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3.理想と嫌悪
しおりを挟む部屋に戻って、勉強の続きをするふりをした。
頃合いを見計らってダイニングへ行くと、お母さんは肉ダネを皮で包み始めていた。
「手伝う」
「ありがとう」
二人して、黙々と肉ダネに皮を被せていく。
この肉たちは皮を被れていいな、と、心が毒を吐く。
こういう時は「美味しくなぁれ」とでも思いながら作業したほうがいいだろうに。
「ふぅ。終わった、終わった。すぐ食べる? 食べるなら焼くけど」
「……お父さんは?」
「ん? 今日も遅いって」
「そっか」
「それで、どうする?」
「うーん。お母さんはどうしたい?」
「ん? そりゃあ、ちゃっちゃと片付けちゃいたいから、ちゃっちゃと焼きたい」
「じゃあ、食べる」
「はいはーい。じゃあ、焼けるまでちょっと待ってね」
「ああ、うん」
なんでだろう。イライラする。
これはどんな怒りなのか。これは正しい怒りなのか。思春期とか反抗期とか、そういう年頃だから感じてしまう何かなのか。
今の私にはまだよくわからない。
別に観たくないテレビをぼーっと眺めながら、焼きたての餃子をハフハフと食べた。
画面の中にいる女の子は、つるんとした肌をしていて、ほんのりと色がのった瞼がキラキラと輝いていた。グン、と上向きのまつ毛が瞳を飾る。リップクリームでは作り出せない偽りの血色が、歪んだ円を描く。
『もー、何してるんですかぁ』
粘っこい声が、歪んだ円から放たれる。
それを耳にした瞬間、気持ち悪い、と私は思った。
でも、私は知っている。気持ち悪いと思ってしまう、この感情のすっぴんの姿を知っている。普段は見て見ぬふりをしているそれのことを知っている。
本当は、あんな女の子になりたかった。
自分をより良く見せるメイクをして、楽しげに笑う。違う。〝人生って楽しい!〟と思いながら、そんな思いを内外から撒き散らしながら、その思いに合った声で笑う。
そんな女の子になりたかった。
画面の中にいるような女の子を見るたび、嫌悪感が私を支配するのは、そんな願望が顔を出すからなんだろう。
そういう女の子のポーチを勝手に持ち帰って、そういう女の子の使いかけのコスメを使ってメイクをした人間には、嫌悪感云々を語る資格なんてないのかもしれない。
でも、どうしても、嫌悪せずにはいられないんだ。
自分が喉から手が出るほどに欲しいものを手に入れられている人間を、嫌悪せずにはいられないんだ。
私以外が変わらない日常を過ごす中、どんどんと夜は更けていく。
いつもよりもはやく布団に包まると、暗闇と共に恐怖が襲いかかってきた。
近づく明日、私はどんな顔をして学校へ行けばいいんだろう。
化けの皮を被るスキルが、私にはとことんない。
こうなるに至る種を蒔いたのは自分であり、その責任を取るべきなのは自分だってことは、誰に指摘されなくてもわかる。でも、日常から脱線した私が、眠りに落ちて、眠りから覚めたとき。いろいろなことをすっかり忘れて、何事もなかったかのように振る舞えるかは、さっぱりわからない。
と、いうことすら希望的観測だ。
現実はおそらく、シミュレーションを繰り返し、眠れぬままに日がのぼり、強い眠気でオーバーヒートした脳みそを強制的にシャットダウンする――そんな一本道を突き進む。
途中幾度かスリープ状態に陥るも、バックグラウンド処理をし続けた脳みそが、陽の光を感じて落ちた。
強制シャットダウンした脳みそに緊急信号――お母さんの叫び声が届く。
「コラァ! いつまで寝てんの? 遅刻するよ!」
のそのそと気だるく布団から抜け出すと、寝ぼけた目をこする。制服に着替えて、口を開けたまま放置していたカバンを掴み、朝食をとるためにダイニングへ行こうとした。
「……あ」
夜のあいだずっと私の脳みそを支配した、久米さんのポーチが目に入った。それは急速に、私の目を覚ます。
臭い物に蓋をするように、カバンのファスナーを閉める。
なんにもない、なんにもない、と自分で自分に言い聞かせながら、床を踏み鳴らし、空気を切る。
「なに? 朝からそんな勇ましい顔して。戦にでもいくの?」
「はぁ?」
「はぁ? ってなによ」
「あぁ、ごめん。おはよう。いただきます」
「う、うん。召し上がれ」
学校へ行かないという選択肢は、私にはない。
行ったふりをしてサボる選択肢もまた、私にはない。
ポーチは可及的速やかに、かつ秘密裏に、久米さんのもとへ返す。
そうして、誰に気づかれるでもなく、この夢の時間を終わらせる。
それが、自分を平凡へ引き戻す唯一の手段であると、疲れ果てた脳みそが言っている。
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