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一部

◇二度目の満月と裏切り者 2◆

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 深夜、各部隊が揃えられた。
 シェラの部隊にはジェシカとイストも居る。
 ローレントは別の隊で、そちらにはアリシャが居るようだった。
 私語などもちろん発することはできない、結局胸に痛みを抱えたまま、シェラは狼との決戦に臨むことになってしまった。

「……はあ」
 木陰に隠れて狼を待つ、そんなシェラがため息を吐くと、すでに狼の姿に変わってしまっているイストが首を傾げる。

「シェラ? ローレントと喧嘩した?」
 その問いに、シェラは困ったような顔で答える。
「え? ええ……私が悪いのです」
「そうなの? 仲直りは……できた?」
「いいえ」
 そんな会話をしていた二人を咎めるようにジェシカが言う。

「ちょっとアンタたち、あいつらの聴覚って馬鹿にならないんだから、静かに――」
 その時、遠くから聞こえる騎士たちの声、そして、大きな影がさした。
 顔を上げた、その先には……。
 銀の毛並みに、金色の瞳を持つ巨大な狼が。

「――来ましたね!」
 シェラは前もって準備しておいた麻痺毒つきのナイフに手を伸ばす。
 狼はシェラを一瞥して、前の満月のように逃げ出そうとする、そこに、素早く右足を狙って三本のナイフを投擲した。
 相手もシェラの行動を予測していたのか、二本は避けられたが一本が命中する。
『――!』
 一瞬だけ、狼の身体がぐらついたが、すぐにそれは体勢を立て直して森の中へ消えていった。
「――は、ぁっ」
 緊張の糸が解けそうになるが、まだ終わらない。
 これから、裏切り者を探さなければならないのだ。

 ◇◇◇

「シェラ」
 ジェシカとイストとは別れ、それぞれに足を引きずる者を探していたときのことだった。
 うしろから声をかけられて、驚いてふりかえると、そこにはローレントの姿があった。
「ローレント……?」
 なぜだろうか、何か、違和感を感じた。
 けれどそれを気のせいだと振り払って、シェラは俯き気味に視線をそらしたままで言う。

「あ、その……他の……ひとたちはどうしたんです?」
「……大丈夫、みんな無事だよ」
 気配が近づく。
 けれど、そのときにやはり違和感が肯定されてしまった。
 ずる、と、足を引きずるような――音、が。
(え……ローレント……?)
 俯いたシェラの瞳に、出血している彼の右足が映る。
 早鐘のように鳴る心臓の音が、耳から聞こえてくるようだった。
 そんな彼女の耳に届くのは、甘く優しい声だった。
 切なげで、つらそうな……寂しそうな声音。

「シェラ、きみに出逢えて良かった……」
「――ッ! ローレント! あなた……!」
 一気に顔をあげて、シェラは言葉を失った。
 見慣れていたはずの、彼の翡翠の双眸が、金色に染まっていたからだ。
 息が、止まる。
 身体が震え、恐怖と絶望が浸みこんでくる。
 そんな彼女に小さく笑って、ローレントは細いシェラの身体を抱きしめた。

「シェラ……私の本当の名前はね、ドミニクというんだよ。大嫌いな、大嫌いな……名前なんだ。好きでこんなふうに生まれたわけじゃない、望んで力を得たわけでもない、私は……できることなら、人間に生まれたかったよ、そうしたら、きみと一緒に居られた、きみと、本当の意味で仲間でいられたのに」
「ロー……レント、冗談……ですよね?」
 シェラの細い首筋に顔をうずめて、ローレントはまるで確かめるようにきつく彼女を抱きしめる。
 それが、最後であるかのように。

「ローレントという名前のほうが……好きだ、きみが呼んでくれる名前だから」
「な、にを、言っているんですか。そう、私、これから裏切り者を、探さなくてはいけなくて……」
 彼の背に腕をまわして、シェラは震える声で言葉を紡いだのだが、ローレントは首を横に振った。銀の髪が首に擦れてくすぐったい。
「きみが女の子だというのは最初から知っていたし、ヴァンピールだというのも知っていた。全部、全部……きみを騙すための演技だったと言ったら、きみは怒るかな」
 全部、演技……だった……?
 シェラの中で、今までのことが蘇る。
 初めて女性だと知られた日のこと、あれも、彼は最初から知っていたというのだろうか。
 イストに抱きつかれた日、ヴァンピールの話などされなくても、彼は知っていた?
 最初から、なんらかの目的を持って自分に近づいた……?
 同時に、自分が裏切り者だと勘づかれないように……振舞っていた?

「本当……なんですか、ローレント……」
 涙の滲んだ、震える声。
 シェラの問いに、彼は小さく頷いた。
「だけど、最初から誰も……殺すつもりなどなかった。私にとってきみや、きみたちは……大切なひとたちだったから」
 呆然とするシェラの身体をきつく抱きしめて、彼はかすかに震える声で言う。
「シェラ、私がこんなことを言えばきみを困らせると分かっているけれど……」
 ローレントの身体が少しだけ離れたかと思えば、頬に手を添えられて、唇にあたたかい感触が触れる。

「きみのことを、愛していた」
「――っ」
 口づけられたのだと理解したときには、すでに二人の距離は開いていた。
「私が……人間であれば良かった、あるいは、きみがヴァンピールであれば良かったのに」
「ローレント……っ」
 手を伸ばしても、幻のようにその姿が歪む。
 なにをふざけたことを言っているのか、散々自分のことだけ好き勝手に言って、消えるつもりだろうか。
 彼はつらそうに、けれど微笑んで、ことの真相のひとつを告げる。

「シェラ、アリシャという女性は存在しない。彼女の本当の名前はエディアナ……私たちの王の妃であり、きみの母親の名だ。きみが、本物のエトワール、なんだよ、ヴァンピールのね」
「な……」
 混乱しているところにさらに情報を投げこまれ、何から口にしていいのか分からない。
 ただ、待ってと、最初に言いたかったのに、その言葉さえも出てこない。

「いっそのこと、無理矢理にでも血を飲ませて、きみを目覚めさせてしまいたかったよ……そうしたら、一緒に居られたかもしれないのに……だけど」
 ローレントの姿が宵闇に消えていく。
 シェラの薄紫の双眸からは、透明な雫が零れ落ちた。
「――私の、片想いだったからね」
 はらりと、光の破片になって、ローレントの姿は消えてしまった。
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