枯れた葉が落ちている土の床。
 隅の方には壊れた農具が転がっていた。

 使っていそうな農具は、無い。
 ここは、もう使われていない農場の納屋とかだろうか……。

 僕はミチェーリ様の部屋にいたはず。
 フォッグ様も一緒だった。

 それなのに、どうしてこんな場所に……。

 手が使えないのは不便だったけれど、なんとか上半身を起こして座ることができた。

 ガタガタッ、と音がしたので咄嗟にバッとそちらへ顔を向ける。

 両開きの引き戸が片側だけ開いていた。

 そして、開いた戸の所に立っていたのは、フォッグ様。
 その背後では、激しい雨が降り続いている。

 でもフォッグ様が立っている所には屋根があるのかもしれない。
 フォッグ様の髪は濡れていなかった。
 
 表情もいつも通りで体調に変わりは無さそうだ。

 ホッと安堵の息を吐く。


「フォッグ様、よかったご無事で……」

「お前は馬鹿か? どこまでお人好しなんだ」

「ぇ……?」


 こちらへ近づいてきたフォッグ様は鼻先で笑うと、座っている僕を見下ろし目を細めた。


「お前には犯人になってもらう」

「犯人? いったい何の……?」

「ミチェーリ様を誘拐した犯人だよ」


 ……ミチェーリ様を誘拐?

 僕の馬鹿ッ、どうしてすぐに考えなかったんだ。
 小さなミチェーリ様の身が、危険にさらされている可能性を。


「ミチェーリ様はご無事ですか!?」

「人の心配をするなんて余裕だな」

「教えてくださいっ、それともフォッグ様はご存知ないのですかッ」


 ククッとフォッグ様が笑った。


「ミチェーリ様の事なら心配する必要は無い。お前の悪事に気付いた僕が助けたのだから」

「僕の悪事に気付いたフォッグ様が……?」

「今は外に停めてある馬車の中にいる 。ミチェーリ様は無事だ」

「馬車に……」


 ミチェーリ様、雷が怖くて泣いていないだろうか。


 馬車の中にいると言われ、外の様子が気になった。
 先ほどフォッグ様が入ってきた戸口の方へ視線を向ける。
 
 でも外を見る事はできなかった。
 戸口に屈強な男たちが数名いて、こちらへとやってくるところだったから。


「お前はミチェーリ様の誘拐に失敗して、仲間たちの怒りを買う」


 そう僕に告げるフォッグ様のうしろに、先ほど入ってきた男たちが無表情で立つ。


 男たちは四人……違う、五人?


「身代金を得られなかった仲間たちは腹いせに、お前を嬲るんだよ」

「なぶ……、フォッグ様、僕にそんな事をしても、何にもなりませんよ!」

「なるさ。僕はミチェーリ様を助けた英雄になれる」


 僕はフォッグ様を睨みつけた。

 フォッグ様の利益のためにミチェーリ様を巻き込むなんて、そんなこと絶対に許さない。


「僕は全部話します。ここであった事、全部」

「話せるなら、話せばいい」


 ニヤリとフォッグ様が笑った。

 何が楽しくて笑うのか、僕には分からない。





しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者に裏切られたのに幸せすぎて怖いんですけど……

BL / 完結 24h.ポイント:752pt お気に入り:2,705

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,422pt お気に入り:2,473

運命は、もうほらすぐ近くに

BL / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:1,984

ある公爵令嬢の生涯

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,466pt お気に入り:16,124

転生不憫令嬢は自重しない~愛を知らない令嬢の異世界生活

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:29,317pt お気に入り:1,870

3人の弟に逆らえない

BL / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:318

処理中です...