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第3章 蓬莱家で住み込みのお仕事
090★桜は何気に要求を増す
しおりを挟む和輝の了承の言葉に、しがみついたままだった桜は、パッと素直に腕を離して言う。
「うん、桜も飲み終わったから
もう1杯欲しいわ」
空になったティーカップを、飲み終わったと逆さまにして見せる桜に、和輝はハフッと溜め息を吐いて頷く。
「オーケー」
和輝自身は、本当の意味で、微塵もその事実に気付いていなかったが、本能的に桜の現在の状態を正確に見抜き、正鵠を射たコトを口にしたのだ。
そう、和輝はたとえ話しとして、治癒能力が暴走して正気を失うと言ったのだが、桜の状態は、まさにその通りだったのだ。
人間から異種族へと、緩やかに変異が始まって、間もない状態の時に、手足に多数の怪我を負ってしまった為、生存本能として細胞の急速再生を無意識に行ってしまった桜は、些細なコトでも、何時異常を起こすか判らないという、微妙な状態に突入していた。
そう、現在の桜は、人間から異種族へと変異途中の真っ只中にいる為、精神的にも肉体的にも不安定な上、膨大なエネルギー変換のうねりから来る負荷を持て余しているのが実情だった。
更に、それによって大量に《生気》を消費する為、無自覚なまま、常に飢餓感にさいなまれてもいた。
それでも、桜の身体と精神が、狂気に引き摺られて、暴走するコトも正気を失うコトもなく、普通に動き回れるのは、和輝が側にいるお陰だったりする。
そうでなければ、極度の疲労とて、怪我の治癒の為に、能力を暴走させた桜は、内在するエネルギーの枯渇によって、容易く異形の化け物へと変化していただろう。
和輝は自覚の無いまま、危うい状態にある桜と出会い、微妙なバランスでソレを支えているのだ。
偶然の産物、いや、神の采配といっても良い様な僥倖によって、桜は化け物にならずにすんだのは、本人達も迎えに来た爺や達も預かり知らないコトだった。
現在の桜は、傷付いた身体を、無自覚な和輝の良質で瑞々しい《生気》に癒され、常時心身が包まれていた。
その和輝の無意識の庇護欲から来る、横溢する《生気》に包まれているコトで、桜は見境無く人間の《生気》を求めて、彷徨うような異形の化け物に変異せずにすんでいる状態なのだ。
更には、丹田に《生気》を溜めて丹念に練り上げた《光珠》を口移しでもらっている為、順当に変異が進んでいるのも、たしかな事実だった。
そんな事実など、微塵も気付いていないにもかかわらず、和輝は極自然体で、それを敏感に感じ取り、今、桜に必要なコトを無自覚に行っていた。
それゆえに、一族の長である兄も、生涯を誓った恋人も、側に今現在、桜にとっての和輝は、自分の【守護者】と言っても過言ではない、唯一安心できる者なのだ。
だから、不安定な精神状態故に、桜は和輝を側から離したくないと、縋りつくのた。
そんな桜の内心など理解(わか)らない和輝は、ごく普通に桜を扱う。
今も、和輝は桜の手から空になったティーカップを受け取り、自分の珈琲カップを持って、珈琲とミルクティーが置いてあるキッチン台へと、ごく自然に取りに行く。
キッチン台に置いたままだった珈琲メーカーから、自分のカップに珈琲を入れる。
今回は、飲み頃になるように温度を下げる必要が無いので、ブラックのままにする。
桜には、湯せんした状態で保温していたミルクティーを持って行く為、今まで使っていたティーカップはそのままシンクの中に置く。
そして、湯せんしておいたミルクティー入りのティーカップを、ボールから持ち上げ、湯で濡れたカップの外を軽く拭いてから、ラップを剥がす。
「ありがとう」
「どういたしまして……?
桜、ソレ持て余したなら
無理しなくて良いぞ」
最初、和輝に何を言われたか理解(わか)らなくて、桜は小首を傾げる。
が、すぐにプリンアラモードのコトだと気付いて、桜は首を振る。
「ううん…別に、持て余して
いるわけじゃないわ
和輝に、置いていかれ
ひとりになってしまうと
思ったから手が止まって
しまっただけだもん
まだ、食べるに決まって
いるでしょう
口中で甘く溶けて、幸せに
なれるチョコレートケーキも
プリンも大好きだもん」
「そっか…それなら良いけど
まぁ…無理すんなよ」
「うん」
再びスプーンでプリンアラモードを食べ始めた桜は、何気ない口調で更に和輝に無理難題を要求する。
「今日は、一緒に寝て欲しいの
桜のコトをギュッと抱き締めて
欲しいの………」
桜の我が儘に折れた自分に、ちょっとだけ自己嫌悪を覚えた和輝は、気分直しにと、珈琲を飲んでいた。
そのお陰で、桜のとんでもない要求に、あやうく口に含んでいた珈琲を吹き出してしまうところだった。
それを無理矢理に飲み込んだ為、盛大に咳き込むハメになった。
「……ゥグッ……ゲホッ…
ゴホッゴホッ……桜?
ゲッホン…ゲッホン…
おまえぇ~…俺が、珈琲を
飲んでる時にぃ…なにげに
すごいコト言うんじゃねーよ
ったくよぉ~…そのお陰で
咳き込んじまったじゃねーか」
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