38 / 65
37
しおりを挟む「ヴェレッドお姉さまぁ~! 大根が、私のだけ抜けないのですぅ~っ」
今にも泣きそうな声が聞こえて振り返る。
いえ、泣きそうな、ではなくて、もうすでに泣いていたわ。
聖剣を探すために、学園の噴水広場でアカリ様と放課後に待ち合わせをしていた私。
そんな私に駆け寄ってくる、ふぇ~ん、という音声が似合いそうな泣き顔のアカリ様。
なんか、可愛い。
私は悪役令嬢なのだから、こんな時こそヒロインのアカリ様を苛めなければいけないのに。
ついつい胸に飛び込んでくるアカリ様を抱きとめて、よしよしと頭を撫でてしまう。
私の胸に頬をスリスリしてくるアカリ様が、ワンコみたいで可愛いんだもの。
癒されるわ。
辺境伯のランス叔父様のところへクリフが行ってしまってからもう二週間が経つ。
気分が沈むことも多かったけれど、アカリ様の天真爛漫な姿に救われている。
「大根が、抜けなかったの?」
「はぃいっ」
元々この世界には大根が無かった。
でも焼いた魚には、やっぱり大根おろしを添えたいじゃないの。
だから小さな頃からクリフに手伝ってもらって試行錯誤しながら品種改良を重ね、たくさん失敗もしたけどとうとうそれっぽい野菜の開発に成功して。
私が入学した年に研究発表で学園内の農園を借りて育てたのをきっかけに、学園の新入生は授業で大根(もどき)を育てるようになった。
あ……クリフのこと思い出したら、ちょっと目が潤んできちゃったわ。
涙が零れないうちにアカリ様から身体を少し離して背を向ける。
「ヴェレッドお姉さま……?」
「大根畑に行ってみましょうか。私も抜くのを手伝うわ」
「えっ本当ですかぁ。ありがとうございますっ!」
大根畑に着くと、一区画だけ大根の葉が土から生えている場所があった。
おそらく他の大根は、もうすでにアカリ様以外の新入生たちが抜いたのね。
うーん、確かに、なかなか抜けない。
大根の首を持ち反時計回りに動かしてから力を入れてひっぱるとようやく一本目が抜けた。
二本、三本……と抜いていき、残すところは今アカリ様が抜こうと苦戦している一本のみ。
ひとりでは大変そうだったので、アカリ様と一緒に大根を掴み思いきりひっぱった。
その途端、スッポーンと大根が抜けたかと思うと、目に飛び込んできたのは何やら見覚えのあるピンクの物体。
これ、は……
二股になった大根が脚を絡ませるようにして巻きついていたのは、ゲームで何度も見たことのある聖剣!
そういえば、学園の農園で聖剣が見つかるパターンもあったわ。
大根に絡まっていたことは無いけれど。
ゲームに無い大根を、私が開発しちゃったから変な登場になっちゃったのかしら……
しかもゲームの中では、聖剣を発見するのはアカリ様がひとりの時だけ。
もしかして……
ゲームの世界では攻略対象たちの私に対する好感度は低かったけど、今はまだ好感度は低くなってなくて。
アカリ様ひとりでは足りない好感度が、私と一緒にいてふたり分の好感度だと聖剣出現の条件をクリアした……?
そんな事を考えていたら、大根からスルリと抜けたピンク色の聖剣が宙に浮き輝きだした。
これ、聖剣を見つけたヒロインに発生する天からの啓示イベントだわ。
声が響いてきて、『聖剣の乙女は貴女です、アカリ』とか言われるの。
『聖剣の……』
始まったー!!
やっぱりイベントってドキドキする!
ゲームの世界にいるんだって感じ!!
思わず胸の前で祈るように手を合わせ次のセリフを待ってしまう。
『聖剣の……』
ん?
『聖剣の……』
ゲームでは、こんなもったいつけるような演出あったかしら?
『乙女は……』
ごくッと喉を鳴らしてしまった。
はしたなくて、ごめんなさい。
『…………』
…………まだ?
『…………誰?』
ええええええー!!??
確かにゲームのタイトルは『メイド・イン・パラダイス~聖剣の乙女は誰?~』だったけど、その誰かはヒロインのアカリ様でしょう!?
鮮やかなピンク色をした聖剣が、なんだか困っているようにクネックネッと動いている。
私の背の半分くらいの長さの聖剣は、硬さを感じさせずまるで新種の生き物のよう。
『わっちゃの事、ふたりで抜いた……よねぇ』
わっちゃ、って「私」と同じ意味かしら。
確かにふたりで抜いたわ……
もしかして、それがいけなかった……?
『わっちゃは聖剣の乙女の魔力を増大できるけど、ふたりで同時に抜いちゃったからねぇ、ふたり一緒にいる時じゃないと魔力の増大はできないよ』
話している間ずっと、ピンク色の聖剣はクネックネッと体(?)を揺らし続けていた。
正直なところ、聖剣らしい威厳はあまり感じられない。
魔力の増大ができない……
でもそれって、そんなに重要な事かしら?
ゲームが売れなかった原因だと思うけど、タイトルになっているにもかかわらず聖剣の役割はひとつしか無かった。
王城の神官に見せるためだけのアイテムだったはず。
そう、そうよ。
まずはこの聖剣を、アカリ様が王城の神官に見せないと。
聖剣に確認したら、やはり王城の神官のところへ行きたいらしい。
剣を持っている事でいきなり衛兵から罪に問われたりすることがないか聞くと、わっちゃの力を感じた神官が門の所で待っているはずだという。
「アカリ様、ごめんなさい。私、このあと時間が無くて。申し訳ないけれどこの剣を王城の神官様の所へ届けてもらえないかしら」
そうすればアカリ様は王城の神官から、これこそ伝説の聖剣だこれを手に入れた貴女は王太子殿下の妻とするのに相応しい、とか言われて。
私よりもアカリ様の方がモフィラクト王太子殿下の婚約者に相応しいのではないかと、周囲の考えが一気に変わる、はず。
私が一緒に行ってしまったら絶対にややこしい事になってしまう。
クネックネッと動く聖剣を怖がるアカリ様を励まし、聖剣にはなるべく動いちゃダメよと言い聞かせてその場をあとにした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
765
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる