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第二章 大罪人として

12.ハイスペックになってました

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「ネロ・・・・死なせてしまってごめん・・・。」

 ネロに抱き着かれて触れ合う頬の温度を感じながら、俺は詫び言を口にする。
もちろん、許してもらおうとは考えていない。
なぜ無理やりにでもドンタナからネロも一緒に逃げなかったのか。
その後悔の念が、詫び言となって自然と俺の口から漏れだした。

「うおぁは。なんでキチクが謝るんだい?
ドンタナの町に残る決断をしたのは俺なんだからね。
むしろ、俺の方が謝らなきゃだよ。死んじまったからねえ。
それに・・・・。」

 俺の耳元で響くネロの声はいつも通りだ。
カラッとしていて聞き心地がいい。
しかしその後に続く言葉には、わずかながら陰が落ちる。

「・・・・俺はドンタナを守れなかったんだ。
王国騎士団との交渉はうまくいかなくて、町は結局、実力行使で制圧されてしまったんだよねえ。」

「ま、町が!?」

「さすがに無抵抗の住人には手は出してないだろうけど、警邏隊は全滅。
混乱の中、ロドルフやブラフもはぐれてしまってね。安否はわからない。
戦火がその時以上に広がらないように、俺は大部分の騎士たちをおびき寄せてこの森に敗走したのさ。
まあ結局、騎士たちは全て返り討ちにしたから、俺の首は取られなかったみたいだけどねえ。
しかし・・・・。」

 俺から顔を少し離したネロは、視線を大木の幹に向ける。
自分の亡骸が今もそこに在る。
自分の亡骸を見るというのは、どういう気分なのだろうか。
ネロの顔は哀愁とも痛痒とも取れるような、しかし単純に驚きとも取れるような複雑な顔を浮かべている。

「しかし、死に様ってのは、顔色悪くていけないねえ!しけた面しているよ!うおぁははは!」

 俺は勝手にネロの心情を慮ろうとしていたけど、ネロは自分自身を死を笑い飛ばしてしまった。
本当に、本当に豪胆で潔い。こんなところでも姉御の貫禄を見せつけられた。
善行を行ってたとか、そういうのもあるかもしれないが、ネロが聖霊になれたのはなんだか納得できてしまった。
陰性な人より陽性の性格の人の方がきっと聖霊に相応しいのだろうから。と、これは俺の勝手な決めつけ。

「ネロ。」

 俺の呼び声に、ネロは再び俺を向く。

「ネロの身体をどこかに埋葬したい。
今の本人に聞くのもなんだか複雑だけど、どこか希望はあるか?」

「うおぁは。そう言われるとさらに死んじまった実感がわいてくるねえ。
でも、キチクが俺の亡骸を労わってくれようとするのは本当にうれしいよ。
だけどねえ・・・・土の中で腐っていくってのもなんだかやだねえ・・・。」

 そういえば俺はネロがどこで生まれてどこで育ったとか、親兄弟の事を聞いたことがなかった。
故郷とかに埋葬されたいとかあるのだろうか。

「・・・・・ようし!埋葬はなしでいいよ!」

「えっ?」

「だって俺の身体が腐っていくなんて気持ち悪くて嫌だろう?
だから俺の領域空間にずっと眠らしとくよ!」

 ネロは言うが早いか、俺から離れる。
そして何も無い所に向けて、埃を払うかのような仕草をする。
すると、払った手の後には、大きな扉が現れた。

「おお!なんか出てきた!あれ!?でもこれって・・・。」

 まさにどこで○ドアよろしくその場に出現した扉だけのもの。
当然、壁もないし、後ろには何もない。
しかし、驚くべきはそこだけではなかった。
建付け悪そうな扉の雰囲気、ついた傷。何度も見た事のあるモノだった。

「うおぁははは!
そうだよ。俺の、『ネロの館』の扉だよ!
聖霊になっちまったら、いろんなことができるようになってね!
これもそれの一つ。この扉の奥は俺の魔力で編んだ領域結界だよ!
この世じゃない所に俺の館を作っちまったのさ!」

 ネロは説明しながら、扉を開けてくれる。
人こそ誰もいないが、その奥には慣れ親しんだ酒場の風景が広がっている。
違う次元に専用の空間を作っているという事なんだろう。女神が持っている『神様の道具箱』とかの変化版でみたいなものか、と納得する。

「すげっ!ネロの館そのままじゃん!湯殿もか!?」

「そんなに湯浴みしてないのかい!キチク!」

 予定調和なツッコミを入れるネロ。
このツーカーな感じがまたたまらない。
俺もネロも盛り上がってるが、一人取り残されている。

「話が全く見えないのだが・・・。」

 空気を読んで黙っていたエストだが、さすがにしびれを切らしたらしい。

「ああ、これは悪い事したねえ。
鷺のお嬢ちゃんもキチクのモノになったのかい?
まあ、よろしくねえ。俺はネロ。」

「だっ!誰が誰のものだ!
ふ、フザケルナあ!逆だ!
そこのキチクが私の、このエストのものだあ!」

 腹が立ったのか、照れたのか、よくわからないが盛大に狼狽えるエスト。

「ふーん。よろしくねえ、エスト。
まあ、今相当に辛いだろう?
あんまり無理してないで、エストも俺の館で今日は休んで行きな。」

 見定めるようにエストを見たネロ。
何か意味深な言葉を掛ける。
エストは大きな瞳の瞳孔をさらに大きく開き、図星を突かれたという顔をした。

「えっ?どういう事?」

「なんだい、キチク?
気づいてないのかい?
強がってるみたいだけどエストは相当へばっているよ。
何か、獣の力を多く使ったりとかしたんじゃないのかい?
それにその恰好を見る限りでは、ここまで2人で飛んできたってことかい?
自分以上の重さを抱えて飛ぶなんて相当な無理をしたもんだねえ。」

 ネロはあたかもその場で見てきたかのようにこれまでの事を言い当てる。
やはり、種族は違えど同じ獣人。感覚的に理解できる所があるのだろうか。

「俺の新しい能力の『おカラダ鑑定眼』で、なんでも数値化して見えちまうからねえ!」

 なんだ。これも聖霊になった力だったのね・・・。
俺と同じようにウインドウ越しに見えるという事なのか。

「獣の力・・・。
あっ・・・ライダーキック・・・・。
そ、そんなに大変なことだったのか・・・・。そんな素振りはまるで・・・・。」

 俺は『トリカゴ』の事を思い出して狼狽え、エストに振り返る。

「・・・うるさい。そんな目で見るな。これくらい大したことない。」

 なおも強がり、顔を背けるエスト。

「なんだか、かわいいねえ。」

 そんな素直でないエストを見て、ネロはククッとほくそ笑む。

「さあ、入った入った。
俺もこの館の中にいれば、召喚されたままでいられる。
一日くらいはゆっくりできるよ。」

「じゃあ、そうするよ。
エストも入って休ませてもらおう?」

 促す俺に渋々返事をして扉をくぐるエスト。
よく見れば確かに、足取りが重く辛そうだ。
やはりプライドが高いからか、弱みを見せようとはしないのか。
これは気を付けて見ててやらないとなと、俺は心に留めおく。

「さてと。」

 俺は気を取り直して、大木の幹に近づく。
そして冷たい雪に手を突っ込んで、その固くなっている雪をバラバラと剥がす。
その後に丁寧に丁寧に、壊さないように、傷つけないように、大切なモノを両の腕に抱えた。
腕に伝わる刺すような冷たさと反比例して、俺の胸が熱くなる。
心にモヤモヤと霧が掛かり、切なさが襲ってくる。

「キチク・・・・。
悼んでくれるのは嬉しいけど、そんな顔するもんじゃないよ。」

 呼びかけられて、俺はもう一人のネロの方を向く。
ネロははにかみながら、優しい眼を向けてくれていた。
その眼は涙腺からの潤いを湛えたからか、なんとなくいつも以上に輝いて見えた。
冷たくなってしまったネロと聖霊となったネロ。
この現実を受け止めていかなければならない。
俺はそう思って手の中の亡骸を見つめつつ、扉に向かう。

「あんまりまじまじと見つめないでくれよ。
いくらキチクとはいえ、出ちゃってる内臓までじっくり見られちゃうのは恥ずかしいよ。」

「ぶは!!」

 俺の背後から聞こえたネロのシュールな笑い。
両手剣を拾って俺の後に続くネロの、ふいうち攻撃だ。
見事なまでのクリティカルヒット。
それがネロの存在を俺の心の中に、またさらに深く深く刻み込んでいった。




カオスゲージ
Law and Order法と秩序 +++[63]++++++ Chaos混沌



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