マスカラ〼カラッポ〼ポーチ

湖ノ上茶屋

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2.はじめてのメイク

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 今日返却されたテストは、ケアレスミスしかしていない。

 返却されてすぐに自分の課題は明確になり、次に同じミスをしないで済むだろう対策もした。

 だからもう、確認する必要なんかない。

 つまり、私が勉強しているとお母さんが思い込んでいる時間は、私がひとりこっそりと使っていい自由な時間。

 それは、私が今日手に入れたアイテムを試すことができる貴重な時間。

 カバンのファスナーをそっと開く。

 盗んできたポーチのファスナーも同じように開けようとした。けれど、うまく開かない。

 違う。手が震えてうまく力が入らないんだ。

 自分を焦らすつもりなんて一ミリもないけれど、まるで焦らされているかのように、なかなか中身は見えない。

 ようやく全開にしたところで、それは口を「ん」と閉じたままだった。

 部屋の中のあちこちに監視カメラでもつけられているかのように、あちこちから幻の視線を感じる。

 指が、吐息が震える。

 ギィギィと油が足りないロボットみたいに関節を動かして、ポーチの口をゆっくりと開く。

「あは、あははは」

 感情がごちゃごちゃになったせいで、感情の消えた笑いが漏れた。

 強引に開くポーチの小さな口の中にあるものしか、私の目には映らない。



 使いかけのコスメが乱雑に詰まっている。

 底が見えたアイカラー。商品名の印字が削れたマスカラ。ケースが壊れているのやら、輪ゴムが掛けられているチーク。ペン型のアイライナーやらアイブロウがごちゃごちゃと数本。ゴールドが禿げてプラスチックが露出したフェイスパウダー。

 店頭で触れるのが精一杯だったコスメたち。夢でしか使うことができなかったメイクセット。

『マイコー! 買い忘れちゃったものがあるから、買い物行ってくるね』

 家の中、部屋の外からお母さんの声がした。

「はーいっ!」

 腹の底から、喜びを隠した声を出す。

 しばらく、短くても三十分は、この家は私の城と化す。

 自由だ。うるさい人にバレることを気にせず、私は夢を叶えられる。



 手の震えが止まった。

 この、神から授けられた祝福の時を有効に活用しなかったらバチが当たる。

 雑誌や動画サイトで見たことがあるから、使い方はなんとなくわかっている。

 ポーチの中を漁る。はじめはベースを整える。それからポイントメイクをする。

 でも、使い方を見たことがあるだけでは、使い慣れないアイテムを使いこなすことなんてできない。何もかもが上手くいかない。

「ああ、もう! 違う、こうじゃない!」

 アイメイクが全然決まらない。こんな下手くそなメイクをするくらいなら、すっぴんのほうがまだマシかもしれない。

 ふ、と背筋が何かを感じ取った。

 時計を見る。あれから三十分。お母さんがいつ帰ってきてもおかしくはない時間だ。

「や、やばい……」

 メイクすることばかりを考えていた。お母さんの前では被ってはならない化けの皮を、いったいどうやって剥げばいい?

 お母さんのクレンジングオイルを使うこと以外に、何も思いつかなかった。急ぎ洗面所へ行き、ミラーキャビネットを開けた。隊列をなす高級品の中からクレンジングオイルをそっと取り、一プッシュだけ手にのせた。

 これで皮を剥げるかどうか、経験のない私にはわからない。けれど、どれだけならバレないのかもまた、わからない。

 足りないかどうかは、落としてみてから考えればいい。

 せっかくした、念願のメイクを即落とす。

 経験のない私には、何もかもわからない。

 これでちゃんと落ちているのだろうか。

 鏡とキスでもする気なのだろうかというくらい、鏡に顔を近づけて見てみる。アイメイクが残っている。またクレンジングオイルを使えばいいんだろうか。それともこれには、特別な何かが必要なんだろうか。強引にこすれば落ちたりするんだろうか。

 玄関から、鍵を回す音がした。

「ただいまー。……って、なんで顔洗ってんの? 目、真っ赤になってるし」
「え? あ、あぁ。勉強してたらオーバーヒートしたっていうか、なんていうか。顔冷やしたい気分になって」
「……あっそう」
「うん、そう」
「今日、餃子にするから。勉強終わったら手伝って」
「ああ、うん。わかった」

 私がいるから洗面所で手を洗うのを諦めたのか、それとも冷蔵庫にすぐ入れないといけないものを買ってきたのか。

 お母さんは、それ以上私を見るでも私に何を言うでもなく、キッチンへ向かって歩き出した。

 ギリギリ間に合った。

 人のポーチを勝手に持ち帰ってきて使ったことも、メイクをしたことも、お母さんの化粧品を勝手に使ったことも、たぶん全部、バレてない。

 突然、足に力が入らなくなった。

 すとん、と落ちたお尻が、床にぺとりとついた。

 まるでマラソンをしたあとみたい。

 鼓動が痛い。息が切れる。


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