Daddy Killer

リョウタ

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第十一話 「悪魔の提案」

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寝る前の井戸沢さんとの電話のやりとり。

「でもよく考えたら、その旅行の日って平日やんな?仕事休まないとダメじゃん。平日じゃないとダメ?」

「もう。わかってないね。あのジャパントラベルんルンの企画は平日限定なの。だからグレードのいいホテルも取れるの。有給取ればいいじゃん。鈴木君。ちゃんと休まず仕事行ってるよね。」
「大きな会社勤めてる人はみんなそういうけど、うちんところ小さい会社だし、自分から有給とか言ったことないんだけど。」

「僕も小さい会社経営してるけど、社員にはちゃんと希望の有給取らせるようにしてるよ。もし、できないんだったら、鈴木君の上司に僕から言ってあげようか?」

「もう。いいよ。明日、僕から言ってみるよ。」

僕は井戸沢さんのこういうところがたまらなく好きだ。

ほんと電話されると困るけど、こういうことをサラッと言える男らしさと行動力、モテる理由がわかる。

この人といると、パワーが湧いてくる。

人としても魅力的な人なんだ。

だから、僕は不安だ。

こんなモテる人、年上好きだったら誰もが求めるだろう。

お金もあって、気遣いもできて、社会的地位も高くて、時間の自由度も高くて、僕なんかにはもったいない。

それは初めからわかっていたことだ。

僕には不釣り合いだということを。

知ってるよ。

遊ばれているだけだって。

旅行が終わったら、ちょうど鈴木君とも遊び尽くしたし、サヨナラで都合がいい。

ってことでしょ?

おまえの企みなんか全てお見通しだ。

井戸沢。

あっ。

きたきた。

この感じ。

あいつが降ってきた。

そう。

僕にはもう一人いる。

もう一人の良太。

僕の唯一の味方。

井戸沢に対抗できる唯一の勢力。

悪魔の良太。

僕に悪魔のささやきをしてくれる。

いつもこいつのいうことは全部正しい。

悪魔の良太。

またの名を「Daddy Killer良太」。

井戸沢の心を殺すための存在。

井戸沢を殺すための良太。

僕の直感で名付けた。

もう一人の僕。

僕の中でいつも戦っている。

井戸沢さんに対する愛情とDaddy Killer良太。

いつも最後には井戸沢さんへの想いが勝ってしまう。

今度はどうだろうか。

面白い提案をしてくれたのだ。

「ははは。良太。面白いじゃないか。旅行の約束なんか。最高に面白いことを教えてやる。旅行の二日前までは普通通り、旅行を楽しみにしてろ。だが、前日の一日前は一切連絡を取るな。」

「それってどういうこと?まさか。」

「そうだ。面白いだろ?旅行ドタキャンするんだよ。あのジジイには期待だけさせてな。おそらく前日のスマホには鬼のように着信とメッセージがあるだろう。それを後で見て笑おうぜ。」

「そっか。そういうことになったら、さすがにもう井戸沢さんとも普通にやりとりできないもんな。なんておまえは優しいんだ。もう一人の僕。」

「おまえのことを一番大事に考えているのは俺。あのジジイは俺とは違う人の皮を被った別の怪物。気をつけろ。まあ旅行までまだ時間はある。またおまえは傷つけられるんだろうな。」

こんなに僕のことを大事にしてくれているなんて、よし、この提案にのった。

井戸沢さんは傷ついてくれるだろうか。

翌日、僕は井戸沢さんに言われた通り、上司に有給の件を話した。

僕は怒られるかと思ったけど、最近の頑張りもあってか認められた。

そのことを昼、井戸沢さんに電話で告げると、

「おお良かったね。やればできる子じゃん。鈴木君。これで沖縄旅行正式決定だね。向こうでは何をする?三日間全部ホテルで過ごす?鈴木君だったらそう思ってるんでしょ?いつも元気だからね。」

そんなことを言われて僕は恥ずかしくなり、嬉しくなり、昨日のことをすっかり忘れてしまっていた。

そうこうしているうちに11月になった。

沖縄旅行一週間前になった。

井戸沢さんは相変わらず忙しく、今は出張で東京に行っている。

僕はどうせ東京の彼と過ごしているのだろうと少しカリカリしていた。

沖縄旅行をドタキャンする予定だが、有給はバッチリ取っているし、旅行用のカバンも買った。

ドタキャンする気満々である?

沖縄に行く三日前に東京から井戸沢さんは帰ってくる。

それまでせいぜい東京の彼と楽しいことをやっとけ。

俺が地獄に落としてやる。

っと気合が入っていた。

夜の11時頃、井戸沢さんから電話があった。

井戸沢さんは出張に行っているとき、ほぼ夜は電話がない。

たいてい接待か、夜のゲイバーで楽しんでいるからだ。

電話に出た。

「はい。もしもし。こんな夜に電話とか珍しいな。男と一緒じゃないの?」

「はあはあ。違うんだよ。さっきまで飲み屋に行っていたんだけど、なんか体がおかしくて。」

「若い男が好きすぎておかしくなったとか?いつものことじゃないの?」

「今、ホテルなんだけど、ホテルの人に体温計持ってきてもらって熱が38度もあったんだ。僕、体調管理ちゃんとしてるから熱が出るなんて久しぶりだよ。」

「変な病気じゃないの。男とそういうことばっかりしてるからだよ。」

「だからね。沖縄旅行いけないよ。ごめんね。ちょっと、しんどいから寝るね。」

「はあ?どういうこと。そっちから言ってきたのに何それ?わざわざ有給取ってんのに。おまえ遊んでばっかで何それ。」

「怒るよね。でもまた明日話そう。今はしんどいから。」

何で、おまえが俺より先にドタキャンしてるねん。

絶対許さん。

いやいやこの熱とか言ってるのもそもそも演技だろ?

そうに決まっている。

このジジイには制裁と鉄槌をくらわせなければ気がおさまらん!!

もう旅行なんてどうでもいい。

こいつが東京から帰ってきたとき、ジッエンドだ。

朝になり、井戸沢さんから連絡があった。

「昨日より少し熱が下がったよ。37度5分。元から平熱より低い体温だからしんどいね。って鈴木君。聞いてる?」

「もちろん。聞いていますよ。大変心配です。旅行はもちろん中止です。でも心配なので、東京から帰ってきた際には看病させてください。」

「もう。また鈴木君。いつもと違う。怒ってるんだよね。会えないよ。鈴木君にうつったら大変だもん。」

「いえいえお構いなく。食べやすい消化に良いものを買っていきますので。」

「絶対怒ってるよね。来てもいいけど、いつものことはできないよ。」

トドメを刺すならいまだ。

井戸沢さんは京都に帰るまでは仕事を全てキャンセルし、ホテルで滞在した。

僕も内心は本当に井戸沢さんがしんどいのだとわかっていた。

井戸沢さんのことを愛しているのであれば、何で心から優しい言葉をかけてあげられなかったのだろう。

捨てられて当然だ。

自分の中でそう言い聞かせながら、自身の行動に抑制できずにいた。



井戸沢さんが京都に帰ってきた。

僕は仕事終わりにそのまま井戸沢さんの家に向かった。

弱っている今がチャンス。

井戸沢さんの家に着いた。

帰ってきてもまだ寝ている井戸沢さんはパジャマ姿。

このまま殴り倒してやろうか。

僕は井戸沢さんに飛びかかった。

「わっ。鈴木君!!」

僕はいつもよりさらにきつく激しく抱きしめてしまった。

「もう鈴木君!!ダメだって言ったでしょ。顔は絶対ダメ。キスはダメ!!」

井戸沢さんに言われる注意事項を守りながら、できる行為は激しくした。

井戸沢さんが風邪とかそんなの関係ない。

僕が楽しむことをやりたい。

それだけなんだ。

井戸沢さんにはマスクをかけさせ、井戸沢さんの顔以外をいつも以上にいじくり回した。

新たな発見もあって、僕は楽しかった。

でもあとで、井戸沢さんに少し怒られた。

「ほんと鈴木君は困った子だね。言うこと聞かないし。」

「だって嘘だと思ったから。僕と旅行行きたくないのかと思って。」

「そんなわけないでしょ。ほんとにしんどかったの。だいぶ熱は下がったけど、まだ37度あるし。」

「男の子と遊びすぎでしょ?自分が悪いんじゃないの?」

「そりょちょっとは遊ぶけど、最近、僕も困ってるの。」

「何を?僕のこと?」

「うん。鈴木君が僕ばっかり構うから僕も情がうつってきたよ。ほんと困った子だね。僕はたくさんの若い男の子を愛したいのに。」

これって特別だよっていうことなのか。

いやいや信じない。

「そんなことより沖縄旅行中止になって僕、暇になったから、その間この家にずっといていい?」
「いいよ。僕の熱が下がったら、キスをしよう。」

「うん。すごく嬉しい。」

どこか遠くの方から、声が聞こえる。

「おい。良太。それでいいのか。俺の言っていた提案はどうなった?」

「だって、旅行が中止になったんだったら、提案もクソもないじゃん。僕、このジジイすごく好き。大好き。離れたくないもん。」

「ったく。おまえは。またすぐ傷つくだけだぞ。」

Daddy Killer良太の言ったことはすぐに現実になる。

井戸沢さんはただの人たらしだ。

みんな望んでいることをサラッと言えてしまう。

それに良太も引っかかっているだけなのだ。

それにしても面白い構図だ。

圧倒的恋愛偏差値が高いモテる男井戸沢さん。

井戸沢さんを苦しめるために生まれた男Daddy Killer良太。

二人は出会ってはいけない運命だった。

磁石で言えば、S極とN極の反対に位置する二人。

S極とS極のように反発し合う関係。

それを良太から見抜けなかった井戸沢さんは最大の不運だ。

二人の直接対決は近い。

つづく。
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