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九皿目 エゴイズム幸福論

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 ♢


「──つまり、記憶喪失……?」

 目の前で微動だにせず俺たちの自室のソファーに腰掛ける部屋の主、もとい俺の旦那様であるアゼル。

 呆然と彼を見つめ、ヒヤリとした冷たさを感じながらそう呟く。

 するとアゼルの隣に座って、泣き出しそうなくらいに震えてことを説明したライゼンさんは、こくりと肯定する。


 ──現状の発端は、天魔会合からの帰り道のことだった。

 天族からの祝の品を俺に早く届けようと疾駆けしていたアゼルの背で、突然に贈り物の包装が弾けたらしい。

 その爆発自体は問題ではない。
 魔王にとっては、普段なら傷一つつかない程度の爆発だ。

 だが衝撃を受けたアゼルは上空でもんどり打って、苦しそうに暴れ始めた。

 敵襲かと思ったライゼンさんは、すぐに防御魔法を張ろうとアゼルを追いかける。

 けれどどういうわけか、アゼルは必死に自分の全身に闇を纏い、抗うように膨大な魔力を放出しているのだ。

 防御でもなく攻撃でもなくなぜ自分に向けてそうするのか。

 理由はすぐにわかった。
 アゼルの背には爆発したはずの贈り物の中身と思われるものが、ガチリと張りついていたそうだ。

 近づけないくらい暴れ回ってようやくそれが外れると、形態変化が解け、アゼルは意識を失ってしまった。

 ライゼンさんは地面へ落下するアゼルを受け止めて、懸命に体と内面の両方へ、回復魔法を施す。

 しかしアゼルは無傷で、ただ眠っていただけ。

 その異様さにライゼンさんはただごとではないと判断し、大事を取って起きるまでその場に留まりながら、アゼルを守った。

 この隙を突いてくる可能性の高い犯人──天族を警戒し、目を光らせ、強固に。

 しかし無傷のアゼルはしばらく後にあっけなく、穏やかに目を覚ました。

 アゼルには特に薬物や呪いの気配もない。
 なんの問題も。

 ただ一つを除いて。

「はい……。今の魔王様は記憶喪失……おおよそ今から十八年分ほどの記憶がないのです……」

 ライゼンさんは申し訳なくて消えてしまいたいと言わんばかりの声音でそう言って、真っ白な手を悔しげに握った。

 一番自分を責めて胸を痛めているだろうに、そばにいたのにこんなことになってしまったと、彼は謝る。

 俺は謝罪に対して、すぐに首を横に振った。

 ライゼンさんはなにも悪くない。本当にちっとも悪くない。最善を尽くした。

 それにきっと……弱い人間である俺が隣にいたって、どうしようもなかっただろう。
 これはそれほど不可解な出来事だ。

(……十八年分の記憶、か)

 ソースは記憶の喪失により疑心暗鬼になり心を閉したアゼルの話を、根気よく聞き出したこと。

 そして元凶であると思われる聖導具回収した時の現象から、空白は十八年だという推測だ。



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